10年後の侵略者

安全な猫

10年後の侵略者

「派手に騒ぎやがって……」

 白衣の研究員、パーシェル・ダナーは苛立ちと不快感を浮かべ、20代とは到底思えない苦々しい顔で呟いた。

「まあまあ、落ち着け。彼らも新しい何かに飢えているんだろう。その点では私たちも同じさ。なにより、今回のイヴェントは前代未聞だからな」

 研究室の傍らに佇むもう一人の男、その老人は、年と比例して肥大したその寛容さでダナーをなだめた。苛立つ若者と能天気な老人は、まるで雷雨と晴天である。

「しかし、ケヴィン博士。この事態はどう考えたって異常です。よりによって、こんな軍事基地に突っ込む馬鹿がいますか⁉」

 声が裏返ったヒステリックな若者の叫びを聞いた老人はどっと笑い転げ、研究室内は既に、発狂した若者と笑いの歯止めがきかなくなった老人によって支配されていた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


『臨時ニュースです。ネバダ州南部グルーム・レイク空軍基地に何らかの物体が高速で接近し、衝突または墜落したとの情報が入りました。隕石の衝突や航空機の墜落などの情報が入っていますが、情報が錯綜しており、現在、公式の発表は行われていません。皆様、正しい情報で行動するように……』


 ダナーを発狂させるまでに苛立たせた原因はこれだった。グルーム・レイク空軍基地、ダナーやケヴィン博士が属するこの施設において何らかのイヴェントが起こるということは、非常に特別な意味を持つ。

 なぜなら、この基地がエリア51と呼称され、たびたびオカルトマニアたちに騒がれる場所だったからである。そんな施設の研究員であるダナーは、未確認飛行物体U F Oの研究をしているだの、地球外知的生命体エイリアンと交流しているだの、本当にありもしない噂話をされることを最も嫌がっていた。その怒りが、エリア51を機密扱いするアメリカ政府自体にまで及ぶ男にとって、それこそUFOの墜落だと騒がれかねないような事件が発生することがどれだけ苦痛かは、想像するにたりなかっただろう。


 そんなこんなで、機密の縛りのせいで行動できず、苛立ちともどかしさを抱く基地内の人間たちに対して、ニュースが飛び込んできてからというもののバカ笑いを続ける博士は明らかに異常だったわけである。それを見て怒るのは当然だったし、博士もそれを理解していたが、どうやら博士はダナーのヒステリックさに耐えられなかったらしい。ケヴィン博士が試験のために装着している開発段階の軍用健康状態管理端末ソルジャー・ヘルスデバイスは、酸素量を示すメーターを赤くほてらせていた。

 メーターが危険域に差し掛かろうとした時である。研究室の扉が開いた。

「ケヴィン博士、こんな時に申し訳ないが仕事―――大丈夫か?」

「あぁ、すまない。取り乱した」

 黒服の男は少々困惑した顔付きで博士を尋ねた。きっと、二人のことを変人だと思ったのだろう。頭を掻いては、何度も腕時計を見やり、必死に動揺を隠そうとしている。ダナーも落ち着きを取り戻し、黒服の男に聞いた。

「こんな時に仕事ですか?」

 当然の疑問だった。各メディアが自身が属する施設の話題に沸騰し、基地内の人間が対応に急いでいるであろう中、なぜ仕事が入るのだろう、と。

「それが少々特殊でな……まあついてきてくれ」

 ダナーとケヴィン博士は手招かれるままに基地の地下へと進んでいった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 世間一般にはエリア51は軍事基地と称されているが、実際は研究施設としての役割の方が大きい。兵器であるかないかに問わず日々、研究・開発が行われ、博士が装着していた機械もまたその過程で生み出されたものの一つだった。勿論、それらも非公開なものだし、研究は機密施設らしく深い――そして無駄に広い――地下で行われる。なので、二人とも基地になにかが落ちたことなど知るわけもなく、しかも基地内の煩雑な情報伝達回路よりもニュースの方が早いという有様だった。そして、二人はそんな基地のさらに深い場所に招かれた。


