由美ちゃん元気になれ
賢者テラ
短編
(健太)
由美ちゃんが、病気なんだ。
僕はまだ小学生だからよく分からないんだけどね、何かすっごくたいへんな病気なんだって。
もう一ヶ月も、由美ちゃんを見ていないんだ。
4年1組のみんなも、佐藤和代せんせいも、みんなかわりばんこで病院にお見舞いに行ったよ。
初めの頃は、ベッドで寝たままの由美ちゃんに会えたんだけどね……
最近ではもう会えなくなった。
何でも、『めんかいしゃぜつ』ということらしい。
むずかしい言葉だから、漢字じゃ書けないや。
僕と由美ちゃんはね、ご近所さんなんだ。
幼稚園の頃から、仲良しだ。
だからね、とっても心配なんだ。
学校のお勉強だって、遅れちゃうでしょ。
来年またクラス替えがあるから、せっかく一緒になった4年1組のみんなや佐藤せんせいと楽しく過ごせる時間だって、減っちゃうでしょ?
この頃じゃ、男子は女子と、女子は男子とあまり仲良くしないんだ。
これって、自然なことなのかなぁ?
大っぴらに親しくすると、即、からかいの対象になっちゃう。
いいもん。
僕は、由美ちゃんのことが好きだ。
だから、何を言われても平気。
山田くんが、こっそりお父さんの部屋から黙って持ってきたらしいヘンな本を見せてきて、『須田(由美ちゃんの名字だよ)とこんなことしたいかぁ?』なんて聞いてからかってくる。
よく分かんないけど、何だか裸の男の人と女の人が抱き合っている。
大人の人は、お互いが本当に好きだったらそんなことするんだってさ。
どーだっていいじゃん。
僕はまだガキだからよく分かんないや。
今からそんなこと考えてもしょうがないだろ?
そん時はそん時。
あっ、一番の問題は由美ちゃんのほうでも僕を好きになってくれなければ成り立たない話だよね?
そこんとこ、一番重要。
そりゃあ、由美ちゃんのほっぺにチュウとか、考えただけで心臓がバクバクする。
山田くんの本の中じゃ、大人は目が飛び出そうなヘンなことしてたけど——
今の僕は、あんなのは遠慮したい。
僕は、『由美ちゃんノート』を作成にかかった。
由美ちゃんが休んだ日からの授業の板書全部を、ノートに書くのさ。
えっ? 自分の分のノートをコピーしてあげれば済む話なのに、って?
ま、そりゃそうだ。
でも、そこんとこ男の子心を分かっちゃいないねぇ。
何ていうかさ……書いてあげたいんだよ。
コピーなんて、味気ないじゃん。
僕は、なぜか自分のノートよりもきれいな字で書いた。
そして、所々に由美ちゃんへのメッセージなんかも入れてさ。
どんな風に読んでくれるかなぁ? って想像して、一人で赤くなったり。
夕ご飯が済んだら、真っ先に由美ちゃんノートを書くことが日課になった。
そして、ノートはもう二冊を越え、三冊目に入った。
わぉ、由美ちゃん。これさ、元気になって追いつくのタイヘンだよ。
そん時はさ、僕と一緒に勉強しようね。
頑張ろうね。
図書館で読んだ本に、面白い昔話がのっていた。
それは、恐ろしい大昔の中東の話なのだそうだ。
ヨシュアという、ある民族のエラい指導者が軍勢を率いて、神様のお告げどおり敵の本拠地であるエリコ城の周りをグルグル7周回ったんだって。そしたらね、城壁がガラガラと崩れる奇跡が起こってね、ヨシュアの軍勢は一気に敵の中枢まで斬り込んで、勝つことができたんだってさ。
へぇ~すごいな、って思った。
なぜ、そんなことをしようと思ったのか。自分でもよく分からない。
由美ちゃんの入院している病院の周りを、一日7周してみた。
んで、最後に『エイエイオー!』って、勝ちどきをあげてみた。
看護師さんや入院してる患者さんにはヘンな顔されるけど、いいんだ。お医者さんじゃないから、直接由美ちゃんに何もしてあげられない僕ができるのは、こんなことくらいしかない。
まぁ、お祈りの代わり、みたいなものかな。
あ、でも僕がお医者さんみたいに直接何かできたとしても、由美ちゃんから『エッチ!』なんて言ってひっぱたかれておしまいかもね。
……あ、いらないこと考えちゃった。
由美ちゃんがね、退院したよ。
頑張ったね。
3ヶ月半。本当に頑張ったね。
急に無理はできないんだけど、様子を見ながらで学校にも来れるんだって。
うれしいな。
僕は、会えた時真っ先に『由美ちゃんノート』を渡したよ。
由美ちゃんの目に、ジワッと涙が浮かんだ。
でも、パラパラとノートの中身を読み出すと——
「ギャハハハハ」
笑い出した。楽しそうというより……笑いすぎて苦しそうだ。
「ヒイイイーッ ヒイイッ」
由美ちゃん、そりゃ笑いすぎだ。
お母さんが、必死で由美ちゃんの背中をさすっていた。
そんなに、面白いかなぁ?
