魔法使いになる方法/魔法使いにならない方法
石動なつめ
魔法使いになる方法/魔法使いにならない方法
この世に生を受けて直ぐに、兄は魔法を使って見せた。
『魔法』というものが、大粒の宝石くらいの価値があるこの世の中で、魔法使いの子を持つというだけで、両親にとって大変な誉れであったらしい。
周りから持て囃され、国からは魔法使いの育成費用にと、多額の補助金が与えられた。
兄はすくすくと育ち、その四年後に、今度は両親は双子を産んだ。
兄が魔法使いだから今度もそうではないだろうかと、大変期待されて誕生した男と女の双子。
その期待通り、双子の片方――弟の男の子の方は魔法使いだった。だがもう片方は何の魔法の力も持たない、ごくごく普通の人だ。
喜びと落胆が半々だが、それでも一人は魔法使いである。
家には再び国から多額の補助金が与えられ、一家の生活は潤った。
優秀な兄と、兄と同等の教育を与えられた双子の弟。
それを私は絵を描く振りをしながら見ていた。
裕福になったため、教育は受けさせて貰う事が出来たが、どこへ行っても『魔法使いではなかった方』として見られる。
食べる事には困らないし、家族も当たり前のように愛情を与えてくれた。
だがやはり、自分はおまけだという感覚は常に持っていた。
そうして時は過ぎ、十三歳の誕生日を迎えた春。
双子の弟に王立学院への入学を認める旨の知らせが届いた。
王立学院と言えば、この国では最高峰の教育機関だ。成績だけではなく家柄も重要視される学院は、入学するだけでも名誉な事だった。
そしてそこを卒業する事が出来れば城勤めも夢ではない。エリートコースね、と隣のおばさんは言っていた。
しかし、というか、やはり、というか。
入学が出来るのは魔法使いである弟だけだった。
弟の入学を喜びながらも、家族は私を気遣うように「大丈夫、お前も行きたい学校へ行けば良いさ」と言ってくれた。
盛大なお祝いをした日の夜、なかなか寝付けなかった私は、ベッドに寝そべったまま窓越しに夜空を見上げていた。
小粒の宝石をちりばめた夜空が綺麗で、きっとあれが両親や人にとっての魔法使いなのだろうと思って、そこにいない自分に無性に虚しさが湧いてきた。
どうして自分は魔法使いではなかったのだろう。
どうして弟だけが魔法使いだったのだろう。
そんなどうしようもない事が、頭の中をぐるぐると回って、どうしようもなかった。
そもそも魔法とは何なのか、それを証明できた人はいない。
魔法使いですら何なのか良く分かっていなかった。
昔から存在している『そういうもの』というのが、一般的な認識だ。
もしかしたら、それを解明する事が出来れば、あわよくば自分も魔法使いになれるのではないだろうか。
そう思った私はベッドから飛び起きて本棚に向かう。
中段の数冊を引き抜いて、その奥に隠した『始まりの魔法使い』という分厚い本を取り出す。
これはこの世で一番最初の魔法使いとされるサミュエル・フローという人物について書かれた本だ。
サミュエル・フローは、今から三百年ほど前に実在した人物で、北方にある『氷柱の森』の集落に住んでいたらしい。
氷柱の森は一年中、雪と氷に覆われており、おおよそ人が住める場所ではなかったらしい。
だがサミュエルは敢えてそこに住み、魔法の力で森の一部を人が住める環境に作り替えた。
最初にそれを知った時は、凄いという感情よりも、何とも言えない恐ろしさを感じたものだ。
サミュエルはその一件で広く名前が知られるようになり、彼が自ら『魔法使いだ』とお伽話上の名称を名乗った事から、彼のような魔法を使える者は魔法使いと呼ばれるようになった。
この本の題名通り、始まりの魔法使いである。
そんなサミュエルだが一つ不思議な――最もサミュエルに関しての不思議な話なんぞ山ほどあるが――話がある。
それが何なのかと言うと、彼はまだ生きているらしい、というものだった。
不老不死の秘法を手に入れたとか、魔法で若返っているのだとか、色々な説があるが、誰も本当の事は知らない。
