明里 好奇



 彼女は言った。

「めちゃくちゃに、してくんない?」

 僕は一つ息をのみ込んで、ゆっくりとうなずいた。もったいぶるように見せて、その薄い肩を今すぐ抱き壊してしまいたい衝動を、それで隠した。

「うち、来れる?」

 彼女もゆっくりとうなずいて、殊更柔らかく笑んだ。


 例えば、それが繭だとしたらきっと納得してしまう。薄い皮膜と起毛に包まれて、やわらかい感触をしているんだろう。撫でてみればきっと、それが分かる。繭の中に何が入っているのか。繭の中で再構築されているものはいったい何なのか。想像以上に煽情的で、グロテスクな何かが、何であるか。

 それに、触れたいと思う。壊してしまうかもしれないけれど、それでも触れてみたいと願う。最初は指の腹。次に手のひらで、少しだけ圧をかけて弾力を確かめる。

 傾き始めた陽の光にどのような影を落とすのか。薄い膜がどのくらい透過してくれるのか、それを知りたい。


 玄関で脱いだ靴を揃える所作。重そうな鞄を肩から降ろすシャツの輪郭。わずかに震えている指先と肩。一つずつの動作が、息を詰まらせる。何でもないふりをして、二つのグラスに氷と冷えた麦茶を用意した。

 ベッドと机、本棚。それくらいしか無い僕の部屋に、君がいる。それだけで、熱量が上昇して、僕を焦がす。

 学生鞄から不似合いなそれを、君がゆっくりと、ためらいながら取り出すのを、見るともなしに眺めている。デスクの前の椅子に座って、ベッドに腰かけた君の白いだけの膝を見つめる。少しの隙間も見せない。それなのに、それを壊せと君は言う。やっぱり僕は何でもないふりをして、君を壊すんだろうと思う。

 彼女からそれを受け取って、ため息をひとつだけついてから、真正面から君を見つめた。長い前髪を通して見た君は、少しだけ戸惑いながらしかし、逃げようとはしなかった。

 手触りを確認して、その封を解いた。それは僕たちの合図のようなもの。彼女の体温が上昇するのが分かるようだ。きっと、少しの期待と同じだけの恐怖。それを胸いっぱいに秘めて、居るんだろうとわかった。手を伸ばせば確実に触れられる距離。だから、一度だけ警告する。

「逃げるなら、今だよ」

 彼女は一瞬だけたじろいで、恐ろしいほどに妖艶に笑んで、

「まさか」

 そう言って僕の前に立ち上がった。彼女に見下されながら、彼女を見つめ返す。僕なんかに身を預けて、壊せだなんて君は本当に人が悪い。それでも僕は逃げない。きっと間違いなく、嬉しいから。


 繭の中は、きっと泥だ。どれだけ美しく着飾っても、繭の中に入ってしまえばきっと間違いなく、すべて同じ泥になる。それは僕も、君も、同じだ。どろどろに溶けて再構築するのを待つ間に、きっと繭を壊してしまう。僕たちはすこしだけ壊れているから、きっと同じ泥になる。


 張り詰めた、君の吐息が脳の真ん中を痺れさせて、一緒に壊れたんだ。

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明里 好奇 @kouki1328akesato

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