第7話

「…なあ、べに。龍牙と別れたって本当か?」

「あァ?…んで教える必要があんだよ。お前には関係ねえだろうが…架音かいん


 夏の初め、黄昏時の教室で。唐突に掛けられた従兄の問いに、あたしは苛立たしげな返事を返した。

「単なる興味本位だよ。お前と龍牙の噂、三年の間で大分広まってんぞ」

「ハッ、随分と良いご身分だな。何も知らねえ外野は高みの見物かよ。…そうだ架音、また今年も学祭でライブすっから来いよ」

「クラスのシフト入ってなかったらな。今年も新曲披露か?」

「ああ。今年は文芸部の書き手の作品を楽曲化したんだ。知ってるか?『LiaR』っつう書き手の『If you…』って小説なんだけどよ」

「…ッ!?」

「…んだよ。いきなり目の色変えて」

「…いや。お前もあの作品知ってるんだなって」

「当たり前ぇだろ、寧ろあんだけ話題になって知らねぇ奴いんのかよ」

「…べに、お前『LiaR』に会った事あるか?」

「いや。うちのクラスに天宮そらみや茜音あかねっつう文芸部員がいるんだけどよ、アイツ経由で『LiaR』にコンタクトとろうとしたら『ごめん、『LiaR』は外部の人と接触したがらないんだ』ってよ」

「…そうか」

「…架音、お前何か隠してんな。お前と『If you…』…いや、お前と『LiaR』に何があった」

「…ッ!?」


「伊達に従妹やって来た訳じゃねえんだよ。お前が何か黙ってる事くらい分かる。…話せよ、出来る範囲で良いから」

 

 架音は一瞬の躊躇いの後、ポツリと「…中学ん時よ」と呟いた。

「一回、俺の双子の姉が…魅音が、部活中に倒れたんだ。原因はただの貧血だったんだけどよ、そん時…後輩の一人が、自分の事みたいに魅音を心配してくれたんだよ。…それがきっかけだな。俺と『LiaR』が知り合いになったのは」

「…!?」

「俺たちを追うように桜楼に入学したアイツは、俺とも魅音とも違う文芸部に入部した。…その直後だったかな、『LiaR』って名乗る書き手が華々しくデビューを飾ったのは。…情けない話、俺だって『LiaR』の正体を知ったのは今年の春だ。笑うよな。アイツの事は、誰よりも分かってたはずなのに」


 真夏のビードロのような透明な瞳が微かな愁いを帯びる。…架音のこんな表情、今まで見た事あったっけ。



「あの作品があったからこそ、俺もアイツも前を向く事が出来た。…楽しみにしてるぞ、べに。あの小説は俺にとっても、『LiaR』にとっても大切な一作なんだ」



 沈み行く日と色を失っていく空。ガラス越しの地球影を見つめたまま、架音は消え入りそうな、綺麗な微笑を浮かべた。






「べに」

 …なんて回想に耽っていると、間奏に入った所で燐夜が優しくあたしを呼んだ。

 降り注ぐ蒼色の照明。浮かび上がる掠れた星屑。

 幼馴染の紡ぐ心地の良い低音が間奏明けを告げて、あたしはマイクを強く握り直した。


「あとどのくらい君を想えたら

 君の隣を歩めたんだろう

 遠ざかる君と泣き叫ぶ僕

 寂れた虚は口を開けたまま


 ねえ ずっと君の事…」




 悲しげに紡がれるあたしの声に、幼馴染の音が優しく絡む。…ああ、そうだ。加入当初、こんな風に燐夜とセッションしたんだっけ。




 そして、最後にはキーボードが切なげな余韻を残し…曲が、終わった。

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