ただ生きているらしい、というのが噂話くらの信憑性で、世の中に流れている。
もしもサミュエルが生きていたら、三百年も生きている彼ならば、魔法とは何なのか知っているかもしれない。
そしてそれが分かればもしかしたら――本当に僅かな可能性でしかないが、私も魔法が使えるようになるかもしれない。
そう思った私は、いても立ってもいられず、直ぐに机に向かって手紙を書き始めた。
家族に宛てた手紙だ。
『氷柱の森へ行ってきます。直ぐに戻るから、どうか心配しないでください』
それを机の上に置くと、私はベッドを直し、服を着替えた。
氷柱の森へ行くのだから、寒さ対策は必要だろうと、冬用のコートやブーツなどを鞄に詰め込む。
それからそこそこのお金と、光石ランプと、地図と『始まりの魔法使い』の本を鞄に詰めて、窓からこっそり外へ出た。
ランプの光と、星空と月に照らされて、私は北へ向かって夜道を歩く。長い長い影が私の後を続いた。
◇
氷柱の森は、北の外れにある森だ。
温暖なこの国にしては珍しく、あちらは一年中寒く、雪が降っている。
何でも森の付近に住みついた氷の竜が、冷たい息を吐いているかららしい。
馬車に揺られて氷柱の森近くの町まで行く道中、同席した商人のおじさんがそう教えてくれた。
竜というのは、見た目は翼が生えたトカゲであるが、私たちの何倍も体は大きく頑強なのだそうだ。
誇り高く、種によっては会話もする事が出来るらしい。
本の挿絵に描かれていた竜はとても格好良く、一度本物を見てみたいと憧れたものである。
どこに住んでいるのですかと商人のおじさんに聞いたところ、氷柱の森の泉付近だよ、と教えてくれた。同時に、近づく事は禁じられている、という事も聞いた。
近づく気は毛頭にないし、禁じられているならば仕方がないので、ひと目だけでも、何て思った気持ちは諦めようと思う。
そんな話をしていると町に到着した。
馬車を降りた私は親切にしてくれた商人のおじさんに別れを告げ、町を歩き始める。
石畳の地面には雪が積もっており、ブーツで雪を踏みしめる感触と音が楽しい。
思わず夢中になっていると、ふと、広場の方で何やら人が集まっているのが見えた。
何だろうかと近寄って行くと、アコーディオンを抱えた青年と、ふくよかな女性が歌を歌っていた。
語るようなアコーディオンの音色に、女性の柔らかな声が乗って、とても心地の良く響いている。
ああ、この音楽はとても好きだなぁ。
効いていて思わず顔が自分の緩むのを感じる。
二人の音楽に聞き惚れていると、それを掻き消すように金属の足音が聞こえてきた。
せっかくの演奏の邪魔だなと思ってそちらを見ると、複数人の兵士たちが険しい顔で駆け寄っている。
兵士の姿を見て、二人は音楽を止めた。
そしてアコーディオンの青年の方が、兵士に向かって声を掛ける。
「ああ、兵士さん。何かありましたか」
「何かありましたか、ではありません。この町で演奏は禁止されています。それをご存じないのですか?」
兵士は怒ったようにそう言った。どうやらこの町では演奏はしてはいけないらしい。
随分と変な決まり事だと思っていると、周りで聞いていた人達も蜘蛛の子を散らすように、そそくさといなくなってしまった。
どうしたものかと思っていると私だけが取り残されてしまう。
流れに乗り遅れてしまい、今から動く事も出来ず立ちすくむ私の前で、二人と兵士の会話は続く。
「ああ、それは申し訳ありません。つい先刻、到着したばかりでして」
「そうでしたか。それでは、今後は気を付けて下さい。次は厳しく取り締まりますので」
兵士はそう言うと、着た時と同じように足音を立てて離れて行った。
その後ろ姿を眺めていると、
「やあ、お客さん。演奏の途中で申し訳なかったですね」
と、アコーディオンの青年に声を掛けられた。
「ああ、いえ、いえ。大変でしたね」
「ええ。まさか演奏をしてはいけない、とは思いませんでした」
青年は頭の後ろに手を当てて苦笑する。
すると、彼の相棒である女性は呆れた顔になった。
「嘘を仰い。知っていたでしょうに」
「いやぁ、はっはっは」
