八 選択
それが起きたのは蕾美お嬢さんが華峰先生を殺してから一週間後のことだった。
まずは先生を探しに行った苗娘。
次にその苗娘を探しに行った研究員。
一人、また一人と消えていき、聡明な誰かがこれはまずいと思った時にはもう手遅れ。
研究所の人間は全員華峰蕾美という毒花の養分になりましたとさ。
──ただ一人の仲間外れを除いては。
「以上が事の顛末、ここが壊滅した真実って奴ですよ」
「っ……」
地獄だ。
暁郷の語った真実に対して浮かんできたのはあまりにも稚拙な感想だった。
「今更な質問ですけど、センセイはどうやってここを突き止めたんですか?あの悪ガキに繋がるものなんて早々無いでしょうに」
「手当たり次第に色々調べて回ったが、一番有力な情報を得られた手がかりはこれだった」
「……タバコ?」
「この銘柄を取り扱ってる店は少ない上に購入者が滅多にいないらしい」
「そこからどうやって……あ、」
「──確か、この研究所の人間はお前以外嫌煙家ばかりらしいな?」
納得がいったのか暁郷はばつが悪そうに頭を振る。
「いやー引きが良いというか、運が良いというか……」
「そうでもない、何せここへ辿り着くまでに十年近くかかっているからな」
「えっ、そんなに経ってるんですか」
「気づいてなかったのか?」
「日時を確かめる術がありませんからね、ここ」
言われてみればそうか。
時計はどれも止まっているしカレンダーは十年前から更新されていない。
──そういえばここに来てから携帯の電源が入らなくなったのをふと思い出した。
「それはそうとセンセイ、これからどうするんですか?」
「華峰蕾美を放っておくワケにはいかないだろう」
「止めといた方が良いですって、殺されますよ?いくら顔が似てるって言っても騙し通せるとはとても……」
「……資料室で遭遇した時に俺のことを先生、と呼んだ理由はそれか」
そう指摘されてやっと自分の失言に気づいたのか暁郷は露骨に目を泳がせる。
「いやあの、本当に一瞬だけですからね?」
「ようやく腑に落ちたというだけの話だ」
「そ、それはそれで酷い仕打ち……」
華峰蕾美に痛めつけられて少しは大人しくなったかと思ったが、どうやらそうでもなかったらしい。
「……話を戻すぞ。華峰蕾美を無害化する方法についてだが──」
「あ、説得はまず無理ですね。あのお嬢さん話が通じる相手じゃないんで」
「力でねじ伏せる、という選択肢は?」
「ナシですね。近寄ること自体が無謀の極みって奴です」
「む、そうか……なら──」
「何をそんな難しく考えてるんですか、あのお嬢さんを始末する方法だったらすぐ思い付くでしょ?」
「……お前は俺を殺人犯にしたいのか?」
「その心配は杞憂ですよ。センセイがやるのは人殺しじゃなくて花がら摘み、園芸作業の一環なんですから」
園芸作業。
苗娘を植物の一種として扱うならその比喩は適切と言えるだろう。
──趣味が悪いという点を除けば、だが。
「……っ、何か匂うな」
「これは鏡花の香りですね。含まれる毒素が強ければ強いほど美しく咲き、強い香りを放つ……そんな花でもあるんですよアレは」
「美しく咲く……か」
華峰蕾美は鏡花を誰よりも美しく咲かせることに執着しており、鏡花には毒素の強さと花の美しさが比例する性質がある。
ならば華峰蕾美が自らに寄生させた鏡花を美しく咲かせるためにしたことは至ってシンプルなものだろう。
──故にこそ恐ろしく思う。
人はここまで狂えるものなのかと。
「怖気付きました?」
暁郷が放ったからかいの言葉で我に返り、いつの間にか足を止めていたことに気づく。
「……恐怖を感じる程度には正気を保てている、とでも思っておけ」
「それは結構結構、センセイまで狂ったらいよいよ詰みですからね」
軽口を叩きながら先行する暁郷の背を少し見送った後、改めて歩を進める。
目的地へ続く廊下がやけに長く感じたのは段々と強くなる花の香りによって煽り立てられた恐怖心のせいかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます