主文、被告をデュラハン二百年に処する。

円同

主文、被告をデュラハン二百年に処する。



 ―――ルフさん、ルフさん、お待ちなさい。人の頭咥えてどこへ往く。



 こちとら王国立懲罰屍鬼部隊ゾンビパウダーズ抜首騎士団科デュラハンナイツ所属の死霊アンデッド兵。

 大いなる罪を負って斬首刑となり、死してなお償うため首外れたまま戦う身。

 二百年の刑期もまだまだ八十六年残る、未だ許されぬ身。

 今もまた、盗賊に攫われた姫さまを救出すべく捜索してる真っ最中。


 こんな所でお前と空飛んでる場合じゃないのだよ。


 というかこの身は"不死の呪い"で傷などつかんし、消化も出来ぬ。

 そもそも巨大怪鳥ロックバードのお前からすれば食い出など無いではないか。

 餌になどならんから離しなさい。落としなさい。啄んで持ち去るのやめなさい。


 と言うかお前はどこへ往く気なんだ。どんどん魔境に向かいやがって。

 下で走って追っかけてる胴体の苦労も考えろ。ホラ見ろ、あんなに大変そうだ。



 ―――応とも、こちとら胴体。大変よ。



 人里離れて早三日。魔の領域の真っ直中。

 草は枯れ、大地は割れ、大岩が転がり、そこかしこから瘴気が噴き出でる。

 何も無くとも足場が悪いのに、随所に潜む木っ端の魔物もすり寄ってくる。

 走りにくいと言ったらありゃしない。


 そうでなくともこっちは所謂"首無し死体"


 頭がなけりゃ、目もない、鼻もない、耳もない、口もない。

 五感のうち四感全部が綺麗さっぱり抜け落ちてると来たもんだ。

 呪いの副作用で頭と胴体の位置感覚は判れども、後は手探り足探り。

 上からの視点がなければ走ることすら出来やしない。


 こんな調子で遙か上空を飛ぶ魔物に飛びつけるわけがない。


 いっそ投石かなんかで落としたいところだが、生憎こちらは呪われし死刑囚。

 任務と無関係な生き物を傷つけられない。しようと思っても体が動かない。

 そう言う呪い。だからひたすら追うしかない。その先どうするかの構想プランもない。


 つまりどうしようもねえじゃねえか。

 頼むから降りて来てください。



 ―――いや待て、胴体。こちら頭部だが光明が見えてきた。



 具体的には奴の目的地が見えてきた。

 平坦な荒野のど真ん中。皿の上の布丁プディングがごとく盛り上がる小さな岩山。

 その中央を走る亀裂が如き崖谷の間。挟むように詰め込まれた目的地。

 絡み合ってお椀の形を成した丸太の塊。三羽の雛が口開けて待つゆりかご。


 即ち巨大な鳥の巣が目的地。コイツ、俺のこと子供の餌にする気だわ。


 翼を広げりゃ天を覆うがルフなれど、雛はまだまだ象と同じぐらい。

 城のパオン君は西瓜が大好き。こちら頭部の大きさもそれと同じくらい。

 鳥は象より大口だからもっと大きい物も食えるけど、餌にするのも納得だ。

 そうでなくとも呪われしこの身は魔力に満ちている。それはもう満ち満ちと。

 きっと魔物を成長させる栄養で満ちあふれて見えたことだろう。

 まあ、消化出来ないんだけど。


 いやいや、そんな御託はどうでもいい。


 重要なのは目的地が"登れる場所"という一点よ。


 奴が飛んでて近づけないことこそ現状どうしようもない最大の理由。

 直線距離の移動速度に限るのならば、こっちの方が圧倒的に速いのだ。

 だから先回りして巣で待ち伏せて、餌にされる寸前に奪い取れ!



 ―――なるほど了解、頭部。任せとけ! 自慢の健脚見せてやるよ!