誤魔化すように男は笑う。
どうやらここで演奏をしたのは確信犯だったようだ。
演奏をしてはいけない事を知っていて、ここで音楽を奏でていたならば、二人はその理由を知っているのではないだろうか。
そう思ったので、私は聞いてみる事にした。
「お二人は、もしかして演奏をしていない理由も、ご存じではありませんか?」
「ええ、存じておりますよ。何でも、音楽が眠った竜を起こしてしまうから、だそうです」
「眠った竜ですか?」
「ええ。ほら、氷柱の森に住まう氷の竜です」
青年は氷柱の森の方を指差した。
指の先を目で追うと、真っ白な雪に混ざって、青白い光がキラキラと輝いているのが見える。
あれは氷だろうと何となく思った。
「竜は眠っているのですか?」
「ええ。もうずいぶんと昔に、眠ってしまったままだそうですよ。そうして眠っているから、吐いた息の冷たさが、この程度で済んでいると言う話です」
私の言葉に今度はふくよかな女性が答えたくれた。
つまり氷の竜は眠っていて、目覚めると今よりもずっと辺りが寒くなるらしい。
今も寒いし吐く息は白くなるが、外出しても差し支えないほどではない。これが凍て付く程になったらと考えると、寒さとは別の意味でぶるりと震えた。
しかし、それならば、その事を知っている二人は何故ここで演奏をしたのだろう。
ふと疑問に思ったので、私は首を傾げて二人に聞く。
「お二人の音楽はとても素敵だったのですが、でも、その理由を知っていたのに演奏をしたのですか?」
「ええ。まぁ、迷信ですからね、その話。実際に湖まで見に行きましたが、竜なんてものはいませんでしたよ」
青年はあっけらかんと笑ってそう言った。
驚いて女性の方を見ると、彼女も困った顔で「そうなんですよ」と肯定している。
実際に見に行ったという二人の勇気は凄いと思うと同時に、氷の竜はいなかったという事実に少しショックを受けた。
「何だかがっかりさせてしまってすみません」
「ああ、いえ、いえ。こちらこそ、聞いておいてすみません」
申し訳なさそうな顔の二人に、私は慌ててそう返す。
二人は別に悪気があって言ったのではないのだ。
私が勝手にがっかりしただけであって、気遣わせてしまった事に逆の申し訳なくなる。
「お客さんも竜を見にきたんですか?」
「いいえ。目的地は同じなんですが、竜ではなく、私はサミュエル・フローを探しに来たんです」
「サミュエル・フローを?」
私がそう言うと、二人は驚いたように目を丸くした。
それからお互いに顔を合わせたあと、もう一度こちらに視線を向けて来る。
二人の表情はやや困惑気味だった。
「サミュエル・フローって『始まりの魔法使い』でしょう? 何だってそんな人を探しているんですか?」
「ええ、はい、実は、魔法とは何なのかを知りたくて」
「魔法、ですか。お客さんは魔法使いなんですか?」
「いいえ。私は魔法使いじゃありません」
「魔法使いじゃないのに、魔法の事が知りたいんですか?」
二人はいよいよ理解出来ないという顔になって来た。
改めて言葉にすると、自分でも二人が戸惑う気持ちが良く分かる。
魔法使いでなければ魔法についてなんて知っても、生きて行く上ではほとんど必要のない知識だ。
兵士や国の要職であるならば別だろう。私のような一般人が魔法について知っても、万が一関わる事になったとしても、何もできない。
それならばその分、自分が得意とするもの、必要とするものの知識を得た方が有意義である。
だから両親も、私に学ぶようにと学校へ進学する事を勧めてくれた。
知識を蓄えて他者に教える立場になるのも良い。知識を得て手に職をつけるのも良いだろう。
魔法使いではない事への私の劣等感を、両親は正しく理解してくれていて、他に自信をつけさせようとしてくれた。
とても有難い事だった。
だけど――――そんな恵まれた中であっても、私は魔法使いになる事を諦めきれなかったのだ。
だからここへ来た。サミュエル・フローに会って、魔法について聞いて――それで分からなかったら、なれないと知ったら、きっと、ようやく、諦められると思ったから。
