第3話 世話する領主

薄暗い部屋の中、二人の人影が蠢いていた。


一人はやせ細った少年で、彼は豪奢なベッドの上で荒い吐息を吐きながら苦悶の表情を浮かべていた。

もう一人は肥えた男でその少年の衣服を剥ぎ体中を撫で回していた。


――もちろんこれは悪意のある解釈である。


やせ細った少年はこの間野盗に乗っ取られた村から拐って救ってきた少年のうちの一人で栄養状態の悪さから体調を崩してしまったのである。名前はロロ。

ロロ少年と同じ様に体調を崩した子どもたちは多く、栄養失調や病を抱えて隔離されていた子どもなど、両手で数えきれぬほど存在していた。

初日からすでに倒れていた子どもや急な環境変化についていけなかった子ども、領主の顔を見なかった子たちは野盗から開放された安心感から熱を出してしまったようである。


そしてそんな状況のロロ少年の服を剥いでいた肥えた男とはナブア辺境伯ことアロダンテである。

その手には吸水性の高いタオルが持たれており丁寧に少年の体から汗を拭っていた。

男同士恥ずかしがことも疚しいこともなく、である。

一部の特殊な性的嗜好ショタコンの方には垂涎の状況ではあるが、幸いにもアロダンテにそのはなかった。


辛そうにする少年を見るアロダンテは、端から見ると邪な考えを持っているようにしか見えなくとも。



さて、それはともかくとしてなぜ領主であるアロダンテが拾ってきた孤児の一人を看病しているのか、それはメイド長であるクリスによる提案であった。


遡ること半日前。

アロダンテは落ち込んでいた。

理由は単純明快――子どもたちが懐かないのである。


衣食住の保障をして、教育係をアントンとクリスに任せていたアロダンテであるが、ただ任せきりという訳でもなく時々顔を出してはいたのである。

そしてその度に泣き出す子ども、引きつった笑みを浮かべる子ども、明らかに敵意をむき出しにする子ども等など、どう考えても好意的ではないことがわかる反応。

もともと強盗殺人人さらい何でもござれの野盗共に、日々嬲られ従順になるようにをされていた子どもたちである。

大人の男、それも肥え太り縦にも横にもでかい醜男ぶおとこが近寄れば拒絶反応が出て当然であった。

そんな状態になるまで救い出せなかったアロダンテは大層嘆き、贖罪として彼ら彼女らの為に何かしたいと考えた。

そう、アロダンテは己の醜さは認めているが、悪人面については一切認識がないのである。

また言葉選びのセンスは壊滅的で、近しいものであれば正しい意味に変換可能であるが付き合いの浅いものや、そもそも敵対的な存在からは脅しや悪意しか感じられない物になる。

そしてそれをやんわり注意しても本人が理解を示してくれないのである。

何せセンスの問題である。直そうとしても一朝一夕では直らない。アロダンテはアラフォーのおっさんなので尚更だった。


更に彼の婚約者がその言葉選びを良しとしているのが質の悪さを増していた。

彼女はアロダンテのすべてを愛しているし、。それはもう爆笑である。アロダンテはアロダンテで彼女が笑うのが嬉しくて言葉選びのセンスを矯正する機会を失っていく。

負のスパイラル極まれり。


そんなこんなで『多分我輩は言葉が強いのかもしれないなぁ』くらいのことは考えるが見た目がそもそも悪すぎて怯えられていることには気付けない領主と、野盗に捕らえられていた時同様他の子たち被害が及ばぬよう領主に立ち向かう年長者の少女、何をされるかわからず泣く子ども、暴力を振るわれぬように愛想笑いをする子ども、そして最後にのグループが出来上がっていた。


ロロ少年はその領主を警戒しないうちの一人である。

ただし立場を理解しているためか領主を見て笑顔を浮かべても自ら近付こうとはしないため、愛想笑い組の一人として数えられているが。


クリスは二桁の年齢の子どもたちをまとめて面倒見ている。

そのクリスが見ていてアロダンテと交流を図らせても問題がないであろう子どもの一人にロロ少年を選びたまたま具合が悪くなったのでこれ幸いとアロダンテに看病を押し付けたのだ。

ナブア辺境伯邸にはアロダンテの悪名と見た目のせいで使用人が少ないので、人手不足の解消と子どもとの交流が一気に解消される名案であった。


さて、そんなわけで冒頭の状況へと戻る。

領主を怖がらず嫌悪しない存在と領主を関わらせる方法。

単純にアロダンテが率先して構えばいいのだろうが、明らかに心を開いてくれない子どもたちに無理矢理近付いたら不味いのではないかと考えた。というかこれ以上怯えられることに怯えた。

