老人、子守りを始める
老人が気づくと、そこは物が散乱していた
「一晩経ってこの有様、神の使徒とは掃除苦手が多いのかの…」
一晩が経ち、ログハウスのリビングを老人と神の使徒が寝ている間に起きた物の散乱は、盗賊が荒らしたとかそういうことでは無く、ただ単にゴミを散らかしただけの惨状となっていたのだ
「んむむ…ふぁ〜…あ、クロマ。おはようございます」
「宵の、お主どういうことじゃこれは」
老人はゴミの散らかしを指さす
白い髪を怒髪天にした寝起きの神の使徒、宵月は不思議そうな顔をする
「私は何もしてませんよ?」
「阿呆抜かさんか、お主のように家が汚そうな奴以外誰が散らかすというのだ」
「…女神アテンでしょうか?」
「とうとう神にまで責任を押し付けおったな神の使徒よ!そこに直れい!」
「むむむ!朝から怒るなんて許しません!私は低血圧なんですよ!!意義を申し立てます!!」
「ほう、言い訳するか貴様!!言うだけ言ってみい!」
「私は改めて言いますが掃除を下々の下郎に任せています!」
「お主ほんとマジな顔でそれ言うから怖いんじゃよ…他の人間に嫌われておらぬか?友達いなさそうじゃし…」
「と、とにかく!それで私はなるべく下々の下郎たちの手を煩わせぬよう、必要な物しか置きません!」
「それ典型的にダメなやつじゃ」
「どこがです!?手の届く範囲にものがあれば暮らしは豊かになるでしょう!」
「掃除が苦手なヤツほどそういうこと言うんじゃよ…原因はわかったわい、何とかしてこのゴミを片付けんかい、宵の」
「何故です!?私は悪くありません!」
「これ以上言うてもキリがなさそうじゃの、仕方ない…」
「お、やっと片付ける気になりましたか?あ、それは遠くに置かないでくださいね」
「…そこに立てぃ!!」
「ひゃうっ!」
「言うてもダメなら実力行使じゃ!」
「ふ、ふん!弱いくせにイキがってても怖くありませんから!」
「さっきめちゃくちゃビビっておったでは無いか…まずは必要なもの!不要なものを分けることじゃ!良いな!!」
「……全て必要ですね」
「戯けぇぇぇええええ!!」
老人必殺チョップが神の使徒の頭蓋骨に炸裂する
「イッダァァイ!!なんで痛いんですか!!」
「知らん!!さっさと分けぬともう1発じゃ!!」
「まさか…!魔力の受け渡しによる共用感覚で…?!」
「戯言は後にせんかい!さっさと分けんか!」
「はいぃ!」
神の使徒が片付け始める
魔法を器用に使い、分別し、不要なものは燃やして処分していく
不要な物の中、それを老人は見て質問する
「宵!」
「は、はいなんでしょう!」
「お主、食物を不要とはどういう了見か!!」
「え、いえ、これ食べれませんし」
「儂がいつかの時に買った物じゃぞ!!」
「私が襲われたあの時ですか、確かに買い出しには行かせましたが…こんなものを買えとはメモに残してませんよ?」
「お主の残した買い出しメモには肉類しかなかったんじゃ!じゃから野菜類もと思ってじゃな──」
「はん!要らない配慮するとは下々の悪いところです!とにかくこれは不要!不要です!」
「なんじゃと貴様!農家の人間に謝らんか!」
「ふん!知ったこちゃありませんね!」
「そんなんじゃから!成長するところも成長せんのじゃ!」
告げられた内容を聞き、神の使徒は胸を押さえる
「な、なななな!どこ見てるんですか!セクハラですよ!」
「その平らな大地は一生大きくならんと言っとるんじゃ!」
「むっかー!クロマの変態!スケベ!貧乳だって価値はあるんですよ!それに野菜取らなくても死にませんから!神の使徒ですし!!」
「肩書きにすがっておっては!重要な場面で痛い目に遭うぞい!その前に克服せぬか!」
「いーやーでーす!!なんですかその重要な場面て!野菜食べないと人や魔物が死ぬんですか!?」
「そういうことを言っておるんではない!兎に角儂がお主に食べれるよう調理するから置いておけ!」
「う〜…跡形もなく刻んでくださいよ?」