私は疑問符を浮かべる二人に笑顔で頷く。
「ええ。私は魔法使いじゃないけれど、魔法の事が知りたいんです」
◇
町に到着した翌日、私は氷柱の森へと出発した。
その日の内に入っても良かったのだが、到着した頃には昼をとうに過ぎていて、それから森の中を歩けば夜になってしまうと思ったからだ。
夜の森は見通しが悪く、夜行性の獣も徘徊する。しかも気温もぐっと下がるので、危険であると判断したからだ。
町を出る前に万が一のために水と食料、それから『
森の中で夜を越すつもりはないが念の為だ。ひと通りの準備を整えると、私は町を出て森に足を踏み入れた。
氷柱の森は噂に聞いていた通り、雪と氷に覆われた森だった。
雪を被った木々の枝に、青白い氷柱が垂れている。その氷柱に朝の日差しが反射してキラキラと輝いていた。
そんな森の中を私の足音が響く。時々、雪栗鼠あたりの小動物が、枝の上をカサカサと動く音が聞こえるくらい。
まるで別世界へ来たように錯覚するほど、氷柱の森はとても静かだった。
さて、目的のサミュエル・フローだが、彼はこの森の奥に住んでいると『始まりの魔法使い』に書かれていた。
氷柱の森はそれほど大きくはない。
何事もなく進めば、昼前にはそれらしき場所へ辿り着く事が出来るだろう。
コートのポケットからコンパスを取り出し方角を確認すると、私は氷柱の森の奥を目指して歩みを進める。
歩いていると、吐く息の白さと雪の白さが重なって見えて、何だか面白かった。
そうしてしばらく歩いていると、右の方にキラリと光の反射が見えた。
顔を向けると、遠くに泉があるのが見えた。恐らくあれが件の、氷の竜がいるとされている泉だろう。
人の手が入って出来たこの道から見える位置関係だったのだな、と少し意外に思った。
足を止めて目を凝らして見てみるが、アコーディオンの青年が話してくれたように、竜らしき姿はない。
あの二人が言う通り、本当に竜はいないようだ。
もしかしたら泉の中にいる可能性もあるが、敢えて近づいて覗いてみようという気にはならなかった。
竜がいないという事実を確認して、もう一度がっかりしたくなかったからだ。
気を取り直して顔を戻すと、私は止めていた足を再び動かしかけた。
その時ふと、小さくではあるが、金属の足音が耳に届いた。昨日の兵士が歩く音に似ている。
どこから聞こえたのだろうかと辺りを見回すと、泉と反対側の方で鎧を纏った兵士が数人、列になって歩いているのが見えた。
あんな道から逸れた場所で、一体何をしているのだろう。
そう思って見ていると、兵士の列の真ん中に、昨日話したアコーディオンの青年とふくよかな女性がいるのが見えた。
昨日のやり取りから考えると、二人と兵士は初対面のような様子だった。なのに、今日はああして一緒に歩いている。
全員の表情こそ分からないが、さすがに不審に思って――少し心配になって、私はそっと、彼らの後を追いかけてみる事にした。
極力音を立てないように、そっと後をついていくと、やがて小さな小屋に辿り着いた。
木こりの小屋だろうか、建物の横に薪がたくさん詰まれているのが見える。
彼らはその小屋の前まで来ると、扉を軽く叩く。少しして中から初老の男性が現れた。
「やあ、兵士さん。今日もお疲れ様です」
「いえ。お変わりはありませんか?」
「ええ、お陰様です。いつも通り平穏ですよ」
「それは良かった。では、我は我はこれで。次はまたひと月後にお願いします、と隊長からの伝言です」
「はい、承知しました」
初老の男性がにこりと微笑むと、兵士達はアコーディオンの青年とふくよかな女性を残し、来た道を帰って行く。
見つからないように、私は慌てて近くの茂みにしゃがみ込み隠れた。
何だか見てはいけないものを見てしまったような、そんな緊張感に心臓が鳴る。
「さて」
兵士達を見送ると、初老の男性は軽く軽く手を振った。
すると、何と言うことだろう。
手からキラキラとした光の粒が現れて、それが青年と女性に降りかかったとたん、彼らの姿が、青と赤の小鳥に姿を変えたのだ。
――――魔法!
