第6話 *


「『――あなたがほしい』」


 またしても次世代の『魔女』にそう言った『魔女』は、僕の自我を保ったまま彼女を乗っ取るに至った。


 しばらくの間ともに暮らしていた彼女がどんな人間なのか僕は理解していたし、彼女の中で僕は信仰の対象であったのも知っている。それに、最後に一度だけ僕と同じになれたことはとても喜ばしい事である。


 僕が求めた通り彼女は僕になるという願望と錯覚を抱いていたから、彼女が僕に何をするかなんて僕にはお見通し。だから僕はあらかじめカンタレラと偽っていたあの毒薬を無害な液体に変えておき、それが混ざった飲み物と共に嚥下したのだ。


 彼女は一度、僕が死んだかどうかを確かめる為に呼吸や脈を測っていたけれど、呼吸は止めれば何とかなるものだし、事前に小さめのボールを脇に挟んでおけば一応脈は止められる。


 そんな初歩的なトリックに騙された彼女は僕の自我を越えるには至らなかったらしく、僕が彼女の身体の中にはいってしまうと彼女の自我はあっという間に消え去ってしまった。


 せっかく同調して同じ人になったのに、僕の中に巣くう『魔女』はどうして僕と同じになった彼女をいとも容易く跳ねのけてしまったのだろうか。今回は名前を聞かずにいたから大丈夫だと思っていたのになぁ。


 まあ、この失敗から新たなる「正しい成り代わり方」を導き出すことができるのだから、気に病むことなど一つもない。


 嗚呼、でも今回の彼女は探究心も好奇心も旺盛だったから『魔女』が求める身体にぴったりの逸材だと思ったのだけれどなぁ。『魔女』は一体どのような子が好みなのだろうか? もしかした僕みたいな男の子が適しているのかな? 彼女のおかげで少しだけ「知りたい」という気持ちが出てきた僕は、疑問符ばかり彼女の頭の中の記憶を探ってみる。


 どうやら彼女が住んでいた村では、僕が居る森は『魔女』が居るから入ってはいけないよと諭されていたらしい。彼女は森が怖いからだとずっと思っていたようだけれど、大人たちの言っていることは正しい。何故ならこの森の中には『魔女』という僕が住んでいるのだからね。


 今まで僕が使っていた身体から距離をおき、傍にあった椅子に座る。ラベンダー色のワンピースに白のエプロンを着たままピクリとも動かないその身体を彼女の身体から眺めていると、フワリと窓から風が入り込み、そっと彼女の髪を揺らした。僕が成り代わった彼女の髪は思っていたよりも艶があって綺麗だったけれど、一緒に見えた指は元来土いじりが好きだったせいか節くれ立っていて何だかみっともない。でもこれはこれで彼女らしいな、なんて思ってしまった僕は、思わず彼女の口を使ってクスリと笑ってしまった。


 僕は彼女で彼女は僕で、だけど、彼女は『魔女』にはなりえなくって、僕は長い間『魔女』を引き継いでいる。そんな僕は何時になれば『魔女』の笑劇から退場出来るのだろうね?




 演技さえ必要のない舞台は、何時だって形のない主人公である『魔女』の手中にあったんだ。



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Farce 威剣朔也 @iturugi398

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