「ここだ。仕事内容については―――中の人間に聞いてくれ。とにかく実物を見た方が早いな。百聞は一見に如かずシーイング・イズ・ビリーヴィング、よく言うだろ?」

 黒服の男は意味深なことを言い残した後に認証パスを電子錠に入力し、そそくさと去って行ってしまった。


「なんでしょうね、あの男。変なことを言って―――博士?」

 博士からの反応がない。先程、部下が上司に対してブチ切れたことを根に持っているのだろうか、ダナーは怪訝そうな顔を浮かべた。が、その疑問はすぐに晴れることになる。

百聞は一見に如かずシーイング・イズ・ビリーヴィング、か」

 博士はポツリと呟く。ダナーは驚愕した。

 同じく白衣を着た研究員とグローブを着けた作業服の人間たちが行き交う空間の奥、そこには奇妙な形状の物体が置かれていた。そして、その物体は正しく、あの忌々しきUFOそのものだった。


「ケヴィン博士ですね?」

「あ、あぁ」

 歩み寄ってきたこの場を仕切っているだろう研究員に対して、博士は拍子抜けした声で応答した。基地内の研究員よりも数十年長い人生を生きている博士であっても、この状況を把握することは難しいらしい。

「あ、危険とかはないですよ。放射線量計測器ガイガーカウンターで計測しましたが特に異常はありませんでした。危険な化学物質も検出されていません」

 違う、そういうことではないのだ、とダナーは必死に目で訴えかける。そんなダナーの沈黙の訴えも虚しく、その研究員は足を進めた。


「この物体―――いや、船は地球外のものとしか考えられないですね。船殻がところどころ損傷を受けていますが、地面衝突の時にできたものではないですし、墜落したなんて信じられませんよ。墜落する様子を撮っていた奴がいたんですが、ありゃ隕石のスピードです。あっ、もちろんそいつは射殺しました」

 類は友を呼ぶと言うべきだろうか。あまりにも間の抜けた語り口だったので拍子抜けした。呆気に取られている中、二人はライフルを持った二人の警備員が扉の両脇に立つ、物々しい雰囲気の部屋に連れられた。当然のように扉には認証パス式の電子錠が付いている。


「で、私たちは何をすればいいと?」

 結局、納得のいく十分な説明をされないまま連れてこられた博士は言葉に怒りを込めて例の研究員に聞いた。しかし、なぜか研究員は戸惑うような仕草を見せ、後頭部を2,3回掻いた後に口を開いた。

「船の中からカプセル状の独立したユニットが見つかってね。その……君たちにはその中にあった物体―――有機物を調べてほしい」

 ダナーは静かに舌打ちをした後、最悪のシナリオを想定して何度も深呼吸をした。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 来訪者は想像していたよりはグロテスクではない―――どちらかと言えば健全な見た目をしていた。ファーストコンタクトを経て初めて、二人はエイリアンの想像像が単なるメディアイメージであることを思い知らされた。


「君の来訪目的は?」

『人類への警告を行うためです』

「君は誰だね?」

『貴方たちがまだ名付けていない星系から訪れた侵略者です』


 来訪者はそう答える。

 あの研究員が言う有機物、それはやはりエイリアンのことだった。二人が部屋に入った時、拘束されていた来訪者は流暢な英語で『こんにちはハロー』と挨拶をした。コーティングが施されたヘルメットとスマートなスーツに身を包み、翻訳機コンパイラーと思わしき機械から流れる柔らかな英語で会話する来訪者は、グレイタイプやレプティリアンのいずれとも異なり、期待外れとは違うが何だか拍子抜けした。

