九 蕾美
──ガラスケースに収められた苗娘たちを美しく飾られたハーバリウムとするなら目の前に広がる光景は鬱蒼とした場所に群生する毒花と例えるのが適切だろう。
「…………ダレ?」
その中心に咲く大きな花──華峰蕾美はこちらに気づくや否や、腕に抱えているものを一層強く抱き締める。
それが等身大の人形だったらまだ可愛げがあったのだが、実際はすっかり朽ち果てた人間の死体なのだから嫌悪感しか抱けない。
「オトウサン……ジャナイ、オトウサンハココニイル。ダレナノ?」
「外から来た人間、それだけ分かればお前には充分だろう」
「ソトカラ……」
不思議そうに首を傾げながらまじまじと見つめる姿は年相応の少女らしい見てくれであったのならある種の愛らしさを見出せたのだろうか。
まぁそれはそれとして、だ。
「暁郷、あの死体は誰だ?」
「この研究所のボスこと華峰茂雄先生ですよ。見た感じ鏡花の性質を利用してミイラにしたってとこじゃないですかね?」
「荒唐無稽にも程があるな」
人体に寄生して育つという点だけでも大概なのにここまで来ると──
「ドウシテマダイルノ」
「む?」
「オマエハコロシタハズナノニ」
「何を言って──」
「センセイセンセイ、蕾美お嬢さんが言ってるのは俺のことですよ」
「……なるほど」
急に態度が変わったのは暁郷──嫌いな相手を見つけたことが原因か。
「ドウシテ、ドウシテ、ドウシテ」
「もしもーし、蕾美お嬢さーん?」
「コンドコソコロス、コンドコソコロス、コンドコソコロス」
「……聞こえていないようだな」
「みたいですねぇ」
一つのことに囚われすぎて視野が狭まり、他のあらゆる事柄に意識が回らなくなる。
そういうタイプの人間は何人か見たことはあるが、目の前でタバコに火を点けても全く気づかない奴はこいつが初めてだ。
「……本当にこれで足りるのか?」
「大丈夫ですからさっさとやっちゃってください、死にますよ?」
「死に方が変わる、の間違いだろうに」
苦言を呈しながら放り捨てたタバコの火が床に広がる蔦の一本に触れたその直後のことだった。
蔓延る毒花が一瞬で業火に包まれ、耳を劈く女の悲鳴が上がったのは。
「っ──」
「おー良い燃えっぷりだぁ」
反射的に後ずさりした俺とは対照的に暁郷は呑気な調子で毒花が燃える様を眺めていた。
──鏡花に含まれる毒素は可燃性が高く、タバコ程度の火気でも派手に燃え盛る。
その性質を利用して華峰蕾美を始末する作戦は見事成功した、と思って良いのだろうか。
「ハナガ、ワタシノハナガアアアア!」
「この期に及んで鏡花に執着するのか……」
「苗娘だったら皆ああなりますよ、何せ己の存在意義を奪われようとしているんですからね」
「……理解できんな」
「する必要もありませんよ、こんなイカれた連中のことなんて」
皮肉混じりに言いながら暁郷は肩を竦める。
「てかセンセイ、しんどいなら無理に見てなくても良いんじゃないですかね?」
「そうもいかな──」
暁郷の気遣いをやんわり断ろうとしたその刹那、毒花の城が火が爆ぜる音と共に崩れ落ちた。
「……案外早かったですね」
「…………そうだな」
さっきまで悲鳴を上げていた女は腕に抱えていた父親の亡骸と共に灰の山へと姿を変え、燃料を失った炎は瞬く間に勢いを失っていく。
これにて一件落着、と思って良いのだろう。
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