「それはもはや料理ではないのじゃ…安心せい、克服できる程度には美味しく調理して見せようぞ」
「やったー!と喜んだ方がモチベーション上がりますか?」
「要らん、貴様の舌を巻かせてやろうぞ。朝飯作ってやるからその野菜を寄越さぬか」
「は?!今作るんですか!?心の準備が整ってません!明日にしましょう!!」
「阿呆抜かすでない!野菜のない朝食なんぞ聞いたことないわい!」
「パンとベーコンエッグがあれば頭は回りますー!」
「腹を満たせねば戦は勝てぬぞ!」
「なんの戦いで────」
ドゴン!と神の使徒の言葉を遮るように、ログハウスの外から音が響いた
「…」
「…」
2人は静かに外の様子を見る
ログハウスの窓から見た光景は、丸い赤の球体が1つあるだけで、ほかは見当たらなかった
「砲撃…かのう?」
「不発弾にしてはえらく赤いですね…魔物の街が使う砲台の弾にしてはかなりでかい方ですが」
「そうなのか?」
「魔物の街は時代としては我々の2歩前なので、資源は豊富ですが技術は1ミリも前に進んでいませんし」
「なるほどのう、あの赤い弾を撃つほどの砲台がないんじゃな」
「その通りです。考えられるのは2つ、1つは卵です」
「ふむ…して、もうひとつはなんじゃ?」
「卵のくだりはスルーですか…まぁクロマの出現も卵でしたからね、思い当たるところあるんでしょう。もうひとつは、この近辺に住む火竜の存在です」
「竜…ときたか」
「火竜の吐き出す火球は物質を持ち合わせています、吐き出す際の痰が固められて、外にあるあのような形になったと考えても不思議ではありません」
「汚物ではないか」
「痰ですからね」
「と言うより、なぜ儂の生まれ方を知っておるのじゃ」
「女神アテンの啓司です、もうほとんど内容忘れましたが大体そんなこと言ってた記憶があります」
「曖昧じゃのぅ、まぁ否定はせぬが…して、あの赤弾はどうするのじゃ?」
「一旦様子見ですね、火竜の吐く火球であれば1時間で冷めます。その時に調査すれば判明するでしょう」
「卵なればどうするのじゃ?」
「30分で動き始めます、ヒビが入れば確定ですね」
「30分の誤差はあるかのぅ、その間に飯でも作るとするかの」
「野菜は抜いてください」
「その案は却下じゃ」
「……ケチ悪魔下郎不能老人口調役立たず」
「悪口並べたところで決定したことは覆さんぞ」
こうして老人は30分間、神の使徒に野菜を食べさせる事をめぐって獅子奮闘したのであった
────────────────────
「動き出しましたね、あと野菜美味しくないです」
「だから野菜だけを食するのじゃなく、ベーコンエッグと食べろと言ったのじゃ…」
「卵で確定ですね。卵の種族は不明ですが、生まれたての赤子は最初に見た者を親と認識するのが大半なので────」
「儂が行こう」
「いやおかしいでしょう、何故あなたが親になる権利を初めから持っていたみたいに言ってるんですか」
「いや、儂の目的は赤子の子守りじゃし…」
「仮にあの卵から産まれてくる子じゃなかったらどうするんですか!」
「知らぬよそんなこと…」
「私が行きます、安全を確保したら呼びますので」
「いやいや、お主が親になってどうするんじゃ」
「あなたが育て親になればいいでしょう?なんら不思議ではありません」
「おかしい所ばかりなのじゃが…じゃったら同時に見に行けば良いではないか」
「な、それだと私とクロマが両親みたいで夫婦だと思われるでしょう!!嫌です!!」
「それが本音じゃったか…」
「ですからそこで大人しくしててください、役立たず不能おじいちゃん」
「ボロクソ言ってくれるのう、まぁ良いわい…お主の優しさじゃと思って待機しておくよ」
「や、優しさじゃないんだからね!」
「お主本当キャラがブレまくっとるのう」
神の使徒はログハウスから出て、赤い玉を確認する
冷めており、ヒビも少し入っていたので手伝おうかと思ったが…
「いえ、これは子のすることですね…私は応援に徹しましょう」
神の使徒はそれから1歩も動かずに、ヒビが完全に子が通れるレベルまで待機していた
