裏切る側の物語
畏月 十五夜
第1話 旅立ち
「・・・・・・・・・・・・・・・はい?」
魔王城のある一室でふいに口から飛び出た俺の疑問符が響く。その疑問符は二人っきりのためかこの大きな部屋でもよく響いた。
それを聞いた、ロングの茶髪の上に角をもち、その豊満な胸を支えるように腕を組んでいてきりっとした目でこちらを呆れたように見る女性、魔王の右腕であるドーナ様があきれたような口調で返す。
「聞こえなかったのか?お前には勇者の仲間になってもらうといったんだ」
「・・・は?」
今度はしっかりと言っていることを理解してからの疑問符。
俺の記憶が正しければ我らが魔王様にとって勇者というやつは宿敵とも呼べる存在だったはずだ。
「…お前もしかして私の話を聞いていなかったのか?」
「い、いや、聞いていましたよ。あれですよね、勇者と結託して謀反を起こそうと…イダッ!」
言いかけた俺の頭に垂直チョップが振り下ろされる。
「バカッ!お前!ただでさえ機密事項なのに話をややこしくするな!」
「いってぇー、何もたたかなくても…」
「うるさい!お前がことの重要性をわかっていないからだ!」
ひとしきり怒鳴り声をあげた後、はぁと大きく一つため息をつく。
そんなため息ついたらまた小じわが増えますよ、とはさすがに言わないでおこう。
「もう一度説明するぞ。今現在、この魔王が支配するアグリア国で魔王派と宰相派の二つの派閥に分かれてしまっていることは知っているな?」
「はい。確か、前魔王様が病で亡くられたことがきっかけでしたよね」
「そうだ。それで急遽、現魔王様が即位したのだが、宰相派がうるさくてな。これでは一向に国がまとまらんと魔王様も嘆いていたよ」
「ああ、なるほど。だから代わりに魔王軍第一席幹部であるドーナ・アローン様が漁夫の利で国を乗っ取ろうと…」
「断じて違う。‥そもそも国を乗っ取って私に何のメリットがあるというのだ?」
「…魔王軍筋肉化計画?」
「ぶっ飛ばすぞ」
なぜだか分からないが結構真剣な声でドーナ様は言う。やっぱり陰で独り身筋肉なんて呼ばれているのを気にしているのだろうか、なんて決して思っていない。
「はぁ…話を続けるぞ。正直に言うと、我々魔王派にとって宰相派の連中は邪魔だ。できることなら真っ先に排除したい」
「わぁ、ぶちゃけますね…ここ盗聴対策大丈夫なんですか?」
「ああ、そこらへんは問題ないから安心してくれ。…それで我々としても宰相派は第一に排除したい。だが、あんな連中でも名目上は魔族だ。下手にこちらから手を出したら内乱に発展する恐れがある。暗殺という手も考えたが、仮にも奴らは魔王軍の上層部の者たちの集まりだ。感づかれる恐れがある。厄介なことに相手も同じ考えなのか、現在はにらみ合い状態だ」
魔王派と宰相派の比率はほぼ五分五分といったところだろうか。内乱になるとどちらが勝ってもおかしくない比率だ。
「さらに最近、あまりよくない情報が届いた」
「勇者、ですね…」
我がアグリア魔王国と人間の国であるアリフレッタ王国は対立関係にある。そこについ最近、勇者が現れたという噂が流れていたのだが、どうやらド―ナ様の反応を見る限りその勇者出現の噂は本当らしい。
「そうだ。今のこの国の状態で勇者を迎え撃つのは非常に危険だ。そういうわけで一刻も早くこの国全体をまとめ上げなければいけないのだが…あの腐った頭の連中はこの危機がわからないらしくてな、どうしてもこちらに協力しようとしない・・・そこでだ。」
その場合、勇者の最終目標はどうしても魔王討伐になってしまうので、魔王派は宰相派と勇者のダブルパンチになってしまう。そのことも宰相派は理解していることだろう。ならば思い浮かぶ案はただ一つ・・・
「ああ!!なるほど。だから、勇者の仲間になれ、ですか」
「わかったようだな。…改めて言うが、お前には勇者を利用して宰相派の連中を排除してほしい」
つまり、そういうことだろう。勇者と宰相はどっちも邪魔。ならばつぶしあってもらえばいい。単純だ。だがそれには勇者側に最低一人はスパイがいることが前提条件となる。それに俺が選ばれたということだろう。
「えっと、なんで俺がこの任務に選ばれたんのですか?」
