episode 14 クレア
「イグナイト・クレイモア」
戦いを躊躇している
業火のガルドという男は初対面で、姿を見てからまだ1分も経たないけど、相当強いということが体感的に分かった。
これまでの戦いは、幻獣という地球人が考える「怪獣」に近い生物ばかりが相手だった。唯一人と戦ったと言えるのは、影法師がまだ敵だった頃に一度だけ。それだって、私がまだ何の力にも目覚めていない頃の話で、防戦一方だった。
だから、これは本番の「対人戦」における最初の真剣勝負となる。
でもよりによって、その最初がこんな手強い相手とは!
ガルドの大剣の一振りで、すでに高層ビルがひとつ倒壊している。そのおかげで、道路上は巨大な瓦礫の塊りででこぼこに埋めつくされていて、まっすぐ走りながら敵に接近するのは困難な状況にあった。
そこで私は「光弾駿砲脚」を使わず、目標の50メートルも手前で踏み切って、大ジャンプを決行した。私の体は空中で大きな弧を描いて、ガルドの頭上に迫った。
私は、刀身が真っ赤に染まった剣を、ガルドの頭上から振りかぶった。もちろん、攻撃が決まれば相手が死ぬ渾身の攻撃だ。いくら紅陽炎の幼馴染みであり恩人とはいえ、情けをかけたり手加減したりする余裕はない。
相手の強さが分かるゆえに言える。全力でかからねばやられるのはこっちだ。
「ふんっ」
確かに、私は戦士として訓練を始めてから日も浅く、まだまだ未熟なのは自覚している。でも、自分にはレッド・アイの血が流れていて、その能力の発動を経験しいくつかの厳しい戦いを潜り抜けてきた経験からくる「自信」が芽生えてきたことも確かだ。でも今、そのささやかな自信はまさに吹き飛びそうになっていた。
いとも簡単に、私の渾身の攻撃が受け止められてしまったからだ。
ガルドのしたことと言えば、ただ両手に握った大剣(私の使うのもその部類に入るが、彼のものはその3倍ほどの大きさがある)を少し斜めにかざしただけ。私の剣を受け止める瞬間に、力を込めた逞しい上腕筋が隆起したことくらい。
この攻撃フェーズでは勝機はもうないと判断し、後方遠くへ飛んでから体勢を立て直した後で改めて攻撃方法を探ろうと考えた私は、三十メートルは距離を取るつもりで両脚に力を込め、思いっきりバックへジャンプした。
「…………!」
私は一瞬、自分がジャンプし忘れたのではと錯覚した。
なぜなら、ガルドが依然として私の前から姿を消さないからだ。
いや、私が動いていないのではなく、相手も私と一緒に飛んでいるのだ、と分かった時には遅かった。
私はガルドの剣を肩に受け、地面に垂直に叩きつけられた。
不幸中の幸いで、ヴァイスリッター先生から教わった「筋肉を硬直させることで鎧のような硬度にする」技を発動できたため、大事には至らなかった。しかし、ガルドの一撃は強力で、その防御力をもってしてもノーダメージにすることは不可能だった。
私は肩に熱を感じた。少しうつむいて熱を帯びた個所を見ると、出血していた。
もちろん、レッドアイのもつ特異体質ならこの程度の傷、10分ほどもあればふさがる。しかし、目の前の「最強の敵」を相手に、この後10分も次のダメージを受けずに戦える気がしない。
いかに回復が早いとは言っても、回復しきらないうちから次々にダメージを受けると、回復が追い付かないというだけでなく最悪な場合死に至る。
「うむ、剣筋は悪くない。だが、いくら素質があっても昨日今日能力に目覚めた程度では……このオレは倒せん」
いつの間にか、まだ立ち上がれていない私の背後に、ガルドは立っていた。私の顔に彼の影が差しかかったので分かった。今攻撃されたら、まず防ぎきれない。
思わず身を固くしたが、その後数秒何も起きなかった。
助かりはしたが、なぜかが気になって後ろに首を向けると、ガルドはちょうどこちらに背を向ける格好になっていた。
どうやら彼は背後から攻撃を仕掛けられ、それに対応するために私に背を向けたようだ。実にタイミングよく、紅陽炎がガルドの注意を引いてくれた。
しかし、ほっとしたのも束の間。紅陽炎の攻撃も、ガルドには通用しなかった。
「ふんっ」
私の身長ほどもある剣で、ガルドが渾身の一振りを見舞うと、紅陽炎の体は遠方まで飛ばされていった。もう、自分の命は自分で守るしかない。
そう思って近くに落ちているはずの剣をつかもうとしたけど……ない。
私の剣は思ったよりも遠くへ飛ばされてしまったようだ。ゆうに10メートルはあるだろう先の、倒壊したビルの壁だったらしい瓦礫に突き立っていた。食らったダメージのせいで、光弾駿砲脚を使う余力が残っていない。普通に走って取りに行ったのでは、ガルドに私を殺す気があれば余裕で立ち塞がれてしまうだろう。
雷破極斬閃
ガルドの周囲に、
リリスの魔法だ。でもガルドが動きを止めたのはたかだか3秒ほどで、すぐさまリリスの放つ電撃の射程外に飛び出てきた。
これでは、使い慣れた武器を取り戻せないままガルドに攻撃されることになってしまう。今彼の興味がリリスや紅陽炎に移れば一時的に助かるけど、そんなこと願うべきじゃない。それに私たち三人ともがガルドに対する有効な攻撃法を持たないということになれば、順番がどうあれ最後には三人ともやられるのだから!
