最終怪 校舎裏の幽霊⑦

【2X20年。


 科学技術の発展によって、全ての怪奇現象、心霊現象、オカルト、怪異、秘境の地、宇宙の謎、伝説、伝承、神秘……その他諸々の『おかしなもの』の存在が、全否定された現代。


 AIの情報管理によって犯罪は激減し、人々は未来永劫の”平和”と”幸福”を手にしていた。


 過去の歴史や膨大な情報の中から蓄積された『悪いもの』や『間違ったもの』、『汚らしいもの』は、中央統制局が開発したスーパー”マザー”コンピューター:『審美眼』の判断によって事前に排斥され、誰もが『清く正しく美しく』生きられるようになった。


 さらに『審美眼』はその後改良され、より洗練された『神美眼』として人々を導……】



「何、難しそうな本読んでるのよ?」

「き、きき清澄先輩っ!?」


 放課後の図書室。

 嵯峨峰岬岐さがみねみさきは、図書館で資料とにらめっこしている途中、突然前生徒会長・清澄たからに覗き込まれ、素っ頓狂な声を出した。たからは後輩の肩をポンと叩くと、岬岐みさきの横に腰掛けた。


「どう? みさきちゃん、生徒会長の仕事は?」

「え!? えぇっと、はい、あの……っ!!」

「フフ……張り切ってるみたいねえ」

 たからがほほ笑みかけると、岬岐みさきは顔を真っ赤にして叫んだ。


「あ、ありがとうございますっ!」

「でも、暗くなる前に帰った方がいいわよ? あんまり遅くなると……」

「はいっ!」

「この学園、幽霊が出るって噂もあるんだから」

「ゆー、れい??」

 岬岐みさきは思わず吹き出した。


「まさか、この現代に幽霊なんて……」

「あら。本当よ?」

 だがたからは、至って真面目な顔で頷いた。


「ホラ、私の前の生徒会長……先輩って覚えてる?」

「はい」

「でもね、私は正直あまり覚えてないのよ」

 たからが困惑する岬岐にぐっと顔を近づけた。

「私は別の生徒会長……女子の先輩に、ずっと憧れていた気がするの」

「え……」


 人気ひとけのない図書室に、不意に何処からともなく風が舞い込んできた。


「そんな……先輩の勘違いじゃないですか? だって二階堂会長は、生徒会名簿にも載ってるし、写真だって……」

「そう……そうなの。どうもの後、そこらへんの記憶が曖昧で。みんなに聞いても、知らないっていうし……」


 たからは、どう伝えればいいか考えあぐね、ふと窓の外を見つめた。




 あの事件……小泉七星が、この学園の生徒たちをAIで洗脳しようとしてから、すでに1年が経とうとしていた。


 政府は学園への『携帯型審美眼』の投入を認めたものの、洗脳行為自体は「単なる故障」と言い張り、『黒いAIグラス』をそそくさと回収して、この事件を風化させようとした。

 

 しかし、四谷檸檬が在学中に誘拐された事件はそう簡単に忘れられるものでもなく、生徒たちの間ではより一層噂に尾ひれがついて、そこかしこで囁かれることになった。


 曰く、【学校の怪団】が如何に恐ろしげな団体であるか、についてである。


 当初誘拐犯を【学校の怪団】に仕立て上げようとしていた政府七星も、洗脳から解放された四谷檸檬と、事のあらましを知って激怒した彼女の祖父によって大々的に糾弾され、『審美眼』の悪行が白日のもとに晒される事となった。


 政府七星としても、まさか生徒全員の記憶を消去して回るわけにもいかず、結果としてあの日七雲たちが洗脳を解いた事が、何よりも痛手となったようである。


 そのうち【怪団】にまつわる噂は、その行動を非難するものから、徐々に『政府の洗脳や圧力にも負けなかったなんかヤバそうな団体』といった風に変わっていった。そんな風に、小泉七雲が噂を煽ったのもある(「だって楽しいじゃないですか。有名になった方が」)。七星は、復讐にかられ、いつかまた弟の元に現れるだろう。だが少なくともこの1年間は、風評を恐れてか、特に目立った行動はしていなかった。

