第2話出会いと証明


「ゲギャッ!・・・」

 洞窟の中にこだまするゴブリンの短い悲鳴。悲鳴の後に続くのは、血を流したゴブリンが地面にバタリと倒れる音。

「はぁ」

 騒がしかったモンスターが全滅したことにより訪れた静寂をため息で破る。

 魔王の右腕であるドーナ様の陰謀のために、勇者がいるというアリフレッタ王国に俺が転移魔法で飛ばされてから1か月が過ぎた。


 飛ばされた直後はそれなりに忙しかった。

勇者と一番かかわれそうな冒険者になったり、お金を持っていなかったので、働いて生活費を稼いだり、陰謀のため、勇者についての情報収集をしたり、協力者になりうる魔族を探したりしたのだが、2週間が過ぎると、陰謀のためにすることはほとんどなくなった。

 俺が転移魔法で飛ばされた町は経験が浅い冒険者たちが集まるいわゆる序盤の町なのだが、そのせいか上位の魔族はおろか、会話できるやつすらいなかったのだ。

そのため、協力者探しはあきらめて、情報収取に励もうと思ったのが、この町に流れてくる情報はすべて噂程度で、来たばかりの俺に信頼できるつてなどあるわけもないため、いっそ情報収集しないでおこうかとも思ったが、念のために噂を聞く程度で収まっている。

結果、本来の仕事である陰謀のための暗躍はほとんどできずに、副業であるはずの冒険者業をほぼ毎日行うようになってしまった。

「ああ、勇者は本当にどこにいるのだろうか」

 冒険者業に飽きてきただけあって、倒してからの一連の動作が染みついている。先ほど倒したゴブリンやオークの死体たちから換金できる部位などを慣れた手つきで切り落としながら今日何度目かの落胆。

「もうそろそろ勇者の存在すら、疑えてきたんだが・・・」

 換金部位を切り落とし終わり巾着のようなものにしまうと、モンスターの死体たちから数歩離れて、手に魔法の火をまとわせ、あくびをしながら死体たちのほうへと放つ。

ボッと音を立てると、あっという間に火葬の出来上がりだ。あ、洞窟といっても今いるところは天井が開いているので、窒息死とかにはならないのでご安心を。

「来世ではせめて会話ができるようになっていますように。」

 そう願いをこめながら、手を合わせる。

「さて、死体処理も終わったことだし、帰りますか。」

 そう言って洞窟の入り口のほうに向かおうと、帰り道のほうを振り向くと…


「・・・」

「え、えっと・・・こ、こんにちは?」

 こちらのほうをじっとみている少女がいた。

 少女の見た目から推測するにその年齢は十一、十二歳ほど。髪は白に近い銀色、白銀というのが適切な色で肩につくかつかないかぐらいまで伸ばしている。服はちゃんと来ているが、着ている服もだいぶ泥だらけで靴は履かずに裸足だった。

奴隷、というわけではなさそうだ。奴隷の場合、もっと水ぼらしい服を着ているはずだからな。布一枚だけとか。

その少女は俺が声をかけても赤く輝く幼げな瞳でこちらを見つめてくるだけだった。

「こ、こんなところで何をしているのかな?お父さんとお母さんは?」

「・・・」

 少女はこちらをじっと見つめ続けるだけで、無言を貫く。

「……おなか」

「?」

「おなか減った」

「そ、そうか。じゃ、じゃあ今なんか出して・・・」

「あれ」

「ん?」

 少女は何かを指さす。その方向を見るとさっき火葬して丸焦げになったオークたちがいた。

「あれ、食べたい」

「えー、あれはちょっと・・・」

「ダメ?」

 確かに、香ばしいにおいもするが、衛生的にどうなのだろうか?

「えーと、オーク食べたことあるの?」

「…ない、けど、大人の人が食べているのは見たことがある」

「マジで?」

「…マジで」

 オークはオークでもいろいろある。中には俺がもともと通っていた魔族の学校で戦闘力も高めで会話ができるオークなんかもいたりする。まぁ、そいつの知能のほうは言うまでもなく残念だったのが。…人間は普通のオークも食べるのならば、会話が可能なオークとかも食べるのだろうか?

「でも、あれ土とかついてるよ」

「ついてないところ、食べる」

「俺はやめといたほうがいいと思うよ。腹壊しそうだし」

「…なら食べない」

 そう宣言した瞬間に、グーとかわいらしい腹の虫の音。もちろん奏でたのは目の前の少女だ。

「・・・おなか減った」

 振出しに戻った。

「ちょっと待って、今取り出して・・・おっ、いいのがあったな」

ポーチの中を探ると、なんかそれっぽいものが入っているビンを発見して取り出す。ちなみにそのポーチはド―ナ様からもらった服の機能の一つで空間魔法と転移魔法を改良して作ったポーチで別空間にものを転送して収納してくれているらしい。その別空間とやらも時間は進まないとかなんとか。

「ほい、どうぞ」

善意で差し出したのはビスケット。逆にここで何もせずに通り過ぎて行った奴は人の心を持っていないと断定していいだろう。あ、俺は魔族だから魔族心なのかな?

