普通の女の子に恋をした

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1話 佐々木 竜司の場合

 授業が終わり、教室は生徒同士の笑い声が響く。一人、また一人と数は減っていき、教室には少年が一人だけ残っていた。


 名前は佐々木 竜司。


 一般的な黒髪黒目。少し高めの身長と痩せ型の体型。シャープな輪郭と切れ長の目の彼は所謂イケメンの部類に分類される。


 きっとこれでコミュ力があれば、今、窓際の一番後ろの席でただ座っているだけの彼の周りにも人が集まっていたかもしれない。


 誰もいなくなった教室、時刻は17時30分。夕暮れが夕闇へと変わっていくのをジッと外を眺めていた。


 外からはまだ運動部の掛け声が聞こえてくる。


(こんな時間までご苦労なことだな)


 カチカチとなる時計を聞きながらただ呆然としていると、教室のドアが開く。


「おーい、佐々木。もう下校時間過ぎてるだろ?」


「平山先生。わかりました。今、帰ります」


 平山 和夫。1ーCの担任にして数学教師である。白髪混じりの黒髪とこけた頬が特徴で今年42歳。彼女無し。


 去年の学校祭では先生達の出し物で戦隊モノに出演し、『白髪染めブラック』なるものを気迫の演技でやり通したことで生徒には人気があった。


「佐々木・・・」


「はい?」


 先生の呼びかけに振り返る。


「・・・いや、なんでもない。気をつけてな」


 何かを言いたげにしながらも出てきたのは俺の身を案じる言葉だけだった。


「はい」


 それに短く答えると誰もいない校舎をゆっくり歩いていく。

 階段を一段、また一段と数えながら階を下る。


 いつもは誰かとすれ違うこともなく、ましてや会話などもっとないことだ。でもその日は違った。


 タッタッタッタッと階段を駆け足で降りてくる足音。珍しいことではあったが佐々木が振り返ることはない。それは数えることも必要がないくらい校内でさえ会話がないのだから当然だった。


「佐々木くんっ!!」


「・・・」


 その呼びかけに応えることはない。別の佐々木だろうと高を括っているのだ。


「佐々木くんっ!?さ、佐々木竜司くんっ!!」


 フルネームを呼ばれたことでようやく自分のことを呼ばれたのだと認識し、ゆっくり振り返るとそこには一人の女子が息を切らし、汗をかきながら胸を上下にさせていた。


「え・・・っと、誰?」


 そう尋ねると彼女は顔を赤くしながら視線をさまよわせている。


「・・・用がないなら帰るから」


 そう言ってまた足を進めようとするが、また呼び止められる。


「佐々木くん、待って!あの、あの!私と一緒に星を見ませんか!?」


「・・・星?」


 振り絞った精一杯の声が校舎に響く。佐々木は呆気にとられながらも彼女を見ると、カーディガンの裾を握りしめて、その手は震えていた。


「ダメ、かな?」


「いや、ダメじゃないけど」


 別に何か運命を感じたり、自分に主人公的なソレを期待したわけではなく単純に気まぐれだった。


 そんな気まぐれに彼女は喜んで俺の手を引いて階段を駆け上がっていく。


「お、おい!?なにを・・・っ!?」


 半ば引き摺られるように案内されるとそこは屋上の出入り口だった。


「屋上は立ち入り禁止だろ?」


「ふっふっふ、そうでもないんだなこれが!!」


 わざとらしく笑った後に彼女は解錠するとドアを開ける。

 ぶわっと冷たい風が肌に触れて顔を顰める。まだ4月下旬。陽が落ちればまだまだ寒い。


 誰もいない屋上に目を向けると一台の望遠鏡が設置されていた。


「凄いでしょ!?これぞ天文部の特権!!どうよ!!」


 そう言って彼女は天に向かって手を広げる。


「どうよってほとんど何も見えないんだけど」


「あれ!?」


 空を見上げると暗くはなってるがポツポツと星があるだけだった。

「ちょっと待ってて!?」というと彼女は望遠鏡をいじりだす。


 彼女を眺めながら、どういうつもりなのか思案しても答えはでなかった。望遠鏡と格闘する彼女を横目に壁に背を預ける。


(何もかも、つまらない)


 そう心で呟く。日常が?学校が?勉強が?それとも自分自身。

 1年前全てを失った。それまでは当然にあったものが消えてなくなった。それからは胸にぽっかり穴が空いたようだった。


 ––––––いっそ、自分も消えてしまえたら。


 そう考えなかったとしたら嘘になる。目標も目的も動機もなくただただ、心臓は動いていた。


 頭がぼーっとする。少しだけ眠い。目を閉じて、眠気に体を委ねようとしたときグイグイと袖を引っ張られる。


「ふぁあああああ!?佐々木くんっ佐々木くんっ!?見て見て、今日は凄いよ!?」


「・・・ったくなにが––––––」


 空を見上げると満点の星空に思わず声を失った。


 闇に散りばめられた星々の輝き。儚げに光る星や強く輝く星に魅入ってしまう。


(こんなに星が綺麗なものだなんて知らなかった)


「どう?凄いでしょ?」


「ああ・・・」


 この街にずっと住んでいるのに知らなかった。見ようともしていなかった。


「凄い。本当に凄い」


 それは感動だった。


 こんな思いはいつぶりだろうか。あの日から、映画を見ても、テレビを見ても、本を読んでも何も感じなかった心が震えていた。


「でしょでしょ・・・ってぇえええ!?なんで泣いてるの!?」


「え・・・あぁ、本当だ」


 頬を撫でると水滴。それを涙だと理解して、少しだけ嬉しくなる。彼女は俺の涙の理由を聞かなかった。


 不思議だ。


 初めて話す女子と、初めての屋上で、初めて見る夜空を見上げながら、無言なのにそこにいることを許されているような、励まされているような不思議な感覚。


 それからも俺たちは言葉を交わすこともなくただただ、夜空に浮かぶ星を眺めていた。





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