「おや、そろそろですか…はーい私がお母さんですよー!全ての悪魔王族をぶっ殺しましょうねー!」
「…」
ヒビからは中にいる存在の目が、神の使徒を捉え
ログハウスから覗き込む老人クロマへと視線を移した瞬間──
炎の柱が上がり、赤い卵は炸裂した
中の存在はログハウスへ一気に直進し、ログハウスを破壊する
咄嗟に防御魔法を施した神の使徒は炸裂した卵の破片を防ぎ、呟く
「私の英才教育がここまで影響するとは…いけー!殺っちまえー!」
一方、老人クロマのほうはと言えば…
「な、なんじゃなんじゃ!?赤い光が直進しおったと思ったら抱きつかれてログハウスをぶち壊しおったわ!」
なんと丁寧な説明口調だろうか、大事に至らなかっただけあって頭は冷静に回っていた
しかし、老人は抱きつかれた存在を認識すると同時に言葉を失った
そこに居たのは赤いツノを生やした少女
眼は轟轟と紅く燃え盛り、老人の恐怖を占めるにはそう時間はかからなかった
「……っ!」
「…?」
倒れている老人は身動きが取れず、腹の上で立ち尽くす少女を今か今かと次の瞬間を待ち続ける
すると、少女動き出し──
──老人に抱きついた
「パパ!!」
「パ、パパパパパじゃとお!?」
その子供は老人が子守するための存在であったのだ
「ま、待て待て待て待たんか!儂は貴様の父親では──」
言って、思い出す
くそ忌々しい、こちらに来る前に出会った少女の言葉を
“あなたの使命は子守です。私の子なので丁重に扱わないと殺します“
老人の記憶は改竄されていたが、大体あっているので良しとする
記憶の変化に伴い、勘違いをした老人クロマは言葉を言い換える
「──…実はの、儂はお主の両親にあたる者達と仲が良くてのぅ、お主の両親が死んだらお前さんを任せるように言われたんじゃ」
「…?、パパはパパだよ?」
「お前さんの両親がそういう風に教えこんだのじゃ、今教える時じゃ…儂はお前さんのパパでは無か」
「そんなことないもん!私のパパはパパだけだもん!」
「いい加減にせぬか!儂は赤の他人じゃ」
「でも──」
「──じゃがの、お主の両親に任されたからには、責任を取るつもりじゃ。じゃからわしの事は何とでも呼んでも良い、儂は約束を果たそうぞ」
「??…わ、分からないよ」
「じきに教えていく、今理解せぬとも近い将来理解するじゃろう。今から儂はお主の父親じゃ」
「!」
老人は立ち上がり、神の使徒へと歩こうとする
「何をしちょる、着いてこぬか…あー…名前はあるのかの?」
「名前…?」
「なさそうじゃの…赤い角の女の子か…曼珠沙華から…沙華…サハナはどうじゃ?」
「なに…それ?」
「お花の名前じゃ、彼岸花という花の別名での。儂が気に入っとる花じゃ」
「お花は好き…だけど、なんかやだ…」
「えぇ…難しいもんじゃのう」
老人はしょぼくれながらも神の使徒と対面した
「なぜ生きてるんです?」
「開口一番それとはどういう了見か」
「……」
赤い角の女の子は老人にしがみつきながら、神の使徒から隠れるように後ろに着いた
「あ、あれ?おーい、鬼ちゃん、私がママですよー?」
「怖がっとるではないか」
「なんだか怖い…」
「そんなはずありません!クロマを消しかけるように促したら、一直線に殺しにかかったというのに!!」
「お主そんなこと考えて取ったのか!」
「あ、つい本音が…まぁ言葉のアヤです。気にしないでください」
「分かったのじゃ、しかし名がないと不便なんじゃが」
「名前付けてあげたじゃないですか、鬼ちゃんと」
「やだ」
「サハナもどうじゃ?」
「やだ」
「どう言った経緯でそんな名前になるんですか」
「彼岸花の別名が曼珠沙華と言っての」
「一般的に嫌われる花の名前とか好きな人いるんですか?」
「ここにおるぞい!」
「クロマは特殊なので」
「扱いひどいのう…」
「でも…お花はすき」
「向日葵とかですかね?あとは桜とか、椿とか」
「つばき…?」
「反応しましたよクロマ!私が名付け親ですね!」