どう……する?
私は、背中のリュックにさしてある美奈子ちゃんに渡すはずの「何か」のことを思い出した。幸いにも、激しい戦闘の中でも落ちずに残っていた。
その細長い物体を覆っている、革製のケースから急いで中身を出した。
メギドでラキアさんから託されたそれは「剣」だと予想していたのだが、果たして実際その通りだった。私の目の前に現れたのは、鮮やかな朱色の鞘に収まった片刃剣。日本刀のようにも見えるけど、その割に装飾が派手だ。
……お願い。美奈子ちゃんに渡す前で悪いけど、今力を貸して!
藁にもすがる思いで、私は鞘から剣を抜き放った。
刀身が、急に滲みだすような青い光を帯びた。
それどころか、刀を握っている私自身の体から、青いオーラのような光が放たれる。さっき大きなダメージを負ったはずなのに、それがなかったかのように感じるほど力がみなぎってくる。
「何だ、その妙な剣は」
一瞬、何か考えるような顔をしたガルドだったが、すぐに真顔に戻ってこちらへ突進してきた。計都羅轟剣(そんな名前だと知らないはずなのに、握った瞬間に私はそう口にしていた!)は私が愛用するイグナイト・クレイモアよりもずっと小さい。果たしてこんな細身の剣で、ガルドの巨体から繰り出す大剣の攻撃を受け止めきれるか?
その心配は杞憂に終わった。
私の体はほとんど衝撃を受けることなく、ガルドの斬撃を止めることができた。しかも、心なしか体が軽い。なので防御のすぐあとに間髪入れず攻撃の構えに移ることができた。
しかし敵もさる者、私の攻撃を後方にジャンプして剣先をかわした。
「ほう。変わった剣だな」
意外な展開に少々面食らった感じのガルドだったが、すぐさま落ち着きを取り戻したようだ。真の剣の達人は、メンタルも相当強いものなのだろう。
「お前がどんな武器を持とうが次は……決める」
しかし、ガルドは向かってこなかった。
「ちっ、誰か侵入してきやがった」
ん? 言葉の意味が分からない。
きっとこれは、今の私との戦闘に関係のない、彼だけの事情に関することだろうと思う。何か都合の悪いことでも起きたのを察知した様子のガルドは、チッと舌打ちをし、剣を肩に担いだ鞘に納め、こちらに背を向け走り去った。
その背中は見る見る小さくなっていく。ガルドがいかに速いスピードで走行しているかが分かる。追いかけたいが、不思議な剣のおかげで体力が回復してきたとはいえ、光弾駿砲脚を使うほどのエネルギーはまだない。
「リリス、追える?」
「……了解」
ここは、空を飛行できるリリスに追跡を任せよう。追って勝てる保証もないし、考えようによっては「命拾いした」と逃げることもできるが、この機会を逃すべきではないと私の勘が告げている。
有利なはずの戦いを離脱してまで、ガルドが優先させないといけない事情って何?
案外そのあたりに、本来紅陽炎の味方であるはずのガルドがおかしくなったことの答えがあるのかもしれない。
~episode 15へ続く~
虹戦記 ~レジェンド・オブ・レインボー~ 賢者テラ @eyeofgod
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