 

 そうして噂や風評が入り乱れる中、たからは1年間、生徒会長をやり通した。



「でもっ!」

 岬岐みさきが不意に大きな声を上げた。

 たからはそこで、記憶を辿るのを止め、窓から視線を戻した。岬岐みさきが力強く叫んだ。


「でもでも、先輩がこの1年間、生徒会長として清正美うつくしく学園をまとめていたことは、あたしがしっかり見てますから!」

岬岐みさきちゃん」

「清澄先輩が生徒会長しているのを見て、あたしもやってみたいと思ったんですよ!」

岬岐みさきちゃん……」

「清澄先輩は……いなくならないですよね??」


 真剣な眼差しでこちらを覗き込む岬岐みさきに、たからはほほ笑みを返した。どうやら、新米生徒会長の彼女を励ますどころか、逆に不安にさせてしまったようだ。たからは胸を張った。


「ありがとう、もちろんよ。不安があったら、なんでも相談して」

「やったぁ! 清正美うつくしい先輩がいれば、百人力だ!」

 たからの言葉に、岬岐みさきは子供のようにはしゃいだ。

「そうね。でも、清正美うつくしさより……」

「え?」

 たからは少し遠くを見るような目で呟いた。


「生徒会長をやってたら、清正美うつくしさより大事なものだって、もしかしたら見つかるかもしれないわ」

清正美うつくしさより、大事なもの?」

「ええ。それは人によって様々だろうけど……」

「オォイ、元生徒会長サン!」

 たからが口を開きかけた時、ふと図書館の入り口から、たからを呼ぶ大きな声が飛んできた。


「あっ!?」

 岬岐みさきが入り口に立っている人影を見て、口を大きく開けて叫んだ。


 そこにいたのは、二神晴人、六道茜、それに小泉七雲……あの事件以来、【学校の怪団】の面々だった。今や伝説の……学校を救ったとか救わなかったとか……なんかヤバそうな面々である。さらに廊下には、四谷や赤羽根、白川に緑野といった生徒会メンバーもずらりと揃っていた。先頭に立っていた二神が、たからの方を見ながら白い歯を見せた。


「早く行こうぜ。もう店、予約取ってるからよ」

「もうみんな揃ってるっスよ! たから先輩の、卒業祝い!」

 七雲が、二神と茜の間からひょいと顔を出して笑った。


「清澄さん。この学園の【七不思議】は、無事作り終えましたけど。むしろ怪奇現象は、学校の外にもたくさんあるんですから! 【怪団】の出番は、卒業してからが本番ですよ!」

「はいはい。卒業してからも、またアンタの、例のびっくり手品に付き合わされるわけね」

 たからは肩をすくめた。言葉の棘ほど、彼女の表情は嫌そうでもなかった。


「が、ががが学校の……例の!」

 岬岐みさきが彼らの姿を指差して、声を震わせた。たからはもう一度彼女の肩をポン、と叩いて、

「じゃあね。私もう行かなきゃ。大事なもの、きっと見つけてね。また会いに来るから」

 ゆっくりと席を立った。

「は、はいっ……!!」

「たからさん、行きましょう」


 七雲が、少し照れたようにたからに手を伸ばした。たからは少し驚いたように固まったが、やがて笑みを浮かべ、七雲の手を握り返した。


 新米生徒会長は椅子に座ったまま、仲間たちの輪の中に入っていくたからの背中を、しばらく惚けたように見つめていた。



 放課後。


 大勢の人の輪に囲まれて、楽しそうに校門をくぐって行く清澄たからと、小泉七雲の姿を見ながら……。


 校舎裏に佇んでいた道明寺節子は、夕闇にその身を溶かしながら、静かに笑みを浮かべていた。

「……見つかったのね。居場所が、大事なものが……」 


 道明寺は満足そうにそう呟くと、すうっ……っとその場から消えて行った。

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学校の怪団 てこ/ひかり @light317

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