第8話

「べにお疲れ~」

「お前もな、燐夜…って」

「べに…」

「龍牙…ッ!?」

 新曲披露は無事に成功して、何曲かアンコールで曲を演奏して。やり切った表情でステージ裏に降りれば、そこにいたのは立ち尽くす青メッシュと、「久しぶりね」と親しげに腕を絡める小柄な茶髪の姿。

「八島さん…」

「もう、『彩って呼んで』っていつも言ってるじゃない。…凄かったわね。ギターも歌も進化してて、燐夜も一年生も春よりずっと上手くなってて」

「…」

「…ごめんね、べに。自分を捨てた男の顔なんて見たくないのに…。でも、龍牙は私が連れて来たの。…ねえ、最後の曲…あれって龍牙への歌でしょ?」

「…ッ!?」

「でもごめんね。残念だけど、龍牙は私を選んでくれたの」

 綺麗に揃えられたボブショートと、不似合いなくらい歪んだ唇。ゾッとするような、でも蠱惑するようなその笑みに、あたしは思わず視線を逸らした。

「…説明しろや龍牙。何で八島さんを選んだ」

「…理由なんて無ぇよ。俺は彩が好きだった。二年前…軽音部に入部して、初めて音を合わせた時からな」

「あんたと付き合ったのも、特に意味なんて無いんだって。…残念ね、元若頭さん。龍牙はあんたになんて興味無かったの。龍牙は私のものだから…」



「もう、手ェ出さないでね」




 …ああ。何でこの女は、どんな表情も綺麗に見えるんだろう。




「…行くぞ、彩。もう時間だ」

「じゃあね、べに。次のライブも楽しみにしてるわ」


 腕を組んだ美しい男女が横を歩き抜けて、あたしは乾いた笑みを零した。遠くから、血相を変えた燐夜が「べに!」と駆け寄って来るのが見える。


「…ハハッ」

 …何かが、砕けた。

 龍牙が戻って来る期待なんてしてなかったけど…それでも、八島さんの言葉はあたしの何かを確かに壊した。



「ハハハハッ!ハハッ!ハハハ!ハハハハ!」



 …ああ、何であたしは此処にいるんだっけ。何があったんだっけ。

 狂ったように笑うあたしは誰だっけ。何だかもう…全部が馬鹿馬鹿しいや。




「ねえ…ねえ、べに…ッ!」

「ハハハッ!ハハハ!ハハハハハ…」



 幼馴染の声が、段々と遠くなっていく。

 …ねえ、何で視界が滲むの。





 落ちて行く感覚に身を委ねて、あたしは時の止まった赤い枷を舐めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Dear 槻坂凪桜 @CalmCherry

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