 追い縋る土蜘蛛タランチュラも、毒噴く野槌オルゴイホルホイも妨げにならぬ。

 馬など無くとも騎兵より早く、夜泣婆バンシーの悲鳴すら置き去りにして走り抜く。

 そうすりゃ、ほら見ろ頭部。もう崖谷の底。ルフの巣の真下に辿り着いた。


 あとはもう崖肌駆け上がって巣に乗り込み、雛の隣で待ち構えるだけよ。


 なあに簡単簡単。こんなの生前はよくやったもんだ。

 蛟竜ワイバーンに飛び乗ったり牛鬼ジャガーノートの頭に聖剣突き立てた時に比べりゃ容易いもん。

 世界樹ユグドラシル登った時に比べりゃ凸凹してるし両岸あるから足場多くて楽なもん。

 この程度なら三歩跳んだらすぐ着くさ。それ行けホップ二のステップジャンプ



 あっゴメン。

 足滑らせて落ちたわ。



 ―――おいコラ胴体。ふざけんな。



 お前何年死体やってるつもりだ。生前より身体鈍ってるの判ってるだろ!?

 肉は死後硬直でガチガチなところを呪いで保存されている。

 そのうえ全身を鎧で包んでるから樋嘴ガーゴイルみたいにカチコチだ。

 そんなんで雑に跳んだら三歩目で転ぶのも当然のことじゃないか!!

 こちとら背中に翼はねえんだよ!! あったら最初から飛んでるわ!!


 あっ……そんなこと言ってる間にこっちも巣に着いてしまった。


 ちょっと待って。ちょっと待って。

 今、胴体がまた登ってるところだから。あとちょっとで着くから。待って。

 俺、食べさせても意味無いから。石ころ食わせるのと変わらんから。待って。

 お子さんの健康にもきっと悪いから。だから待て待て待て待て待て待て……


 此畜生。飲み込まれてしまった。


 うわあ、気持ち悪い。気持ち悪い。すっごく気持ち悪い。

 ベタベタヌルヌルの壁が圧迫してきて気持ち悪い。

 おまけにこちとら死霊アンデッドだから。夜の魔物だから。暗闇でもよく見えてしまう。


 送り込まれた胃袋で"先客"と目が合うのは最早怪談ホラーだよ!


 俺みたいに頭だけのオッサンとか、鹿っぽい脚とか、正体不明の贓物とか……

 もし俺が死んでなかったら発狂物だよ! 死人でなけりゃ呑まれてないけど!!

 うわっよくよく見たら奥の方に小さい女の子まで居るし本当ひ……ど……


 え? あっ? うぇ?


 ―――おいコラどうした頭部落ち着け落ち着け落ち着け、おちっ


 ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!???




 ――――――姫さまじゃねえかっ!?




 ああああああああああああ!? そんな、馬鹿な!! 信じられない!!

 でもこの王家に伝わる半冠ティアラ、貴族でも買えぬ最高級の護符アミュレット

 そして何より、溶け残ってる黄金の髪と、俺があげた、やっすい錻力の玩具。


 間違いない。この子は、この御方は、姫さまで間違いがない。


 ああああああああああああ!? なんで!? なんで姫さまが!?

 まだ捕まってるはずなのに! 北の山の木屋で助けを待ってるはずなのに!!

 まさか襲われたのか!? この千切れたオッサンが盗賊なのか!?


 盗賊団諸共連れ去られ、雛の餌にされてしまったのか!?


 ああああああああああああ……なんてことだ……お労しい……

 いくら数えで五つでも、背丈も小柄な方だけど、丸呑みにすることないだろう。

 後から食わせた他の餌は消化にいいよう細かくちぎって食わせたくせに。


 無病息災を祈る護符アミュレットに守られて、一体どれほど"保って"しまったんだ。


 ああ、怖かったろうに。痛かったろうに。お労しい。

 あんなにも心優しい子がこんな目に遭うなんて。お労しい。

 五代前の姫様。彼女との縁を忘れぬ一族が被る所業ではない。お労しい。

 こんな罪人を、化け物を、王族が人として扱った報いだと言うのか。お労しい。

 そんなことあるわけないだろ。お労しい。


 畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、此畜生。

 なんて、なんて、酷いことをするんだこの畜生が。道理を弁えぬ畜生が。




 ―――もう断じて許しちゃおけん! やってしまえ、胴体!!


 ―――応とも! 任せろ頭部!!