真面目に書いたんだけどなぁ……
(由美)
健太くん。
ありがとね。
私、分かってたよ。
高熱でうなされた夜も、手術の時も。
健太くんの姿が目に浮かんだよ。
夢にも出てきたよ。
私恥ずかしいよ。そんなに心配してくれてさ、みんなにからかわれちゃう。
でも、やっぱりうれしいな。
あんたがさ、グルグル病院の周り回ってたのも見てたよ。
何やってんの。面白すぎ。
病院じゃ、アンタ有名人だったよ。気付いてないかもしれないけど。
「今日もあの子、病院周りに来るかねぇ?」
患者のオジサン連中なんかはね、ヒマだからそれを賭け事のネタにしてたみたいよ。
ま、結局健太くんの天然ぶりは周りを笑わせて明るくするから、オッケイなんだけどねっ。
ノートも……何あれ。
ヘタにマンガ買って読むより面白いわ。
かなり分量があるから、当分は笑わせていただきます。
え、勉強に使わないの、って?
そ、それはちょっと遠慮させていただきますって。
ごめんね、健太くん。
……健太くんが、死んじゃった。
交通事故に、巻き込まれた。
私には、ここ数日は何が何だかわけが分からなかった。
死んだって、どういうこと?
もう、二度と会えないの?
そんなの、いやだよう。
信じたく、ないよう。
あんなに面白い健太くんが、私にたくさんの思いやりをくれた健太くんがもういないなんて、受け入れられない。
きっと今健太くんが私のそばにいたら、『そうだよ。たくさん重い槍、をあげたろ? アハハハ』なーんてクサいオヤジギャグを言うに決まってるんだからね。
佐藤せんせいとクラスのみんなで、お葬式に行った。
健太くんは、前方不注意でスピードをまったく落とさずに突っ込んできた車に、横断歩道ではね飛ばされた。
死体の状態がひどすぎて見せられないということで、健太くんとお別れする前にもう一度会いたい、という私の願いは届かなかった。
健太くんにすがりついて、もう一度思いっきり泣きたかった。
でも、できない。
だから私は、一人で泣くね。
私は、祭壇の隅で大声で泣き続けた。
大人たちは誰も注意しに来たり、その場から私を引き離したりせずそっとしておいてくれた。
ものすごくそれがうれしかった。
あ、矛盾してるね。そりゃ、悲しいのがメインなんだよ。
事故を起こした、つまり健太くんをひいた車を運転していたおじさんが、健太君のご両親に土下座をして、泣いて謝っていた。
私とは、また涙のわけが違うのだろうと思うけれど、不思議とそのおじさんを恨む気にはなれなかった。っていうより、何だかかわいそうで見てられなかった。
4年1組の授業の中で、私は佐藤せんせいにお願いされて、『由美ちゃんノート』 をみんなに読んであげた。
かつお風味のふんどし
西から昇ったお日様が東に沈むってアニメで教わったのに、それをテストで書いたら0点だった
世の中は理不尽だ
クラスのみんなは大笑いだった。
本来は私のための授業のノートという名目なのだが、そのほとんどは冗談で埋め尽くされていた。
ったく、何やってんだかね。
でも、初めは笑っていたみんなも、だんだんしんみりとしだした。
余計に、健太くんがもういないことが実感されたんだと思う。
読みながら、私も泣けてきた。
佐藤先生も、うつむいて鼻の先からポタポタ涙を落としている。
ここで一句
『きつねより 安くてうまい たぬきそば』
季語がないとか、突っ込むな
店によるぞとかいじめるな
小原(小学校の図工の先生)の頭がハゲならば
きっとまぶしいハゲになる
ハゲよハゲよハゲたちよ
ハゲよハゲよ ハゲの詩(うた)
とうとう、全員が泣いちゃった。
ハゲハゲ言われた小原先生も、きっとゆるしてくれると思う——
健太くん。
あなたは、きっと今は天国よね。
死んで、きれいさっぱり消えちゃったんじゃないよね、って思いたい。
きっと天国とかそういうところがあって、健太くんがいるんだって信じたい。
私が死んだらまた会えるんだねって、信じたい。
だから、また会おうね。
そして、仲良く遊ぼうね。
そして、大人になったら結婚しようね。
赤ちゃん産んで、いいパパとママになろうね。
だって、私は健太くんのこと大好きなんだもの。
(二人の話を紹介してくれた人物より)
由美は、この2年後に亡くなった。
4年生の時の手術では完全に治っておらず、また病状が悪化した形である。
かつて入院した同じ病院で息を引き取った。享年12歳。
中学生になる直前、サイズを合わせた制服に再び袖を通すこともなく、この世を去った。
彼女は、健太の書いた『由美ちゃんノート』を胸に抱きながら眠るように逝った。
その死に顔は、とても安らかであったという。
今頃、二人はどうしているだろうか。
仲睦まじく、寄り添いあって暮らしているのだろうか……
由美ちゃん元気になれ 賢者テラ @eyeofgod
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