第5話 God bless the world

 最寄り駅から路線を三本乗り換えて、揺られること約三時間。

 終電ギリギリで、なんとか目的地にたどり着いた。


 「これが海ですか。話には聞いていましたが、本当に果てしないのですね……」

 「ウィンブルムには海、無かったからなあ」


 リーザにとっては初めて見る海。

 時刻は夜の12時前、流石にこの時間になると誰もいない。

 賑やかな海も見せたかったが、今はこちらのほうが都合が良い。

 砂浜を二人で歩いていると、本当に世界に二人きりな気がしてきた。


 「じゃあリーザ、早速だけどこの海の神様にご挨拶を」

 「そうですね、これだけ大きな水の神です。失礼があってはいけません」


 さて、どうなるか。読み通りなら上手くいくはずなんだけど。

 波打ち際にしゃがみこみ、リーザが海水に手を浸す。


 「ミズハ」


 ゆっくりこちらを振り返ったリーザの表情は、賭けの結果を物語っていた。


 「この海、

 「だろうね」


 ウィンブルムは暑いも寒いもない、全てが調整された世界だった。

 それはあらゆる川に、山に、空に神がいて、運行を管理しているからだ。

 なので、ウィンブルムには自然災害が全く無い。

 あるとすればそれは全て人災なのだ。


 「こんな、こんな膨大な水場が野放しになっているのですか?」

 「そうだね。実際それで皆困ってるんだ。だから、ここは一つ、リーザに海の神様になってもらいたい」

 「なんですと」

 

 リーザはさっきから驚きっぱなしで、口が空いたままになっている。

 

 「それは、一体なぜ」

 「要はさ、ここがリーザの世界じゃないのが問題なんでしょ?この海はずっと果てまで続いてて、この世界の七割は海なんだよ。だから、リーザがって」

 「それは……やってみないと分かりませんが。良いのでしょうか、そんな事」

 「地球側にメリットが無い話でもないし。俺達からの手土産ってことで」


 詭弁だ。俺は今、神に悪魔の囁きをしている。

 けど、構うものか。


 「……そうすれば」

 「ん?」

 「そうすれば、私はミズハとずっといられるのですか」


 リーザのためなら、俺は悪魔にだってなってやる。


 「うん」

 「分かりました。……行きます」


 リーザの浸した手を中心に、蒼い光が広がっていく。

 星と月に照らされた夜色の海が、リーザの色に染まっていく。



 「いやー風が心地良いねえ」


 高度1200m。この高さだと地球の丸みが目に見える。

 吹き付ける風は、地球の風だ。


 『ミズハ、あまり動かないで下さい。落ちても知りませんよ』


 俺は今、海に浸かる体からまっすぐ首を天に伸ばす、巨大な白竜の頭に寝そべっている。

 

 「リーザ、具合はどう?その体と海とは上手くやれそう?」

 『はい、どうにか。……この海は、本当にどこまでも広くて深いのですね』


 ウィンブルムの神は、支配する領域の広さに応じて力が増す。

 まさかここまで大きくなるとは思わなかったけど。


 『こうしていると、思い出しますね』

 「ん、なにを?」

 『魔王との一騎討ちです。あの時は、ここまで大きくありませんでしたが』

 「……ああ、そうだね。この高い空と大きな月は、本当にあの時のままだ」


 黒翼の魔王、クロウ。

 空を覆うほどの巨大な黒鳥に乗り、自らの背にも黒翼を持つその姿。

 それは俺とそう変わらない、人の形をした男だった。

 強さだけは人間離れしていたけど。おかげで何度も死にかけた。

 ……最後にリヴィルを突き刺した時、仮面が外れた魔王の顔を見た。

 何の悔いもないかのように、満足げに笑っていた。

 

 「……そういえばさ。魔王にもフルネームってあったのかな」

 『フルネーム、ですか?』

 「ああ、ウィンブルムだと真命碑記マナスコアだっけ。確かリーザのは」

 『アルムネア・リーザ・グライオ・ウィルベインです』

 「うん、魔王にもそれはあったのかなって」

 『……いいえ。クロウという名は、全ての名を記録する真命碑記を探しても、一つも見つからなかったそうです。ただ』

 「ただ?」

 『魔王が、まだそれほど大きくはなかった黒鳥を伴って、初めてウィンブルムの民の前に姿を表した時、彼は大声でこう名乗ったそうです』



 「我こそは、ミナモトノ・クロウ・ホウガン・ヨシツネなり!」



 『彼の名乗る名の響きは我々には馴染みのないものだったのですが、唯一近い響きがある部分をとって、クロウと』

 「……そっか」

 『ミズハ、それがどうかしたのですか?』

 「いや、いいんだ」


 あの時の、リヴィルの感触を思い出す。

 いつかは、その時が訪れるのだとしても。


 「もういいんだ。……行こう、リーザ。まずはぐるりと世界の海を一回り。それから、世界の皆に挨拶に行こう。なんかスピーチ考えといてね?」

 『スピーチ、ですか。私はそういうのが苦手なのですミズハ。なにか良い案はありませんか?』

 「うーんそうだなあ。やっぱり、神様を皆に紹介するわけだから、ここは一つ定番どころで――」

 



 今はまだ、もう少しだけこの時間を。

 子供のようなわがままを、お互いに。この世界に。

 

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異世界神の存在証明 不死身バンシィ @f-tantei

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