 こうして二人は来訪者の接待(もちろん皮肉だ)をすることになった。


「分からないな。侵略者でありながら警告とは。何を警告するんだい?」

『我々が地球に対する攻撃を計画していることです』

「つまり、君は地球に対して宣戦布告する為に派遣された使者というわけか」

『それは違います』


 来訪者が英語で会話を始めたことには驚いたが、さすがに会話の感覚までは掴めていないのだろうか、博士インタビュアーとの会話がうまく噛み合っていない。博士も苛立ちを募らせているが、ろくな説明をしなかった黒服の男や研究員に対する不満もあり、口調には八つ当たりに近い過剰な怒りが含まれていた。人というのは非現実的状況に直面しても、その天性の適応能力でたちまちいつもの状態に戻ってしまうらしい。


「ならば単なる善意か? だがそうだとすれば君は自身を侵略者ではなく使者と自称するべきだと思うがね」

『私はあなた方から見た侵略者に分類カテゴライズされる一構成員です。私は地球への侵攻を目的とした集団の、先発部隊の隊員であり、それは全体を俯瞰した際に侵略者と呼称されるべきです』

「つまり、君は裏切り者か」

「そうです。現在の私の行動は、私が属する集団の目的に反した行動です」


 警備員と共に博士と来訪者の会話を眺めていたダナーは疑問を噴出させた。


「なら、何で裏切るなんてことをしたんだ? 君が乗ってきたあの変な物体。あれはかなり高度なテクノロジーが積まれているように見えた。君たちが高度な科学技術を持ち合わせているとして、それならば地球なんて簡単に攻め落とせるだろうし、君は裏切りなんてしなくて済む。なにより、君はそれを望んでいる奴らの集団の一員なんだろう?」

『単純な原理です。その行動は私の善意から生まれた決定です。それに、全ての者が地球への侵略を望んでいるわけではありません』


 腕を組み首を傾げていた博士が顔を上げる。


「取り敢えず本題に入ろうか。その、警告。詳細をまだ聞いていない。それを聞かなければ、私たちはどうすることもできない」

 来訪者は間をおいて分かりました、と答えた。

『10年後に侵略者たちはやってきます』

 来訪者は遂に警告を始める。

『私は先発部隊から脱走しここに墜落しましたが、本隊が到着するのは10年後です』

「先発部隊とは?」

『はい。私たちの部隊は本隊より早く―――つまり、今日地球に到着しました。既に先発部隊の宇宙船は破壊しています。その際に私の船は損傷を受け、ここに墜落する形になってしまいました』

「ハハッ、同胞を殺しても私たちを助けるのかい。しかも、船を壊したら本隊の連中に気づかれるだろう?」

『私の船には交信用のユニットが積まれています。あなた方でも、翻訳機を通せば偽装が可能です』


 来訪者は博士の皮肉は気にも留めていない様子だった。

 続いてダナーも口を開く。


「さっき言ったけど、それなりの科学技術があるんだろう? そんなのに俺たちがどう勝つって言うんだ」

『私たちは少数による奇襲を前提として侵略を計画しています。部隊は低軌道上に展開するので、あなた方が持つミサイルによる攻撃で十分撃退可能です。部隊の分布図は私が所持しています』


 博士は納得した様子だったが、すぐに口を開いた。


「残念だが、君の話だけで兵器の準備、ましてや世界で異星人を撃退しようと一致団結できるほど、私たちの社会は単純じゃない。こんな有り得ない状況に直面しても、戯言だと一蹴する奴が出てくる。それが人間ってもんだ」

『先ほど、あなた方の誰かが抜き取った船のユニットに、私ができる限り集めた科学技術の情報と我々の計画の詳細が記録されています。あなた方でも解析可能ですし、翻訳機も搭載されています。私がなんとか降り着いたここも、世界的に影響力のある集団が存在する場所だと判断したからです。どうでしょうか』

「そうか」


 博士はダナーにアイコンタクトを取り、席を立つ。


ありがとうサンキュー


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「博士、入ります」


 私は、ニューヨークのとあるホテルの一室の前に居た。エリア51の地下に籠っては研究に明け暮れていた私にとって、都市を訪れることはおろか、地上に出ることも久しぶりだった。

 鍵が開く音がしたが、博士は無言だった。

「えらい部屋を取りましたね」

 壁一面に張られたガラスが印象的なこの部屋に、博士は街並みを眺めるようにして背を向けて立っていた。部屋の各所に高級そうなデザインのインテリアが置かれ、相当に値の高い部屋であることが伺える。