 一とホップ二だけステップでズンバラリ。ジャンプは不要よズンバラリ。

 また谷底まで落ちていようと、殺す気なら雑に突っ込むだけで充分ズンバラリ。

 目標を、ましてや高貴な血に害為した時点で呪いは無効だズンバラリ。


 飛び上がった勢いがままに、雛など巣ごと細切れ、鏖殺よ。


 そして落ちながら姫様に飛びつき即回収。頭部が側に居る故、取り逃しはせん。

 直ぐさま次元収納アイテムボックスに収めねば。遺体が備品アイテム扱いなのは己が身で実証済みよ。

 ……よし、これでもう大丈夫。どれほど暴れても、俺がどうなっても安心だ。


 あとはもう、残る障害を排するだけだ。怒れる親鳥を仕留めるだけだ。


 俺が憎いかルフよ、巨大怪鳥ロックバードよ。そりゃあ当然のことだろう。

 大切な子供を殺されたんだ。親として恨まぬ理由などないだろう。

 安寧の我が家を壊されたんだ。理不尽に憤らぬことなどないだろう。

 たかが矮小な魔物に誇りを傷つけられたんだ。腹立たぬ訳にはいかんだろう。




 その負の感情、そっくりそのまま全部、熨斗つけてお返しするぜ。




 とは言え流石は人食いの大型魔獣。一筋縄ではいかないな。

 力も強けりゃ頭もいい。俺を食えると思って持ち帰った馬鹿とは思えぬほどに。

 何よりこいつは空を飛ぶ。竜種ドラゴンも備える圧倒的な優位性の持ち主だ。


 故に最適解を取ってきた。

 この野郎、上空に居たまま羽ばたいた風で俺を吹き飛ばす気だ。


 なるほどなるほど。こいつは手強い。やるじゃない。

 羽根一枚で民家を潰す、その巨体を宙に浮かべる風は立派な災害だ。

 実在を知らぬ地では「季節風や台風を神話にした物」と言われるほど強力だ。


 俺より年上の大樹すら引き抜かれ、岩山も砂の城が如く崩れ去る。

 近くを彷徨いてた魔物達も舞立つ砂塵に引き裂かれ、悉く挽肉と化していった。


 これではいくら俺でも身動き一つ取ることは出来ない。

 大地に突き立てた剣にしがみつき、鎧の重みに頼って耐え忍ぶしかない。

 地の果てまで飛ばされる間抜けにはならぬとも、このままでは反撃が出来ない。

 このまま持久戦なら分はあれど、途中で飽きられ逃げられちゃ意味がない。

 なるほどなるほど。中々に不利な状況だ。


 だがな、ルフよ。お前、正体はからすだろう?

 突然変異か、遠縁なのか。ともかく本性は単なるでっかいからすだろう?


 鷹でもなけりゃ雀でもない。ましてや蜂鳥なんかじゃあるわけない。

 猛禽でこそないが小鳥とは断じて呼べぬ。それがお前だろう?



 ……だからお前、羽ばたき方が大雑把なんだよ。



 大型の鳥は風に乗って空を飛ぶ。羽を伸ばして滑空するのが主な飛行法。

 羽ばたくのは飛び立つ瞬間か、加減速をする時のみ。出来る限り最小限。

 小鳥のように細かく羽ばたくのは苦手だし、空中停止ホバリングなど出来やしない。


 要するにお前、一度降りてから上昇する瞬間しか大きな風を起こしてない。


 低空から上空まで飛び上がり、また低空まで降りてきてから飛び上がる。

 その繰り返しでこっちに強風を浴びせかける。そうやって攻撃している。

 故に風の強さには斑がある。止むことこそないが強い時と弱い時がある。



 だったらお前の風など、龍王ククルカンの吐息に比べりゃさほどでもない。


 風力は勝るとも劣らんが、あっちは燃えさかっていたんだぞ。



 そうでなくともこちらは不死身の死霊アンデッド。風を浴びるだけなら動けぬだけよ。

 風が強い時だけ耐え忍び、弱まった隙を突いて攻撃すればそれでいい。


 尤も、風が弱まってるのは奴が空高く舞ってる真っ最中。

 例え跳んでも届かない。斬撃では傷つけられない。

 その辺理解して安全だと思ってるから、奴も逃げる気配を見せないのだろう。


 だけどな、人間最大の武器は剣じゃなくて、投擲なんだぜ?