思わず声を出しそうになるのを必死で押さえる。
あんな魔法なんて、兄や双子の弟だって使えない。
私が驚いて目を剥いていると、
「茂みの中のお嬢さん。そこは冷えるでしょうから、良かったらこちらへどうぞ」
初老の男性は私が隠れている茂みを真っ直ぐに見て、そう言った。
◇
初老の男性の家に招かれた私は、温かいお茶をご馳走になっていた。
品の良いティーカップに淹れて貰ったお茶が、冷えた手に、身体に、じわりと染み渡る。
「盗み聞きのような真似をして申し訳ありませんでした」
「いえ、いえ。見られて困るようなものではありませんから、構いませんよ。それにしても、こんな森の中でお一人とは、どうしたのですか?」
僅かに首を傾げた、男性は私にそう問うてくる。私が答えようとする前に、彼の肩に並んで止まっていた二羽の小鳥が、チチチ、と可愛らしい声で囀った。
すると男性は軽く頷いて「なるほど」と呟く。
「お嬢さんはサミュエル・フローを探しているのですね」
「そうです。……あの、つかぬ事をお伺いしますが、そちらの小鳥は……」
「ああ、この子達ですね。私の使い魔ですよ」
「使い魔……ですか」
「ええ。これでも魔法使いですからね」
男性は肩の小鳥達を指で軽く撫でる。小鳥達は心地良さそうにピイ、と鳴く。
使い魔とは魔法使いの従順な
とは言え、目の前の小鳥たちが『人』なのだろうかと考えると、そこは違う気がする。二人――いや、二羽は魔法使いの力で一時的に人の姿を取っていたに過ぎないのだろう。
神秘だなぁ、なんて思いながら私は小鳥達を見る。目が合うと、二羽は小さく首を傾げた。
「先ほど、兵士さん達と一緒でしたが、もしかして町で演奏をしていたのは……?」
「ああ、ええ。打ち合わせ済みの行動ですよ」
「あの町は音楽を禁じているのにですか?」
「おや、ご存じでしたか」
「ええ、いえ、肩の……ええと、お二人から聞きました」
男性に話す時に、小鳥達をどう表現するのが適当か少し悩んで、私は二人と言う事にした。今でこそ二羽だが、私が最初に見たのは人間の姿だったからだ。
私の言葉に男性は目を瞬いた後、小鳥達をチラリと見て「こら」と苦笑する。ごくごく軽く叱られた小鳥達は「しまった」という雰囲気で顔を逸らした。
「あれはデモンストレーションのようなものです。氷の竜は
「え? でも、竜はいないのでは……?」
「ええ。ですが、
何とも難しい答えが返ってきてしまった。
氷の竜はいないけれど『いる』と思わせる必要がある、だから彼らは町で音楽を奏でていた、という事らしい。
兵士達も絡んでいるなら何か意味がある事なのだろうが全体像が見えて来ず、良く分からないでいると男性は「そう言えば、この子達から聞いたのですが」と話題を変えて続ける。
「お嬢さんは魔法について知りたいそうですが、その理由をお尋ねしても?」
「ありきたりですが……」
「人が何かに対して抱く理由は、人それぞれです。ありきたりと卑下するものなど、何もありませんよ」
男性はそう言って、にこりと優しい微笑みを浮かべる。
話す前なのに肯定された気がして、自分の胸の内に暖かいものが広がるのを感じた。
「……私の兄は魔法使いでした。私の双子の弟も魔法使いでした。でも、私は違いました。ただの人です」
「はい」
「魔法使いではなくとも、私の両親は兄や弟と同じ愛情を渡しに注いでくれました。兄や弟も魔法使いではない事を気にしている私を気遣ってくれました。優しい人達です。なのに私は兄や弟が羨ましくて仕方がないのです。魔法使いである――――特別である二人が」
話しながら、私は両手で包んだままのティーカップに目を落とす。
お茶の水面に映る自分の顔を見ながら、話を続ける。
「魔法とは何であるか、それは未だに誰も解明出来ていません。ならば、もし、魔法とは何であるかが分かったら、知ることが出来たら、万に一つの可能性で私も魔法使いになれるんじゃないかと思ったんです」
「それで、サミュエル・フローに会いに?」
「ええ。始まりの魔法使いの彼ならば、魔法とは何であるかを知っているのではないかと」
男性は最後まで私の話を聞いてくれた後、頷きながら「なるほど」と呟く。
それから考えるように沈黙し、少ししてから、
「それならば、良いものをお見せしましょう」
と言って立ち上がった。
◇
男性に連れて行かれた先は、氷の竜がいるとされる湖だった。
先ほどいないと言ったのにどうしてこんな場所に連れてきたのだろう?