 しかし、いくら高給取りといえど、上司――しかもケヴィン博士――が部下のためにわざわざ高級な部屋を取るなど考えられなかった。テーブルにはビンテージのシャンパンとアメリカでは一般的なデリバリーピザというアンバランスな組み合わせの食事が置かれ、疑問は深まるばかり。重要な話とも考えたが、このような部屋を用意しなくとも、無駄に機密性の高いエリア51で話せばいいわけで、わざわざ私を地下から引っ張り出す必要はない。


「やあ、ダナー君」

 私は驚愕した。振り向いた博士の顔は笑っているが、生気が全く感じられず青ざめている。しかし、その笑顔は作り笑いではなく本物の笑顔で、私は博士から狂人じみた空気を感じた。

「まあ、座りたまえ」

 そう言うと、博士はシャンパンをグラスに注いだ。博士の顔色を伺っていることを悟られぬように、私はピザをパクつく。

 対して博士は一切食事に手をつけない様子で、私が厄介なチーズを飲み込むと遂に口を開いた。


「あの、来訪者の話だ」

「彼が死んだことですか?」

 違う、と博士は首を振った。

 来訪者が地球を訪れ、私たちが彼からの警告を聞いてから半年が経つ。警告を政府に正式に伝えてから一か月後、来訪者が持ってきたデータのおかげで特に難航することもなく大統領令が発令され、既にアメリカ国内では異星人に抗戦するための軍が展開されつつある。アメリカが正式に異星人の存在と警告を公表したため、世界各国もアメリカに賛同した動きを見せていた。データに記載されていた科学技術も、その内いくつかは既に実用化にこぎつけている。

 一方、来訪者の方はというと、来訪から一か月弱、つまり大統領令が発令される少し前に殺されてしまった。一丁の拳銃と一発の弾丸と一人のエリア51職員によって、拘束状態にあった来訪者はなすすべもなく鉛玉を体内に撃ち込まれて死んだ。

 上の人間は異星人を公然に晒すのは危険だと考えたのか、来訪者をエリア51内に拘束して閉じ込めた。しかし、エリア51とて気が狂った人間がいないわけでもなく――ケヴィン博士然りあの研究員然り、類は友を呼ぶ――それなりのセキュリティ権限を持つ一職員は昔ながらのコルト・ガバメントで来訪者を射殺した。こうして来訪者は民衆の目にも触れることなく死んだ。


「じゃあ、なんですか」

 私は博士に問うたが、グラスを一気に飲み干した博士は私を無視して話し始めた。

「私はデータ解析チームに加わって、彼の故郷の星系図を調べ、宇宙船の推進機関を調べ、地球侵攻計画を調べ、地球までの経路を調べた」

 博士は再び立ち上がる。

「ダナー君、彼の高性能な翻訳機を覚えているか?」

 私は博士の問いを疑問に思いながらも、はいと答えた。

「あれは素晴らしいものだ。もちろん、仕組みも解析した。だが、いくら高性能な言語翻訳機でも欠点はある」

「なんですか?」

 博士は不気味な薄笑いを浮かべて言った。

だよ」

 私は凍り付いた。博士の行動、生気のない顔。アメリカは軍の展開を終えただろうか。世界に即時発射可能な大陸間弾道ミサイルI C B Mはいくつあるのだろうか。

「さあ、最後の晩餐といこう。このビンテージは我が家の家宝みたいなものだ。有難く思えよ? だが、私もアメリカ人だ。デリバリーのピザも恋しくてな」

 生気を失っていた博士はいつもの様子に戻り、ピザをパクつき始める。仕方がないので、私もそれに続いた。


「まさか、あの来訪者も時間感覚が我々より20倍も遅くて、10年が我々でいう半年だったとは思わなかっただろうなぁ」


 博士の背面にあるガラスには、空から降り注ぐ無数のプラズマと燃え盛るビル群が映し出されていた。

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