第5話


 いつものように二人だけの食卓を囲みながら「姿のない『魔女』は人がどのようにして生きていくのか、とても興味があったらしくてね」と、語るファース。自慢げな笑顔を浮かべ、まるで自分のことのように語る彼女は、どうやら自分のことを『魔女』だと思っているらしいの。私が元々持っていた自論としては『魔女』などと言う非科学的な者は存在しないということだったけれど、彼女が本当に『魔女』であると言うのなら、彼女がたまに作る薬や理解しがたい持論の説明などの少しだけ変った行動も頷ける。


 勿論、彼女はどこか変わっていると私も思うけれどそんな所がファースらしく、理由は分からないけれど私も同じになりたいと強く思っているの。信仰心の乏しい私だけれど、この感情はきっとその信仰心にも似たものだと思う。いいえ、信仰心に違いないわ。


 それに短い間であったけれども、私はファースについてのことをほとんど知っていた。そして彼女は私のことを知るだけでなく理解までもしていた。そのおかげなのか、唯の錯覚なのか分らないけれど、まるでファースは私に、私はファースになれる。そんな錯覚まで引き引き起こしてしまうほどに、互いを知りつくしていたの。


 元はまったく違うものであったのに、今では同じ。同じことをして、同じ感情を持って、同じモノを共有しなくちゃあ我慢が出来ない。そんな日常が当たり前になっていた。もし他人がそれを見ていたら気持ち悪がるだろうけれど、生憎此処には他人と言う者は存在しないから、咎める人はだれ一人居ない。むしろ、咎める人間が居たとしても意味はまるでないと思う。だって、ファースと同じになれるってとても幸せなことじゃない?


 そんな強い信仰感と陶酔を持った私は、ある日ファースの腕がシミに蝕まれていることに気が付いた。彼女の首元と長袖に包まれた腕は、指を残し真っ黒なシミに侵されていて醜い。彼女は「戒めだよ」と言っていたけれどこれが戒めで済むものか。呪いの類に相違ない。


 そう、私が信仰し、同じになりたいと願い、陶酔していた彼女に残されているのは指と、首から上の顔。たったそこだけ。日々醜くなっていく彼女を見ていると私はとても悲しくなった。それに彼女は私が抱く信仰心の対象なのだから、穢れてなどいけないと思うの。もし穢れ続けてしまうというのならば、彼女の時を止めてしまおう。彼女に『成り代わって』しまおう。


 少しばかり狂気じみた自分自身の考えには「何故?」という疑問は語りかけてこない。それはきっと、私がファースになりつつあるからなのかもしれない。だって彼女は自分自身の行動を「何故?」だなんて思わないでしょう?


 だから私は、完全に穢れて消えてしまうファースの為に毒を盛ることに決めた。以前彼女が作っていた毒薬―――カンタレラを、彼女がいつも飲んでいる飲み物に混ぜておく。


 それが入ったカップに早く口づけないかと、心臓を激しく鼓動させ私は他愛のない会話を彼女としていた。そしてファースがカップに口づけ、中身を嚥下したすぐ後に、彼女は椅子の背もたれに自身を預け、眠るように首を項垂うなだれさせた。


 彼女の手元にあったカップは音をたてて割れ、中身が飛び散る。それはテーブルの上に置かれていたファースの愛読書のカストリ雑誌にかかり、ぐっしょりと濡らした。


 しかし私はそれを拭きもせず、彼女の呼吸と手首の脈を測る。どうやらこのカンタレラは即効性の物だったらしく、彼女はすでに脈もなく息絶えていた。


 しばらくしてから、それを現実として受け入れた私は小さく笑う。


 これでファースは完全に穢れて消えてしまう前に死を迎え、私は彼女に成れた。『成り代わる』ことが出来た。喜びで身体が高揚し熱くなる。これからどうやって彼女を演じよう。そう思った瞬間ピクリとファースが動いた。


 どうしてファースが動いたの? これは人を殺めるための毒薬なのでしょう? 彼女は呼吸も脈も無かったのに、どうして動いているの? そんな疑問が私の頭の中を駆け巡り、震える身体を押さえつけられなくなった私が傍にあった陶器でファースに危害を加えようとすれば、彼女はパチリと瞼を開いて唇を動かした。


「『―――       』」


 ファースが、いいえ、『魔女』が何を言ったのか分らない。聞こえるのは自分自身が発する悲鳴にも似た絶叫だけ。私はファースに成りたかった。いいえ。ファースに成ることは出来た、それだけの筈なのに。たったそれだけの筈だったのに。どうして私はこんなにも『魔女』とは違っていたのかしら。


 かくして私はファースに成り代わることもなく『魔女』が主人公を務める笑劇から退場を強いられたのである。


 

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