十 離別

「──ああそうだセンセイ」

「む?」

「タバコ、残ってるなら一本分けてもらえませんか?」

「……一本とは随分殊勝だな」

「生きてた頃に痛い目を見ましたからねぇ」

「痛い目どころか死んで幽霊になっているだろうに」

「まぁそうなんですけど、そこをわざわざ指摘するのは野暮ってもんですよ?」

溜め息交じりに文句を言いながら暁郷はこちらが差し出した箱から引き抜いたタバコを指で弄ぶ。

「火は点けなくて良いのか?」

「んー、遠慮しときます。今すぐ吸いたいってワケでもないんで」

「……そうか」

そもそも幽霊はタバコを吸えるのかという疑問を抱きはしたが聞くだけ野暮だろうから黙っておこう。


「あのーセンセイ?」

「む?何だ」

「ここまで来てわざわざ聞くことじゃないとは思いますけど、良いんですか?あの悪ガキに挨拶とかしなくて」

「ああ、今更かける言葉も無いからな」

「薄情な人ですねぇ……あいつが動けたら今頃背中を蹴り飛ばされてますよ?」

「違いない」

そこは笑うところなのか、いやその気持ちは分からなくもないけど。

「……まぁ良いや。それじゃどうかお元気で、宵ヶ原先生」

「ああ」

別れの挨拶はあっさり手短に。

用事が済んだセンセイは敷地の外へ、まだやることがある俺は研究所の中へと足を運ぶ。

「──さて、と」

更衣室のロッカーに隠してあったジッポライターを取り出し、咥えたタバコに火を点ける。

死んで以来、実に十年ぶりの喫煙は然程美味くはなかった。

やっぱりこういう嗜好品は生きてる時にこそ堪能すべきものだな。

「そんじゃまずは苗娘の研究資料を片っ端から──」

「待ちな」

「ん?」

制止の声がした方に振り返ると見知らぬ男が壁に背を預ける形で立っていた。

「……どちら様ですかね?」

「あー、さすがに名乗らないのは無粋か。俺は──」

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