第1話 謎のむしつかい
太古の昔、北の大地を覆い尽くす大陸の臨海に位置する群島の中に、東洋と西洋の文化が入り混じるアラグレシア皇帝国という島国があった。
島自体は大陸から少し離れたところにあり、その面積の割には人口が多く、多くの民族が暮らす多民族国家であった。
そして、大陸から少し離れているため動植物も独自の生態系を持っていた。
そしてこの島は
「はらのむし」と呼ばれている怪物たちの生息地でもある。
その「はらのむし」たちは自然界のいたるところに生息していて、それが人間の体内に入ることでその人間は怪物と化し、人間を食らうのだ。
この怪物たちに対抗すべく皇帝国は特殊な歩兵隊を結成し、島のあちこちの村に防衛拠点を設置した。
人間に寄生したはらのむしは、刃物で切り裂かなければ死に直結する致命傷を負わすことはできない。
そのため、刀を常備した身体能力の高い歩兵は、はらのむしに対抗するにあたって必需であった。
それにあたって、今まで水兵が発達していたアラグレシア皇帝国では、新たに歩兵の強備が進んだ。
しかしそれでも、はらのむし達の数も、食われていく人の数も増えるばかりであった 。
そんな中、島中を巡りはらのむしを駆除する、一人の男がいた。
そして彼は、「はらのむしつかい」と呼ばれていた。
「チャリン チャリン」
男が持つ槍についている鈴が歩く振動で鳴る。
男はアラグレシア皇帝国の北のクルトルという地域の山道を歩いていた。
男が目指して歩いているのは、今歩いている山を越えた先にある西クルトルの街である。
西クルトルの街はクルトルの西に位置する海沿いの街だ。
男は、食料品の補給ができるこの街を目指していた。
槍に鈴がついている理由は、はらのむしを寄せ付けないためだった。
はらのむしは一定のリズムで鳴る音に弱い。
歩く振動で鳴る鈴は一定のリズムで音が鳴るため、はらのむしを近寄らせないのに効果があった。
山の中腹まで来た時、男の足が止まった。
森の方から、変な臭いが漂ってきたためだった。
「なんだ?この臭い。」
その臭いは、まるで肉のようなものが腐るような、そんな臭いだった。
この島では、野生動物がはらのむしに襲われたのちその食べ残しが森の中で放って置かれ、その食べ残しが腐って悪臭を放つことが度々あった。
男自身も
その臭いは何度も嗅いだことがあった。
しかし、今回は何かがおかしかった。
肉の腐るような臭いなのは確かだったが、それはどう考えても野生動物のものではなかった。
肉が腐るような臭いとともに、女性がつける香水の匂いなんかもしてきた。
そして何より、ろうそく式のランタンのロウの燃える臭いがしてきた。
そもそも野生動物の肉が腐るだけなら、火が燃えた後の臭いなどしてくるはずがない。
しかもろうに火がついた後の臭いなど、なおさらだ。
それらの臭いが入り混ざって漂ってきたのだった。
「何か様子がおかしい」
男は山道を外れて、臭いのする方に歩いて行った。
しばらく歩いていくと、少し拓けた広場のような場所に着いた。
予想通りだった。
10人近くの男女の遺体が血溜まりの中で転がっていた。
一部は原型をとどめないほどに食い散らかされており、一部は内臓が一切無くなっていた。
かろうじて服の色がわかる人たちは、近くの集落の住人や皇帝国軍の関係者もいた。
近くには、ロウソクのランタンや割れた大量の香水も散らばっていた。
しかし、こんな状況でも、男は冷静に言い放った。
「血積(ちしゃく)の仕業か。しかも死体の状況から見て襲われたのは昨日の未明だろう。ということはもう2、3匹仲間が増えていてもおかしくない。つまりこの集団も、もっと人数がいたんだろう。」
しかし、男は首を傾げた。
「おかしいな。そんな夜遅くにこんな山深いとこまで来て一体何がしたかったんだ?
山は血積の住処だって、住民たちもよく知ってるはずなんだが………。それに血積は基本的に自分から人間を襲うことはしないしな。ん?」
さりげなく横を見ると、先ほど通ってきた道とは別の拓けた道があった。
その道は、草木が巨大な生物の通行によって無理やりなぎ倒されたような跡があり、その中心には、その生物のものと思われる血がべっとり付いていた。
それを見た男は、思いついたように
「なるほど。あっちへ逃げていったか。もう一晩経ってるはずだから流石に息絶えてるだろうが………。」
と言い、その道を進んでいった。
しばらく歩くと、そこには大きな肉の塊のようなものがあった。
全身は筋肉が露出したような見た目で赤く、トカゲのような形状の大きな手が左右二本ずつ肉の塊のようなものの横から生えていた。
尾は長く、先の方には骨でできたような大きな刃が付いていた。
そして何より、大きな目玉がついた頭部は地面にくっつけたままピクリともしなかった。
「やっぱりな。」
男はその生き物の背中に乗って後頭部を見た。
後頭部には刀で斬られたような傷があり、どうやらこれが原因で重い頭を持ち上げることが出来なかったらしい。
「あの状況でよくこんなこと出来たな………。」
血積の1番の弱点は、後頭部の筋肉だ。
この筋肉は、血積の全長の3分の1を占める大きく重い頭部を背中側から釣り上げるために付いている分厚い筋肉だ。
血積の重い頭部を持ち上げ、制御するにはとても重要な筋肉なのだが、残念なことに分厚い筋肉にもかかわらず強度が圧倒的に劣っているのだった。
そのためこの筋肉に、刃物などで傷を負うと、傷口が浅くとも頭部の重さによって一斉に筋肉の筋が切れ、最終的に頭部の制御不能に陥ってしまうのだ。
これを利用して、多くの兵士たちは血積を倒すときこの方法を試みる。
しかし、それもなかなかの至難の業なのだった。
なぜならこの方法を試みた兵士の多くは血積の最大の武器である尾に付いた刃で斬り殺されてしまい、ほとんど失敗に終わってしまう。
なのでこの方法を成功させるのは、熟練の剣の腕を持った兵士でなければ不可能だった。
しかし今回の場合は後頭部に横方向にしっかりと切ってある。
「これをやったのはまさかあの襲われた中の一人だったのか?いや、にしてもここまで綺麗に片付けられているとしたら血積の仲間が増える前にこいつはとっくに死んでるはずだ。」
なんとも言えぬ不信感が、男の頭を漂った。
「生きている………?」
もしかしたらこれをやったのは襲われた人々とは別の誰かの可能性がある。
そしてその誰かはこの先の街で生きているはずだ。
男はそう思った。
血積の死体の向く側に広がっていたのは、男が昨日までいたクルトルの街だった。
増えた分の血積は、街に行った可能性が高い。
普段は山に生息する血積は、街などの人が多く集まるところに集まりやすい習性がある。
「急いで山を降りよう。早くしないとまた誰かが食われる。」
男はそう言い、ふもとのクルトルの街に降りて行った。
はらのむしつかい 石越源蔵 @isikosi3834
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