第23話 脱出
「呆けるな!」
松葉尋は声を荒げながら漆黒のうねりをはじき返した。
それは神速だった。
何もかも超えた動きだった。
その流れが基経を生き延びさせた。
朦朧とする基経の眼前には尋の背中があった。
思わず九死に一生の中で縋るように、その背中を掴もうと基経は手を伸ばしたが、その背中を掴んだその手は空を切った。
尋の躰が更に加速した為だ。
基経の認識を加速したと思わせたのは、その後の位置から推測されたものだった。
触れられたのは残像だけだった。
そうしなければ、その後の説明ができない。
尋は漆黒の前に一瞬、現れたと思われた刹那、蒼白い閃のような線が垣間見えた。
すると、まず左手首が静かに落ち、更に右の上腕部も地に転がり落ちた。次に左袈裟が切り抜かれたが、漆黒の太い身は切り落とせなかった。最後に尋が抜けたであろう右後ろの背後が身の半分ばかり切り裂かれた。それは一息での流れだった。
尋は漆黒の後方に姿勢を落として存在し、その両手には左右に分かれた蒼白く浮き上がった得物が見えた。
それは笹穂槍に似ていたが、只の棒にいつ切っ先ができたのか、基経はその瞳で見抜くことはできなかった。
だが、漆黒は何事もなかったように躰を刹那に再生して見せると、今度は手を天にかざして、その掌から今まで出した闇を吸い込み始めた。
すると闇は渦巻いて更に深くなり、真の闇が見え始めた。
見える入り口の光が遠のき、益々小さくなってゆく。
「本当は首を落としたかったが、今のオレの技量では足りなかった……だが、この貸しは一生ものだぜ名取四郎さんよ!」
「ああ、俺だけでは受けきれなかったからな」
膝を付いた四郎の左腕は肘より上しかなかった。
残りは地面に転がっている。
先ほどの漆黒のうねりを受け止めきれなかったからだ。
「それより逃げるぞ!」
尋は苦虫を噛み潰したような顔をしながら叫んだ。
「俺は後から行く」
「後からって……てめぇ死ぬ気じゃねぇよな」
「あぁ。最後のとっておきを喰らわしてから行くわ……基経を頼む」
「わかった。だが必ず戻れよ!」
その言葉を喋り終える前に、尋は基経を抱きかかえて神速で走り出していた。
漆黒は追いかけるように駆け出したが、四郎が立ちはだかった。
うねるような黒い波が四郎を捉えたように見えたが、彼は左腕から吹き出す血には構わず、その場から忽然と消えてしまった。
すると漆黒の後ろに四郎の姿が見えた。
漆黒は腕を一文字に薙いだが、その躰は直ぐに炎に包まれた。
基経は尋に抱えられたまま、間一髪、闇の底から這い出ることができた。
基経の瞳には、恐ろしく燃え盛る火柱が見えた。
鬼祓い師 名取基経 鷹野友紀 @takanoyuki
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