そう思っていると、湖に目を向けながら男性は、
「魔法とは、願いの先にあるものなのですよ」
と話しだした。
「願い?」
「ええ。こうしたい、ああしたい、これが欲しい、あれが欲しい。そう言う願いがあって初めて、魔法は魔法として成り立つのです」
何とも不思議な言い方だった。
彼の言い方によると、魔法があるから出来ない事が出来るのではなく、やりたい事を願うから魔法が使えると言う風に聞こえる。
「良く分からない、という顔ですね?」
「すみません」
「いえ、分からなくて当然です」
男性は首を振り、小さく笑うと、私の方へ顔を向ける。
それからまるで先生のように人差し指を立てて話を続けた。
「この湖には氷の竜が眠っている。眠っているから、耐えられる寒さで済んでいるのだ。その眠りを覚まさぬように、町では音楽を奏でてはいけない」
「昨日、教えて頂いた話ですね」
「ええ。……この湖には氷の竜はいません。けれど、
「町の人々の? では、町の人々は魔法使いなのですか?」
「そうとも言えますし、そうでないとも言えますね。彼らは自分の意志で魔法は使えない。けれど、彼らの願いは魔法になるんです」
「…………」
願いが、魔法に。
それならば、どうしてあれほど願った私は魔法を使う事ができないのだろう。
難しい顔になっていると、男性の手がそっと、私の頭を撫でた。
「あなたが魔法使いではないのは、きっとあなたのご両親がそう願ったからです」
「え?」
「このご時世、魔法使いを子に持つというのは確かに誇らしい事でしょう。けれど同時に、我が子に大きな責任を持たせてしまった事に、ご両親は気づいたのです」
男性は私の頭から手を下ろし、そのまま自身の胸へあて目を閉じた。
「魔法とはただ便利な力というわけではありません。危険な力としての側面も持ちます。そして魔法使いであるから、悪人から利用しようと狙われる事もある。魔法使いの子であって欲しい。けれど普通の人生を歩んで欲しい。そう相反する二つを願ったからこそ、あなたは普通に人として在る」
そこで言葉を区切り、男性は目を開けた。
慈しむような優しい眼差しだった。
「あなたが魔法使いではないのはきっと、あなたのご両親の愛情です」
「――――」
思わず言葉が詰まってしまった。
もし、男性の言う事は真実であれば、私は。
――――私は。
「魔法が、そうなら」
「はい」
「……サミュエル・フローは、何を願ったんでしょう?」
「そうですね」
男性は空を見上げ、
「……きっと、生まれた場所で、家族とゆっくり暮らしたかったんだと思いますよ」
と、少し寂しそうに呟いた。
その横顔を見ていたら、ぽつり、と無意識に言葉が浮かんだ。
「サミュエル・フロー……?」
男性からの応えはなかったが、にこりと微笑んでくれた事がとても印象的だった。
ああ、そうか。そうなのか。
違っていても、そうであっても、構わない。
私は知りたかった事を、知る事が出来たのだ。
何だか泣きたくなって、無性に両親に会いたくなって、両手を胸の前で握りしめる。
「ここは綺麗な場所ですね」
「ええ、私の自慢なんですよ。良ければ今度は、ご両親と遊びに来て下さい。歓迎しますよ」
「はい!」
男性の言葉に嬉しくなって、私は頷く。
予想外に大きくなっていしまった声は、氷柱の森に良く響き。
そのせいかどうかは分からないけれど、木の枝に積もっていた雪がザザッと音を立てて落ちて、二人揃って小さく噴き出したのだった。
魔法使いになる方法/魔法使いにならない方法 石動なつめ @natsume_isurugi
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