「ではツバで良いじゃろ、これなら被りもせぬ」
「え…やだ」
「なんでアレンジしちゃうんですか?アホでしょうクロマ」
「い、いや!じゃがのぅ!」
「確かにツバキは人間の街では在り来りですが、上に氏名を入れたら被りませんし」
「ほう、となると…儂はクロマじゃから上の名前はないが…」
「私は宵月と神に与えられた名前しかありません」
「…」
「…」
「…?」
「八方塞がりではないか!」
「仕方ないでしょう!私は元々孤児でしたし!」
「つばき…ダメなの?」
「ダメじゃないわい!」
「ダメじゃないです!」
「え、ぇぇ…?」
「一旦落ち着きましょう、上の名前は人間の街に着いてからでよろしいですね?」
「じゃな、着くまでにつばきと呼ぼうぞ。良いなつばき」
「…!うん!!」
名前が決まったところで、神の使徒はログハウスを再建する
「立派なもんじゃの」
「私の魔法ですか?もっと褒めてもいいんですよ!豪華絢爛にさせてみせましょう!!」
「いや、お主の魔法ではない。建造物の方じゃ」
「なら変わりませんね!それ!」
遠回しに褒められたと勘違いして、神の使徒はログハウスから城へと創り替えた
「のう、宵の…あまり目立つと面倒ではなか?」
「そんなことありませんよ?こんな神々しい建物、人間の街にすらありませんし」
「儂からすれば仰々しく感じるがの」
「捉え方の問題ですよそんなの、さぁさつばきちゃん!中へお入りください!」
「い、いいの!?」
赤角少女は目を輝かせ、老人を見る
「あぁ、構わんぞい。じゃが物は壊すでないぞ〜」
「はーーい!!」
喜びを身体で表現し、城の門を破壊して赤角少女は入城する
「儂の言ったこと、理解出来ぬのかな?」
「まぁ生まれたてですし、物を壊すなというフリにも聞こえたんじゃないですか?」
「フリじゃなか!」
「私にはそう聞こえましたよ。ではお先に行きますね」
神の使徒はそう言い残し、門を直しながら入城した
「魔法とは便利じゃの…しかし、あのつばきが神の子であるならば…下手な教育をすると儂は死ぬのじゃろうか…?いや死ぬのじゃろうな」
老人は今後の教育方針に懸念しながらも、城へと入り一日を終えた
────────────────────
朝日が昇り始める頃には、老人は起床していた
歳をとったことが早寝早起きを促す傾向もあった為、身体が十分に休めた事に老人は驚いてはいた
「この世界に来る前はどうじゃったろうな…仕事にはよく遅刻もした…じゃが結果は残した。それで文句を言われることは無かったのじゃが…身体が十分に休息出来たのは驚きじゃな、疲労感が全くない」
夢を見ることはなく、深い眠りにあった老人としては自分の健康状態に疑問を持ち始めた
しかし、それもまた杞憂ではあった
「モンスターの身体、じゃからな…そういったこともあるんじゃろ。使えるものなれば使わぬとな」
魂が自身のもの、そう考えていた老人にとってモンスターとなった体は道具であり、使い潰すのが道具の使命であることを考えていた
考えを切りかえ、朝食作りのためにエプロンを装着していく
「これから、じゃな…つばきの教育方針は寝る前に整理はしおったし、問題がないといえばないが…神の使徒はいつまで居座る気じゃろうか?」
そう、未だ老人の元から離れない神の使徒・宵月は城を建てた後も老人の作る簡易的な飯を食らい尽くしている
老人が思うに、正直いって燃費が悪いと痛感している
以前の買い出しでの食材は全て消えていて、魔物の街に出掛けなければつばきが満足な食事を出来なくなってしまう
「まずいのう…金銭は宵月が持ってはおるが素直に貸してくれるかどうかじゃな…」
「そんな心配しなくてもいいですよ〜おはようございます」
老人が振り返るとそこには宵月がおり、寝ぼけ頭で返答をしてきたのだった
鬼神の子と最弱老人 黒煙草 @ONIMARU-kunituna
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