七 嫌悪
「またあいつが脱走したぞ!」
「本当に懲りない奴だな……」
「だから言っただろ、あいつは拘束した方が良いって!」
「でも苗娘にストレスをかけるワケにはいかないって華峰先生が……」
「あいつ一人ぐらいどうなっても研究に大きな影響は出ないだろうに、何でそこまで……」
「いやあ大騒ぎだなぁ」
「何呑気なこと言ってんだ、お前も捜索メンバーに選ばれてただろ」
「うっげマジか、一服してきたかったのに……ん、あれ?」
「どうした?」
「あ、いや、な、何でもないっすよ?」
「……ふざけてる暇があったらさっさと行け」
「へーいへい」
渋々立ち上がり、捜索メンバーの集合場所へと足を運ぶ。
それにしても誰なんだ、俺がストックしてたタバコを盗んだ奴は。
あんな甘ったるいフレーバーが口に合う奴なんて早々いないだろうに。
「……い、おい暁郷!返事をしろ!」
「あ、あれ……セン、セイ……?」
目を開けたらセンセイが凄い形相で俺のことを見下ろしていた。
いや何だよこの状況。
「何で……」
「お前を探しに来た、説明はそれで充分だろう」
「……は、は……お優しい人ですねぇ、センセイは……俺のことなんかほっといて、こんなところさっさと出てけば良かったのに……」
壁伝いに立ち上がり、大きく息を吐く。
生きていたら間違いなく重傷、下手すると致命傷一歩手前。
幽霊だから血は流れないし骨も折れない、
精々全身が滅茶苦茶痛いだけで済んでるってとこか。
「……何があった?」
「それこそセンセイが知らなくて良いことですよ……あんなモノ、見るべきじゃない……」
「──やはりまだ隠していることがあったか」
呆れ気味に言いながらセンセイは上着のポケットから何かを取り出し、こちらに投げ渡す。
「っとと……この手帳は、俺の……」
「
「っ……まぁ、これ読んでたら察しがつきますよね」
「それだけが確信に至った全てじゃない」
「へっ?」
驚く俺をよそにセンセイはもう一冊手帳を投げ渡す。
「うわわっと……あれ?この表紙……」
確か蕾美お嬢さんがこんな柄の手帳を使っていた気がする。
「そこにはお前の知らない真実が記されている、かもしれないな」
「……んなこと言われたら無性に読みたくなるじゃないですか」
よくよく考えたらプライバシーの侵害がどうとかを気にする必要はなかった。
蕾美お嬢さんも俺もとっくの昔に死んでいるのだから。
今日もお父さんは研究室にこもりきり。
声だけ聞くのはこれで何日目になるだろう。
鏡花をきれいに咲かせることができなくて悩んでいるのはわかるけど、たまには私に構ってほしい。
お父さん、寂しいよお父さん。
お母さんが病気で亡くなってから今日で四年。
私がお母さんの分までお父さんを愛すると決めてから四年。
お母さんは怒っているかな、私がお父さんの傍にいること。
ごめんなさい、お母さん。
でもどうか許して。
この間逃げ出した子が連れ戻されるのを見かけた。
いっそのこと見つからなければよかったのに。
あんな悪い子にはきれいな鏡花を咲かせることなんてできっこないんだから。
何でこんな簡単なことに気づかなかったんだろう。
私が苗娘になってきれいな鏡花を咲かせれば良いんだ。
そうすればお父さんはずっと私に構ってくれる。
お父さんはダメだって言うけどもう決めたの。
私が誰よりもきれいな鏡花を咲かせるの。
おとうさん、わたしきれいにさかせるから。
ほかのこたちよりもずっとずっときれいにさかせるから。
だから。
わたしだけをみてて。
だれにもわたさない。
おとうさんはわたしだけのもの。
どこにもいかないで。
わたしのそばにいて。
おとうさん、おとうさん、おとうさん。
ずっといっしょにいようね。
「……センセイ、こんなの読んで気分悪くならなかったんですか?」
「吐き気を催しはした」
よくよく見ると顔色が少し悪い。
これは一回吐いてるな。
「華峰蕾美の凶行がこの研究所を壊滅させた、その事実に間違いはないな?」
「まぁ合ってますけど……そんなこと、確かめる必要ないでしょ?センセイの目的……あの悪ガキの末路は確かめ終わったんですから、もう良いじゃないですか」
「確かに俺の用事は片付いた。だがその過程で発生した謎がまだ明かされていない」
「さっきも言いましたけど知らないままでいた方が──」
「くどい」
一蹴された。
やだこの人圧が強い。
「改めて聞くが、何故華峰蕾美の存在を隠そうとした?」
「……そんなの決まってるじゃないですか」
何を今更。
「あんなバケモノが人目に触れたらどれだけの被害が出るか、分かったもんじゃないからですよ」
「……そうか」
「期待外れって顔してますね。俺が蕾美お嬢さんに何かしらの情を抱いてるとでも思ってました?」
「筋は通ると思っていたんだがな」
「残念でしたハズレでーす。蕾美お嬢さんは俺どころか華峰先生以外の人間がみーんな大っ嫌いだし、俺は俺であんなメンヘラファザコンにかける情を持ち合わせていませーん」
「……酷い言い様だな」
「何なら聞かせてあげましょうか?センセイご所望の真実って奴を」
あまりのエグさに吐いても当方は責任を負いませんので悪しからず。
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