十一 弔イ花(終)

「宵ヶ原先生!」

「む?」

「ゼミ生皆揃いましたよ」

「……そうか」

もうそんな時間になっていたのか、とぼんやり思いつつ携帯の画面を消す。

──あの研究所が全焼したというニュースがインターネットに流れてきたのは俺があそこに行った三日後のことだった。

出火元は不明、被害者はゼロ。

人が寄り付かない場所で起きた火事だったので誰も気づかず自然鎮火していたのだろう、という一見すると荒唐無稽な内容だからか暇人の書いたガセネタだと疑う声は多い。

真相の一端を知る身としてはこのニュースを投稿した奴がどうやってあの研究所のことを突き止めたのかが気になるところだが、今は目の前にある疑問を解消するとしよう。

「──ところで暮澤くれさわ、後ろのそいつは誰だ?」

「へ、」

間の抜けた声を出した暮澤だけでなく西塚にしづかと暮澤の後ろにいる幽霊も目を丸くし、三人で顔を付き合わせる。

何をしてるんだこいつらは。

「えーと先生、この人のこと見えているんですか?」

「見えているから誰かと聞いたんだろうに」

「ですよねー……」

誤魔化せないと悟ったのか暮澤は気まずそうに目線を泳がせる。

「あのですね、話すとかなーり長くなるんですけど……」

「そうか。だったら小論文の形で後日提出しても──」

「課題追加は勘弁してください」

「暮澤くん……」

「数久……」

即答と同時に頭を下げた暮澤に幽霊と西塚が憐れみの眼差しを向ける。

仲が良いなお前たち。

「とはいえ今は夜深月やみづきの見舞いが優先だ。長くなる話とやらは後でじっくり聞いてやるから要点をしっかり纏めておくように」

「はーい……」

「が、頑張って……?」

げんなりした顔をする暮澤を幽霊が励ます様子を横目に歩き出そうとしたところで西塚がおずおずと近づいてきた。

「あ、あの、先生……」

「む?どうした西塚」

「夜深月さんのお見舞いに持っていくもののこと、なんですけど……」

「……花よりは果物だな」

夜深月には悪いが花と女の組み合わせは当分見たくない。

「どうしたんですか先生?何か急に顔色悪くなりましたけど……」

「何でもない」

詮索を避けるために歩幅を広げ、無機質な廊下を足早に進む。

──おいおい、いつもの達者な口はどうした?

──そんなに急ぐと足が縺れて転げ落ちますよ?

階段に差し掛かった辺りでもう聞こえるはずの無い声にそうからかわれたような気がした。

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鏡怪談 伍:鏡花ノ話 等星シリス @nadohosi

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