2話 佐々木 竜司の場合
彼女と星空を堪能して、そーっと学校を抜け出すと一安心。いくら天文部だとしても明らかな時間オーバーだったらしい。
「私、安岡 みちる!!って同じクラスなんだけどね〜」
帰り道に彼女はそう名乗った。どれだけ自分は周囲が見えていなかったのだろうか。まさか同じクラスとは。
「また一緒に星見ようね〜!!」
そう元気に言い残すと颯爽と帰っていった。
家に帰って途中で買ったコンビニ弁当を食べながら星空を思い出す。
(まるで別の世界にいるみたいだった、なんていうのは大袈裟か)
そして、食べ進めながら、ふと気づく。
「味が・・・する」
しばらく味なんか感じなかった。何を食べても何を飲んでも味がせず砂を噛むような感触に途中で箸が止まることが多かった。
(なんで・・・?)
思い当たることはあった。あの星空を見たからなのか。
だとしたら、彼女にお礼でもするべきなのだろうか。きっと彼女に誘われなければ今でも砂を噛むような感触を味わっていたのだろうから。
いや、と思い直す。きっと彼女も何かの気まぐれで誘ったに違いない相手に変なことでお礼をされてもきっと困らせるだけだろうと、心の内だけの感謝に収めておくことにした。それに、俺は誰かと関わっていい人間じゃない。
※※※
それからというもの安岡 みちるは事あるごとに俺に話しかけるようになった。
それは朝の校門で、授業の合間に、昼休みに、帰りまで。
安岡 みちるという人間をクラスで認識してからというもの、彼女のクラスでの立ち位置というものがよくわかった。所謂、グループやポジションといわれるものだ。
彼女は明るく、人当たりも良い。きちんと手入れされたショートカットの髪とぱっちりとした二重に周りと比べて少しだけ低い身長。
とびっきりの美少女というわけではないが、その活発さと人の良さはクラス内でも目立つ存在だった。
そんな彼女が俺に積極的に話しかける姿はクラスメイトも「?」を浮かべているのだ。
数日放っておけばと思っていたが、あれから1ヶ月以上も彼女は俺に話しかけ続けた。
そして、放課後。俺と安岡 みちるは教室に二人きりとなっていた。
「・・・あの、いい加減にしてほしいんだけど」
「うぇ!?私なにかした!?」
心底驚いています。と言わんばかりにオーバーなリアクションをしている。
「なにか・・・そうだな。俺に喋りかけている事だよ」
ありのままを伝える。彼女は俺と話しても何も利益はないだろう。少なくとも俺と話す事で株を下げなくてもいい。何せ、俺はクラス内で唯一浮いている存在なのだから。
続けて理由をつらつらと並べると、オーバーなリアクションをとっていた彼女の顔がだんだん真剣味を帯びていた。
「・・・なにそれ」
「だから、無理に俺に話しかける必要は––––––」
「利益って何?株?佐々木くんは私が見返りが欲しくて佐々木くんに話しかけていたと思ってるの?」
静かな口調だが彼女は怒っていた。震える肩が潤んだ瞳がそう告げていた。
「い、いや、そういうわけじゃ・・・。でも、君の為にもそっちのほうが・・・」
宥めるように言うと、彼女は眉を吊り上げる。
男は女の涙に弱い。などとはドラマや本の中でしか見たことなかったが、なるほど。これは対応に困る。
「君の為・・・?私はそんなこと頼んでない!!私はただ・・・ただ・・・」
「・・・っ」
震える声を押し殺し、俯いた彼女の目から涙が溢れて床に落ちる。
こういうときなんて言えばいいかわからない。彼女に手を伸ばそうとして引っ込める。慰めるにも謝るにも俺はその理由がわからなかった。
「最低っ!バカっ!おたんこなすっ!むっつりスケベっ!」
彼女はそう言い残すと教室から出て行ってしまった。
追いかけることも出来ないまま呆然とその姿を見送ることしか出来ず、かっこ悪い男が一人だけ教室に残った。
「えーっと・・・痴情のもつれ的な?」
声のする方向に目を向けると、まさかの平山先生が頬をかきながら苦笑いを浮かべていた。
「・・・痴情のもつれとかじゃないですよ。俺には縁遠い話です」
なんとも言えない空気に支配される。特にどっちが口を開くということもないまま数分経つ。
「それじゃあ、俺帰ります」
カバンを持って立ち上がると平山先生は出入り口を塞ぐ。右、左、反対側の出入り口。全て無言のまま謎の笑みを浮かべながら塞ぎ続ける。
「・・・なんのつもりですか?」
「・・・」
「どいてもらえますか?」
「し、進路相談」
「はい?」
「臨時で進路相談を受け付けるっ!!」
(いや、そんないい顔で言われても・・・)
疑惑の眼差しを向けると笑った顔が引き攣っている。安岡 みつるといい、平山先生といい、わけがわからない。イライラさせられる。
普通の女の子に恋をした 29294 @29294
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