「なんだ、不満か?」
「まぁ、それもありますけど…もっと適任のやつがいると思うんですけどね。俺、宰相派の幹部とか倒せませんよ」
「そこは勇者をうまく活用して何とかしてもらうとして…採用理由は、単純に信頼できる相手だからってとこもあるが、一番は宰相派に顔が知られていないってところだな。それと前からお前はこういう陰謀とかが得意だろうと思っていたんだ」
「…褒められているのか、けなされているのかわかんないですけど」
「誉め言葉と受け取ってくれていいぞ。それもあってお前は今回の任務に選ばれたのだからな」
「…素直に喜べないですね」
そもそも、別にこの「勇者使って宰相派ぶっ殺そう作戦(仮)」に立候補したわけではないので全くうれしくない。
「で、どうだ?やってくれるか?」
「うーん、やりたいか、やりたくないかでいうとやりたくないですけど…ちなみに俺に拒否権は?」
「ないわけでもないが、0に等しいな」
「結局ないんですね・・・わかりました、やりますよ」
しぶしぶ承諾する。別に断ってもよかったのだが、特段これからやりたいこともなかったので引き受けることにした。
「そうか、受けてくれるか。…ならば念のために任務内容の確認をしておく。任務内容は勇者の仲間となって宰相派の討伐。また、宰相派のものと交渉が可能だと判断した場合、独断で交渉を行ってもらって構わない。…それと勇者が魔王派のものへと向かう場合、何らかの手段で情報を流してくれ。魔王派の幹部たちにはお前の任務のことは伝えておこう。あと…」
一通り説明が終わるとドーナ様は机のほうへと向かっていき、その上にある服のようなものを手に取りこちらに渡してきた。
「お前にこれをやる」
「あ、ありがとうございます」
手渡された服のようなものを広げると、それはフード付きの真っ黒なパーカーで首のあたりには小さな赤色の宝石なようなものがついていた。
「その服は色々な便利機能付きでな。お前が魔王派の一員であることがばれないように、フードを付けてしゃべると声が変わるようになっていたり、光の魔法の応用でフードを付けたら相手側からは顔が見えないようになってたりする。ほかにも様々な便利機能付きだ。」
「この小さい宝石みたいなやつはなんですか?」
「それはその服の機能を保つための魔力石だ」
「ふーん。あれ?これ魔王様とドーナ様がつけているペンダントと同じ素材ですか?」
「ああ。魔力石は危険な時に何かと役に立つからひとつは常備しておいたほうがいいぞ」
「そうなんですか。へぇー」
相槌を打ちながら、もらったパーカーを着て、腰にいつも持ち歩いている剣をかける。
「おぉ、様になっているではないか。これはどっからどう見てもそこら辺にいる普通の冒険者だぞ」
「褒められている気がしないんですけど」
まぁ、ドーナ様が言っていることは事実なのだろう。魔族にもいろいろ種類があるのだが、俺の種族は角やしっぽなどといった特徴的な部位が少ない。
唯一といっていい特徴に人間にはない羽根のようなものがあるが、あれは収納可能なので常に出す派の人と必要な時しか出さない派の人がいる。俺は言うまでもなく後者だ。
「よし、そろそろ転移魔法を発動するが、準備はいいか?」
「いいですよ。あ、魔王様によろしくお伝えください」
「わかった。伝えといてやる」
俺の伝言の頼みを快く承諾するとドーナ様は指をパチンと鳴らす。
その瞬間、俺の足元に魔法陣が展開され輝き始めた。本来ならば、魔法陣は指パッチンだけで展開されるものではなく自分で描かなければいけないのだが、魔王の右腕はそんな常識は知らないらしい。
「じゃあ、行ってきます」
「よろしく頼んだぞ」
魔法陣の輝きが強くなっていく。どうやら、この光が最高潮に達し部屋を埋め尽くしたとき、俺はあちらに飛ばされるらしい。
「メイル・アーグリア!」
俺の名前を呼び一拍置いてからこういった。
「…お前の活躍を期待しているぞ」
その言葉が終わると同時に光は最高潮に達し、俺はアリフレッタ王国へと飛ばされた。
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