夏祭、はぐれないように

スミンズ

夏祭、はぐれないように

 「あ、あの菊菜さん!今日、一緒に祭り行きませんか?」




 今言わなきゃもう一緒に行けない。もうどうにでもなれと僕は勇気を出して隣の席の村田菊菜さんに声をかけた。




 「え?」菊菜さんはキョトンとした顔で僕を見てきた。しまった。失敗したかな?そんなふうに思い気分が沈みかけたそのとき、菊菜さんは声を出した。




 「昴くん、誰か一緒に来るの?」菊菜さんはそう訊ねてきた。




 「いや、まだ誰かを誘おうとか考えては無かったけど…、誰かいる?」




 そんなとき、横からいきなり横やりが入った。




 「菊菜、岡谷なんかいいから、俺らと一緒に行かないか?」クラスのパリピ筆頭、田川圭人だ。くそ、せっかく上手くいきそうな流れなのに、と思いつつも、僕は菊菜さんに淡い期待を寄せる。僕・を・選・ん・で・く・れ・。ただそう祈った。すると突然菊菜さんは僕の方を向いた。




 「ねえ、昴くん。一緒に行こう、二人っきりで!」




 そう言うと菊菜さんは田川の方を見て「ごめんだけど、ほかにあたりなよ」と言った。すると、田川は摩訶不思議な顔をして去っていった。




 「え、いいの?」僕が思わず声を上げていうと、菊菜さんは




 「だって君が言い出したことじゃん。ね、楽しみにしてるから」と言って笑顔を作った。




 「えーと、それじゃあ……、幌平橋ほろひらばし駅の一番出口前……」




 「そうだね!そこで夜6時に待ち合わせよう!」そう言うと菊菜さんはにこりと笑みを浮かべた。間もなくラストの6時間目開始のチャイムが鳴った。僕は大変なことになったと胸が高鳴っていた。






 北海道神宮例祭。一般的に札幌まつりと呼ばれるこの祭りは、神宮では伝統芸能の見世物を中心に行われる祭りだ。しかし、一番でかい会場であるのは神宮ではなく、大通公園から南にすすきのを越えた先にある中島公園と呼ばれるところでやっている。北海道トップクラスの屋台の多さに、毎年大にぎわいしている。




 その祭りに、僕はクラスメイトの村田菊菜と二人っきりで行けることになった。僕は家に帰るなり、少し緊張で火照り出した顔を撫でながら、大して着てもいない浴衣に袖を通した。




 そして僕は近所の地下鉄駅から南北線真駒内駅行きに乗ると、札幌駅から4つ目の駅、幌平橋駅で降りた。分かってはいたが、幌平橋駅はファイターズの試合終了後の東豊線とうほうせん福住駅並に人がいて、ノロノロと流れる人の波に飲まれながら、一番出口を目指した。




 地上に出ると、ようやく人の波に隙間ができた。もう出口を出るとそこは公園の中である。すぐ近くから屋台の並ぶ道があったが、そこをさけてなんとか空間に出ると、辺りを見渡す。今は5時45分だった。まだ来ていないと踏んでいたのだが、菊菜さんは一番出口の裏側で、スマホを見ていた。




 「あの、菊菜さん?」僕は恐る恐る声をかけた。すると、菊菜さんはグッと顔を上げた。彼女は紫の浴衣に赤色の帯を巻いていた。学校にいるときより、白い肌が多く見えていた。下はサンダルで裸足が見えて、僕は恥ずかしくなって思わず目を上へ戻す。




 「ああ、来た!いま昴くんにLINEしようと思ってたとこだったんだ」




 「そうなんだ…」思った以上に早く来た彼女に少しとまどいつつ「待った?」と訊いてみる。




 「ううん、全然だよ」そう言う彼女は、僕の思い上がりでなければ、やや緊張してそうだった。しかし僕はそれ以上に緊張していた。ここからどうするか?まずそれが思い付かない。しかし、彼女が「じゃあ行こうよ」と言ったので、僕はゆっくりと歩きだした。




 並んで歩く僕らは、屋台のチョコバナナやわたあめを食べながらお喋りした。正直、お喋りが続くと思ってなかったが、思った以上に話が続いた。たまに彼女は笑い、僕は照れ隠しにわたあめにかぶりついたりした。




 太陽はいつの間にか完全に沈んで、屋台の煌々とした灯りが、祭り会場を照らしていた。夜になるにつれて仕事が終わった大人の人も増えてきて、混雑は更に酷くなった。僕らは、どこへ行くか迷った挙げ句、屋台裏の空間に一回避難した。




 「これ、もう厳しいかな?」僕はふとそう言う。




 「どういうこと?」菊菜さんはそう言うと僕を見つめる。




 「このままだと、もう僕遭難しそうだなと思ってさ」そう言うと、菊菜さんは僕が手に持っていたわたあめを取り上げると、そのわたあめを一気に食べてしまった。




 「え?菊菜さん?」そう言うと彼女は残った箸を近くのゴミ箱に捨てると、何故か少し睨みながら右手を差し出してきた。




 「ずっとまってたのに!」僕はわたあめを持っていた手を彼女の手に載せる。彼女の手はとてもソフトだった。いや、初めての感触だった。その手が、僕の手を包んできた。




 「これなら、遭難しないでしょ?」僕は、彼女がこれを求めてることに気がつかなかった。それがとても悔しかった。僕は改めて彼女を見つめると、一回彼女の手をほどくと、もう一度握り直した。




 「菊菜さん、離さないでよ?」




 「当たり前でしょ?」彼女はさっきより体を僕に寄せると、僕らは意を決して、屋台の方へ戻っていった。

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