命の終わりが見える１０億円生活

使い切ったら死ねばいい

「人の生涯にかかるお金はどれくらいかご存知でしょうか？

　だいたい２億もあれば生活できるんです」

「宝くじ当たれば生涯安泰なわけだ」

「で、ここに１０億あります」

「１０億！？」

「これを差し上げます」

「！！！！？？？」

テーブルには山積みにされた札束……ではなく、小さなカード。

表面には「Live is Money」と書かれている。

「これアルファベットミスってますよ。FじゃなくてVになってます」

「そんなことより大事な話です」

「そんなこと……」

「このお金はあなたの生涯金額。

　これであなたは充実した人生が送れるはずです。

　ですがお金を使い切ったときがあなたの人生の終わりです」

「お金のない人生は……ある意味で人生の終わりでしょうね」

「いえ、物理的にあなたは死にます」

「え」

「それがこの１０億を受け取る条件です。どうしますか？」

断る理由なんてなかった。

自分の命の終わりが金額で常に意識されるのは抵抗があったが、

一生分以上のお金が手に入るのならノープロブレム。

１０億を手に入れたその日に友達を呼んで盛大にパーティをした。

「みんな、今日は俺のおごりだ！　楽しんでくれーー！！」

人の一生が２億だというなら残り８億を好きに使える。

これだけの金額があれば毎日パーティしまくれる。

これまで遠慮していたことも金の心配から開放されて自由になる。

「生涯金ってサイコー！！」

俺はもはや金額を気にすることなく欲しいものを買い、

好きな場所に行って、好きなことをしまくった。

大富豪生活をエンジョイしていると田舎の両親から連絡がきた。

『あんた元気にしてるかい？　ところで仕送りなんだけど……』

「仕送り？　はっはっは。そんなものもう必要ないよ。

　むしろ俺から仕送りしてやるさ。いくら欲しい？　なにがほしい？」

『あんたの元気な顔が見れればそれでいいよ』

「それじゃ俺の顔の３Ｄプリンタ像送っておく」

『そういう意味じゃない』

最先端の３Ｄプリンタも値段を見ずに即購入。

俺の金の匂いを嗅ぎつけた人間がすり寄ってくるが

あえてわけへだてなく金を渡してそいつらを心の中で見下した。

そんな毎日を過ごしているうちに。

「……残り２億！？」

残金はあっという間に２億まで減ってしまっていた。

「おいおい嘘だろ……８億もあったんじゃないかよ。

　なにが行けなかったんだ。宇宙シャトル買ったやつかな……。

　いや、それよりももう無駄遣いできないぞ……」

これからは大富豪生活から足を洗って普通に生きるしかない。

ちょうど大富豪生活にも飽きが出ていたしちょうどいい……。

「うははは！　ここも俺のおごりだーー！！」

そんなうまくいくはずがなかった。

８億生活から一転して２億生活に生活水準を落とすことなどできない。

すでに体は８億生活の生活習慣が染み付いてしまっている。

自分ではセーブしているはずでも残金はみるみる減っていく。

１億を切ったときに真面目に考えることにした。

「の、残り１億だからあと○年生きるとして……一日これくらい使えばいいのか」

遠足に向けて３００円のお菓子のやりくりでもするように

残りのお金でどう生活していくかちゃんと計算をした。

けれど、それも無駄だった。

最初こそ守っていた１日に使える限度額も無視され好き放題の生活。

すでに８億の生活で自分から「我慢」と「節制」が奪われていた。

「ちくしょう！　どのみち残金でしみったれた人生を送るくらいなら

　いっそ自分で金を使い切って死んだほうがずっと幸せだ！！」

完全に吹っ切れて人生の終わりに向けて自分から飛び込むことにした。

ますます荒くなる金遣いとどこか破滅的な雰囲気に、

あれだけ金にたかっていた人間もだんだんと距離を置くようになった。

そして――。

「あと……千円……これを使ったら俺は死ぬ……」

眼前に「死」を突きつけられた。

迫った人生の終わりではじめて「死にたくない」と思った。

前までは太く短く行きたいと思っていたはずなのに。覚悟はできていたはずなのに。

「うぅ……やっぱり死にたくない……」

最後のお金はけして使うことなく、道端で暮らすようになった。

食事は雑草を食べ、飲み物は公園の水道。

寒さに震えながらかつての生活を思い出しては涙した。

計画的に使えばよかったのだろうか。

どうして途中で止めることができなかったのか。

情けないような、でも誰も助けてくれない寂しさのような。

説明できない感情がいつも寝る前に頭の中でうずまいた。

数日後。こんな生活にも限界がきた。

「ダメだ……もう……これ以上は我慢できない……」

道端の草だけで栄養がまかなえるはずもなく、

体は毎日の路上生活で具合を悪くしてしまった。

「これを……使うしかない……死ぬ前に使わないと死んでしまう……」

なけなしの最後のお金を持ってふらふらと立ち上がる。

後ろから足早に近づいてくる音が聞こえた。

「なんだ……？」

振り返ったときには手元のカードが奪われていた。

「よっしゃ！　クレカ手に入れたぜ！！」

「ま、待て！　それは俺の人生金っ……げほげほっ！！！」

弱りきった体ではひったくりを追うことなどできなかった。

みるみる小さくなる背中に絶望感を感じた。

「ああそんな……こんな形で死ぬなんて……」

せめて終わりは自分のタイミングで決めたかった。

いやまだ間に合うかもしれない。あのカードの使用を止めてもらえれば。

俺は１０億円を受け取った場所へと必死に戻った。

「カードを盗まれてしまったんだ。今すぐ使用を止めてほしい！」

「……残念ですが、それはできませんね」

「なんでだ！　これは金とは関係ないだろう！？」

「そもそも、もうあなたのカードにお金はないんですよ」

「えっ……」

すでに残金は消費されてしまった。

思わず自分の心臓のあたりをぎゅっと握りしめる。

そして――

「あ、あれ……？　死なない……？

　俺の人生金はもう使われたんですよね……？」

「ええもちろん。あっという間に使われましたよ。

　ですが、あなたに出資したいという人がいましてね」

「出資！？」

「そもそも、あなたに１０億円をただで渡すことになんの意味があるんですか。

　実はあなたにはお金を渡してどう過ごしていくのかずっとモニターされてたんですよ」

「なっ……」

「あなたの情報を見て救いたいと思った人が出資してくれたんですね。

　出資金はのべ２０００万円です」

「あ、ああ……ありがてぇ……ありがてぇ……」

かつて億単位を使っていた俺にとってはわずかな金額でも。

千円を必死に守っていた自分には十分すぎる大金だった。

「普通は出資されるパターンなんて少なくて

　たいていは見限られて終わります。あなたはラッキーですね。

　出資者には感謝してくださいね」

「その人の情報を教えてください！」

「そのつもりです。あとで住所送っておきますね」

２０００万円を出資で手に入れた俺はもう無駄遣いはしなかった。

ごく普通に人間的な生活を送って、穏やかに死ぬことができる。

その大切さを心から身にしみた。

まもなく出資者２名の住所が送られてきた。

「これって……」

出資者の住所を見て驚いた。

俺は家に帰ると部屋には手紙が残されていた。

その後、俺の両親２名の葬式を行った。

２０００万円はそこですべて使った。