 一枚のビスケットを受け取った少女はちょびっと一口かじるとパァアと幸せそうな表情を見せた後、そのちょびっとかじる行為を繰り返し、なくなると上目遣いでこちらを見てくる。

「もう一枚か?ちょっと待ってろ・・・ほら」

 もう一枚渡すと少女はさっきと同じことを繰り返し・・・


―繰り返すこと数十分。

「…どんだけ腹減ってたんだよ」

「ごちそう、さま・・・です」

 俺は空になったビンを魔法のポーチの中にしまう。結局、ビスケットだったら手軽に食べれるし・・・とビンいっぱいに買いだめしておいた分はすべて少女に胃袋の中に納まった。

「で、えーと、なんでこんなところにいるの?」

「…み、道に、まよった」

 小さな声で少女は答える。

 その怪しい形相を俺は改めて見直す。

 見直したことで分かるのだが、おそらくだけど、この少女は訳ありなのだろう。

なぜかというと腰についているさやに収められた短剣がヒントで、ただの道に迷った少女が短剣なんか持っているわけがないというただの常識。

もう二つある、この少女、気配の消し方が異常にうまい。俺も一応訓練はしていてそれなりに強いつもりなので索敵とかはできる、というか得意なほうだ。

 あと一つは、魔力が高い。魔族の中でも高い方である俺とそんなに変わらないくらいだ。

 人間基準でいえば、王都にいるという近衛騎士団と同等かそれ以上だろう。

「じゃあ、今から俺も洞窟でるから一緒に行く?」

 俺がそう提案すると、少女はこくんとうなずいたので、そのまま洞窟を出るための帰路へとついた。


―それから、洞窟の外にて

「うーん、やっぱ外の空気がうまいな」

 入り口を出るとともに、盛大に体を伸ばすと、横にいた少女も俺の動きをまねて伸ばす。

「で、こっからの道はわかる?」

 訳ありだということは知っているが、俺はあまりかかわりたくないので、あえてそう聞いた。

 すると、予想通りというか、少女は横に首を振ることで否定を示す。

(…まぁ、帰り道の森にもモンスターは出るし、町の入り口くらいまでならいいか。)


―それから、町の入り口にて

「ついたぞ。じゃあ、ここでお別れだな」

 少女は俺の服の裾をつかみ、フルフルと首を横に振り拒否を示す。

「いやでも、町の人に見られたら誘拐犯だと思われるし…」

 なぜか裸足だから、余計にやばい感じがする。

「兄弟って、言えばいい」

「いや、髪の毛の色が黒と銀で兄弟っていうのはさすがに厳しいぞ」

 俺の指摘に少女は考え込んでから次にこう発言した。

「ちょっとしゃがんで」

「?」

 いわれた通りにしゃがむと、俺の服のフードの部分をつかまれて、そのままかぶらされた。

「こうしたら、顔見えない」

「いや、余計にダメだろ」

 (この少女は表情の変化があまり豊かではないのでわかりにくいのだが)若干のどや顔で言っているが、正論を言わせてもらうとただ怪しさが上昇しただけだ。

「そもそもお前は・・・」


「あ!いた!いた!まったくもう、ほんとに探したんだからね・・・って・・・」

 声がした方を振り向いてみると、一人の美少女が立っていた。

 凛とした少女だった。歳は俺とあまり変わらないくらいの十代半ば。無造作に真っすぐ長く伸ばした赤髪を揺らして、透き通るような声で俺たちに・・・というかこの小柄な少女に話しかけてきた。

 

さて、今この状況を目の前の美少女目線で考えてみるとどうだろう。

 まずさっきの発言から察するに、この俺に妙になついている少女を探していたことだろう。

そこにフードをかぶった怪しい奴×小柄な少女があったとすれば、必然的に求められる答えは・・・


赤髪の美少女は俺を見た途端、無言で腰に掛けてあった剣をすらりと引き抜き、剣を構えてこちらへと一歩ずつ歩み寄るって来る。

「お、おい、落ち着け誤解だって…だ、だから、ほら立派な剣をしまって、一回話し合おう。は、話せばわかる、落ち着いて考え直せ、な?」

「…死ね、犯罪者。」

「ぎゃああああああ!!!!!!!」


 フードをかぶった怪しい奴×小柄な少女=誘拐犯、この方程式はどこの国でも成り立つことが証明された。

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裏切る側の物語 畏月 十五夜 @sakaisyou0415

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