クリスやアントンといった付き合いの長い人間から言わせればヘタレの一言である。


しかし、しかしだ。仮にもそこは伯爵様であり自らの雇い主。クリスも「ヘタれてないでちゃっちゃと関係構築をしてください」とは口が裂けても言えないのである。


だが、この辺境伯邸は万年人手不足。そして子どもを連れてきたのは他の誰でもないアロダンテ本人。

もともと野盗を討伐すればそれで良かったのだから子どもを連れてくる必要はなかった。

にも関わらず態々野盗共の演技とも言えない演技に騙されたふりをして、年貢の取り立てと称して子どもたちを救い出す茶番をしたのだ。

……まあ、おかげで新兵の中に居る中央の回し者をあぶり出すことができたが。

それはそれとして拾ってきたのだからしっかり世話をしてもらわねば困るのだ。


そんなクリスの理論武装によりアロダンテはロロ少年の看病に勤しむこととなったのである。





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はじめまして、僕の名前はコリン。

野盗? 盗賊? って人たちに村を焼かれて連れ去られたうちの一人です。

今年で九つになります。

とても健康です。このお屋敷に来てからは特に。


でも僕はそれを伝えるすべがありません。


僕はもともと目が見えません。

それでもスキル『心眼』のお陰で生活に不自由したことはありませんでした。

この心眼というスキルは、『肉眼で得るよりも情報が多くより正確に世界を認識できるもの』らしいです。


肉眼で見たことがないのでよくわからないですけど。


村にいた頃は耳は聞こえるし口もきける、心眼で周囲も見れるので普通でした。

ほとんど普通の村人でした。


ただ、村を焼かれたとき怖くて悲しくて叫んでしまったんです。その時に熱い空気を吸い込んでしまい、喉が焼けただれました。

痛くて苦しくて何度も咳き込んで、その咳が痛くて血も出ました。でも野党の人たちは治療なんてしてくれなくて、周りにいたお姉さんが『治癒』のスキルを使ってくれて少しだけ良くなったんです。

そのおかげで死ぬことはありませんでしたが、声が出なくなってしまいました。

お姉さんの治癒は擦り傷や小さな切り傷を癒やすことはできても、焼けただれて壊れかけた喉を完璧に治せるほど練度の高いものではなかったそうです。

お姉さんからは謝られました。

助けてくれた人が悲しそうに辛そうに頭を下げる姿を見て僕も胸が苦しくなりました。

"大丈夫"そう伝えるだけの術が僕にはありませんでした。

文字は読めるけど書けません。

声は出せなくなってしまいました。

親しい村の人はどこにもいなくて、僕が心眼で周囲を見渡せることを誰も知りません。

結果目も見えず声も出せない役立たずにされてしまいました。


耳は聞こえてるし心眼で見えるから集団生活――と言っても狭い部屋に押し込められてるだけ――では迷惑をかけなかったと思います。


それでも僕が声を出せないせいでお姉さんが罰を与えられているのをのが辛かった。


スキル『心眼』は見通す力。

障害物はあってないようなもので、壁の向こうもそのまた向こうも見ることができます。

スキルは使えば使うだけ練度が上がって能力も上がるから、僕みたいに生まれたときからずっと使い続けてると、九つの子どもでも結構な熟練者と言えるそうです。昔お父さんがそう言ってました。


僕たちが連れてこられたこのお屋敷程度ならまるっと見通すくらい訳ありません。

そして心眼の能力で多分最も役に立つもの、それが相手の心を見る力。

と言っても考えてることがわかるわけじゃないし、テレパシーみたいなことができるわけでもない。


ただ、この人はどういう感情を持っているのかとか、今どういう気持ちなのかとか、そういったことが見える。


だから僕に対して悪意を持っている人や優しくしてくれる人はすぐに見分けられます。


優しい人は明るい色で、悪い人は暗い色。


お姉さんも明るい色をしていたけど、ちょっとずつ暗い色になっていきました。

もともとの色は変わらず優しい色のまま暗くなっていきました。

あれは多分いろいろ諦めてしまった人の色なんだと思います。

あの男達にされていたことを考えれば、むしろお姉さんは優しい色を変えずにいられたことが奇跡のようだと思います。


感情の色はすぐに変わる。

怒ってたら怒った色に、でもすぐに優しい色に悲しい色にコロコロと変わって当然なんだ。

だって感情だもの、ずっと同じ感情でいられる人のほうが少ないです。

当たり前ですよね。


だからお姉さんは凄いんです、このお屋敷に来てからもずっと優しい色だもん。

でもねお姉さん、大丈夫なんだよ。


このお屋敷をまるっと見てみたんです。

だからね、大丈夫だってわかるんです。

だってこのお屋敷。

このお屋敷は――


――


特に明るいのがいまお姉さんの対面に立っている人。

大きな体の人。


領主様が



だからお姉さん、そんなに怖がらなくても大丈夫だよ!?

僕たちのために無理をしなくて大丈夫なんだ!



うぅ……伝える術が欲しい!!

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辺境領の醜悪領主 スイカ男 @suikaman

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