第3話 ソーダ色のワンピース

「ゆ、夢……?」


 枕元のスマートフォンを見ると、時刻は8時半。いつもよりちょっと寝坊しちゃった。まぁ、夏休みだから良いけど。


「うわ、汗がすっごい……」


 タオル地のシーツも、部屋着もじっとりと濡れている。お母さん、もう洗濯回しちゃったかな、そう思いかけて、いや、これくらいは自分でやらないと、と、シーツを剥がし、部屋着を脱いだ。


 脱いだ部屋着でざっと身体を拭いて、シーツに包む。クローゼットから替えの部屋着を出そうとして、止めた。もうせっかくだから、ちゃんと着替えてしまおう。そうだ、こないだ買ったソーダ色のワンピースにしようかな。昔、こんな色のチュニックを持ってたんだよね。薄い水色で、炭酸の泡みたいな水玉模様で。ちょっと子どもっぽいかなって思ったりもしたけど、懐かしくなっちゃったっていうか。


 そうだ! 今日は陽と一緒に神社に行こう。

 そこで駄菓子食べてジュース飲んで、それから、シャボン玉とか。全部途中で買って行けば良いし。


 よし、そうと決まれば。

 ちゃっちゃとシャワー浴びて、着替えようっと。


 部屋着を包んだシーツを持ったまま、下着姿……っていっても上はキャミだけど、で階段を下りる。

 

 と。


「おう、姉ちゃん、なんつー恰好してんだよ」

「うわ、陽。何でいるの?」

「今朝、ウチの炊飯器ぶっ壊れてさ。とりあえず、朝は姉ちゃんところで食ってこいって」

「あーらら、災難だったね」

「結構長く使ってたからな、仕方ねぇんじゃね? 仕事帰りに電器屋で買ってくるってさ」

「ふぅん。ていうかさ」

「何」


 何、じゃないよね。

 一応シーツで隠れてはいるけど、私結構あられもない恰好なんじゃない?


「あんまりじろじろ見られると恥ずかしいんだけど」

「マジか。姉ちゃん恥ずかしいとか思うのかよ。俺だぞ?」

「陽でも恥ずかしいの! 良いから向こう行っててよ!」

「はいよ」


 別に本当は恥ずかしくなんかないけどさ。

 これくらいの恰好、昔からしてるし。

 ていうか、水着だったら、もっと肌出るし。

 あ、夏休みのうちに海にも行きたいなぁ。ビーチボールと浮き輪、どこにしまったっけ。


 ざっとシャワーを浴びて、ワンピースに袖を通す。うん、良いじゃん。似合う似合う。これなら髪はポニーテールかな。白地にひまわりのシュシュで、完璧。




「お、良いじゃん。夏っぽくて」


 先にテーブルに着いていた陽が海苔の佃煮を乗っけたご飯を食べながら言う。


「ふっふー。でしょでしょ」


 その場でくるりと回って見せると、陽は「おおー」と感心したような声を上げた。




「ちょっと聞いてくれよ」


 デザートのアイスを食べていると、陽が何だか疲れたような声でそう切り出した。


「どうしたの? 夏バテ?」


 その割にはご飯お代わりしてたけど。


「違うよ。そうじゃなくてさぁ」

「どうしたの。陽らしくないじゃない」

「らしいもらしくねぇもさぁ。何か最近変な夢ばっかり見るんだよなぁ」


 ちびり、とバニラアイスを削り取って、ぱくりと口に運ぶ。


「夢? どんな?」

「どんなって……、何ていうか……」


 と、そこで口ごもる。

 何よ、そっちから言って来たくせに。


「あぁでも私も変な夢見たよ、まさに今日!」

「マジ? 姉ちゃんも? どんな?」


 陽は何だか急に明るい声を出して乗ってきた。何やら楽しそうに身を乗り出している。


「どんなって……。それがね、陽がちょっとおかしいのよ」

「俺?」

「そうなの。陽がトイプーからシェパードになってね?」

「俺が、トイプーから、シェパードに?」

「そそそ」

「すげぇ夢だな」


 と笑って、さっきよりも大きな口でアイスをぱくり。良かった、いつもの陽だ。

 

「でしょ。でもね、ちょっと恰好良いのよ」

「そりゃシェパードなら恰好良いだろうな」

「うーん、そういうわけじゃないんだけど。だってね、陽ったら、何かすごく真剣な顔で私のこと見つめてね、それで――むう?」


 調子よくしゃべっていた私の唇が、ぎゅっとつままれた。


「……真剣な目って、こんな目だった?」


 その声で陽を見れば、夢で見た時のような、真剣な眼差しで私をまっすぐに見つめていた。それそれ、そんな感じ、と、唇をつままれたまま、こくこくと頷く。すると、陽の指が、ふ、と離れた。


「もう、急に何するのよぅ」

 

 つままれていた唇をさすさすと擦る。別に痛かったわけじゃないけど。


「ちょっと手どけろ」

「何よぅ。何でよぅ」

「そうやって見つめた後、キスしたんだろ?」

「――へ?」

「こうやってさ」


 気付けばもう、陽の顔が、もう、すぐ目の前――まさに目と鼻の先ってくらいに近付いていて、何言ってんの、って言おうとしたその唇を――、

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