 つうわけで出番だ頭部。

 征ってこい。



 ―――応とも、任せろ胴体。征ってくる。



 こちとら生まれた時から石頭。死して後は呪いの力で不滅の抜首デュラハン

 おまけに"投げられる側の視点"を持てるから、石弓よりも狙うが容易い。

 俺に取っちゃ、かの開天珠ケラウノス乾坤圏タスラム並の投擲具に出来るってものよ。


 おっと風が弱まった。はいはい構えて構えて。

 もうちょい右、右、行きすぎ左。ぐうんと上を狙って、いいねバッチリ丁度。


 そのまま思いっきりぶん投げれば、はいあっさり命中。


 天災規模の巨体と言えども所詮は飛行生物。骨はスカスカ軽量仕様。

 雷鳴より速く、流れ星より力強くぶち当たれば片翼全てが粉々よ。

 貫通せぬよう食いつけば、共に空から地に墜ちていく。即ち……



 ―――こちら胴体が直接ぶった切りに行けるって訳だ。



 墜落の衝撃で全身複雑骨折してようと容赦はせん。

 王家に仇なした害鳥め。自慢の剣を受けてみよ。

 "万物の根源に迫る切れ味"と称されし剣術は最早振るえぬが充分だ。

 頭の位置感覚を頼りに振りかぶれば、あっという間に千切り微塵切り。


 ……どうだ、見たか化け物め。挽肉どころか肉汁にしてやったぜ。


 これでもう障害はない。今後、同じように食われる人間も生じない。

 だが、倒すためとは言え派手に暴れすぎた。いや俺じゃなくてルフの野郎が。

 辺り一面整地されるぐらいは覚悟してたが、それどころの話じゃない。


 抉れに抉れて凹んでしまい、岩山のあった場所が今や盆地だ。


 魔境だから問題無いが、これが人里だったらと思うとゾッとする。

 やはり、災害級の化け物同士が争うとそれだけで周囲はただでは済まぬ。

 恐ろしい魔物は討伐すること自体が危険にすぎる。


 だから生贄程度で人間に味方する"羽蛇野郎ククルカン"がどれほど貴重だったことか。


 そりゃあ勝手に討伐したら、どれほど功績重ねていても首刎ねられるわ。

 異国の、異教の、蛮族の神といえども、冒したら許されざるわ。



 ―――けど、別に後悔してはいないんだろう?


 ―――当然だ。"あの子"は生きたがってたし、生きていいと俺は信じたんだ。



 ……まあ、今更考えても詮無きことだ。どうでもいいことだ。

 それよりこれで任務達成したんだ。早く帰ろう。国へ戻ろう。


 北の誘拐は片付けた。

 ならば南の悪霊に東の破壊神、西の反乱分子も片付けねばならぬ。

 まだまだ為さねばならない仕事は多い。休む暇は無いし、その必要もない。


 何より、姫さまを早急に連れ帰らねばならない。


 この溶け残り具合ならば、まだまだ蘇生術リザレクションが使えるはずだ。

 並の僧侶では難しいが、大聖堂の司教ならば不可能ではないはずだ。

 これ以上、遺体が傷む前に連れ帰ればきっと救えるはずなんだ。



 ―――本当にそうだろうか?



 神の奇跡は万人に平等。それはもう賽子を振るが如く。

 成功し生き返った者も数知れないが、失敗し灰となった者も数知れない。

 よしんば成功したとしても、食われていたときの記憶が残ればそれは地獄だ。

 心が狂い、生きながら死んでしまってもおかしくはない


 姫さまは、姫様の血筋はみんな頑強だから杞憂だとは思う。

 だがそれでも考えてしまう。果たしてこの子は本当に無事に済むだろうか?


 ………………


 …………


 ……




  ――――――大丈夫。俺よりずっと、希望はあるさ。




 さあ、もうすぐ日も暮れる。

 ぐずぐずせずに、走ろうか。




 END.

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

主文、被告をデュラハン二百年に処する。 円同 @siro-kuro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