後編第一章『七つの悪魔』

episode 13 中畑先生

 クレア君のルーツを知る旅から、クレア君と遠藤刑事と私の三人で帰国した。

 滞在は一週間もなかったが、もう長い事メギドにいた気がしてならない。

 それだけ、メギドで過ごした日々が濃密な時間だったということだろう。

 私は、ファンタジー小説好きの普通の人間に過ぎない。それがなぜか、教え子であるクレア君が大変な事件の渦中にいて、気が付いたら深く関わっていた。

 あれだけすごい話を聞いてしまったあとで思うのは、「特殊能力や戦う力をもった者は問題解決に力を貸せるだろうけど、僕のようなただの人間に何ができる?」という思いだった。

 メギドへ旅立つ前は、クレア君を守りたい・役に立ちたいという一心で共に日本を飛び立ったのだが、いざこうして日本に帰国してみるとその気持ちはかなりしぼんでしまった。

 それは、もうクレア君を助けたくないというのではなく、「自分なんて何もしてやれない、敵に襲われたら助けてもらうしかなく足手まといな自分は、静かにこの件からフェードアウトしたほうがいいんじゃないか」と考えたから。



 これまで僕がクレア君と会う時は、学校の物理準備室で二人っきりの時が多かった。だから、僕みたいのでも何かしてやれる、という勘違いができたと思うんだ。でも、空港での対シャドー戦やメギドへの旅行で、この事件に関わるたくさんの能力者と出会った。思うにクレア君は、私よりも彼女らと接していた方が助けになるだろうし、有益なはずだ。

 ちょっとひがみっぽくて大人げないように聞こえるだろうが、僕は空港を出たら自然なタイミングを見計らって、クレア君から離れて一人で帰ろうと思った。クレア君にはどうせリリス君とか美奈子ちゃんとかが迎えに来てるだろうし、今後の戦いのことなんか打ち合わせられたら、それこそ僕みたいなのは身の置き場がない。



 麗子さんが僕らより早めに帰国していったことは、ちょっと助かった。なにせ、いる時には暇さえあれば一方的に話聞かされたからね! 麗子さんが実は化学博士だったことには心底驚いた。

 僕は物理専門だから畑は違うが、「科学」というくくりでは近いからか、麗子さんは自身の研究とか論文の内容を自慢げにしゃべってくる。確かに、他の誰かかが聞くよりは僕が聞いた方がある程度内容を理解してあげられる。でも、なんでもっと女子同士で会話せんのよ? 彼女、100のうち80くらいは僕としゃべってたぞ?

 僕に好意を持ってくれているから、たくさんしゃべりかけてくるのか、というとそうも思えない。言葉遣いは相変わらず上から目線の物言いだし。話す内容も、いかに自分の研究成果がすごいかという自慢話だし。

 だから、自分に気があるんじゃ? という勘違いは100%できない。



「武志さぁ~ん、どこへ行かれるんですかぁ~?」

 心臓が口から飛び出しそうなほど驚いた。

 空港のゲートを抜けた直後に、クレア君にも遠藤刑事にも告げずトイレに入り、三十分ほどこもった。そうしておいたら、「中畑先生、どこへ行ったかな?」「もう結構時間経ってるし、どこかに用事でもあるんじゃないかしら」ということになって、僕のことは忘れてもらえると期待してのことだ。

 なのに。なのに~! 男子トイレから出たまさにその場所に、立っていたのだ。あの、遠藤刑事が! しかも、武志って下の名前で呼んでるのはなぜ!?

 以前に僕の部屋で『週刊アイドルスマイル』を見つけられてしまった時のような、ばつの悪さに襲われた。

「あっ、いっ、うっ……」

「あら、まさか『あいうえお』って言いたいわけじゃないですよね~?」

 もちろんそんなことを言いたいわけじゃないが、もうからわれてもムッとする気にもなれない。

「さっ、これからお仕事、お仕事!」

 遠藤刑事はそう言って、僕の手を引いてずんずんと歩いていく。

「なん……です……とぉ」

 足がもつれないように歩くのが精いっぱいで、「なぜ」を問う人権は僕にはないようだった。な~んで警察関係者でもない一般人の僕が、遠藤刑事の「仕事」に付き合わなくちゃならんのか?

「うふっ、そこに『任務』があるからよっ」

 急に立ち止まってこちらを振り向いた遠藤刑事は、ただ一言そう言った。

 そうか。なるほど、任務があるからか。そりゃあチャンスは逃しちゃいけ——



 ああっ! もう少しで完全に遠藤刑事のペースに乗せられるとこだったぁ!

 オラぁ、そもそもその「任務」とはま~ったくの無関係ですからぁ!

 いけないいけない。彼女の笑顔には、男を幻惑する不思議な魔力がある。

 しかし、そう頭で分かっていないがらも、結局は遠藤刑事の望み通りに動くであろう僕の悲しい運命を、半ばあきらめの境地で受け入れていた。



 空港を出ると、広大な駐車場が広がっている。その向かって左脇に、自転車やバイクをとめる駐輪場がある。

「ハイッこれを被ってくださいな」

 ポン、とフルフェイスのヘルメットを渡された。その間に遠藤刑事は、自分のものらしいいかにも排気量の高そうな大型バイクのエンジンをかけ、またがった。

「メット被ったら後ろ、どうぞ」

 う、うしろに乗れってこと?

 ……ってことはそ、その、遠藤刑事の腰に手を回して、その……

 あ、大した速度でもなければ、別にしっかりしがみつかなくても後ろ、乗れたっけ。べ、別にみ、密着したいわけじゃ——



「ぎゃあああああああああああ」

 僕がタンデムシートにまたがったその瞬間。遠藤刑事はいきなりアクセル全開にした。後輪タイヤが耳をつんざくような音を立てて回転し、地面との摩擦でブスブスと煙が上がった。

 ガクン、とものすごい圧が僕の上半身にかかり、その直後バイクが弾丸のように飛び出していた。こういうバイクって普通、ローギアから順にシフトをあげていって、徐々にスピードを上げていくんじゃないの? バイクって最初からこんな無茶苦茶な速度が出るもんなの?

「さてね~これ戦闘用の特殊仕様車だからね~」

 なんかさっきからさ、僕が口にしていない質問にみんな答えてるよ、遠藤刑事。

「それだけ、気持ちが通じ合うってことかも。私たちって、もしかしてお似合いだったりして!」

「ちょ、ちょっとまってくらはいお」

 車体の振動で舌を噛みそうになる。後ろからスピードメーターをちらっと見たら、時速85キロ。おい、ここ高速じゃなくて一般道だよ?

「のわっ」

 信号が黄色に変わる直前の交差点を、車体を恐ろしい角度にまで傾けながら左折した。一瞬、バイクから落ちちゃうんじゃないかと思ったほどだ。

 結局僕は、両腕でがっしりと遠藤刑事の腰にしがみつくはめになるのだった。

「お、お母ちゃ~ん!」

「あの、もう少し下……」

 最初意味が分からなかったが、やがて僕が腕を回していたのは彼女の腰回りではなくバストまわりだったことに気付いた。



「……これからどこへ行くんです?」

 ずっと一般道を無茶な速度で走るのかとヒヤヒヤしたが、途中で高速に上がったので今は気分が落ち着いた。110キロが出ているとはいえ、車はまばらで順調に流れている。

「かなりの確率で敵のア・ジ・ト」

 一瞬、味のもとの間違いであってほしいと思った。

「そんなあああああああああああ」

 じゃあ、じゃあ僕なんか待ってないでクレアくんとか、美奈子君とか誘ったらいいじゃないかああああ!

 ま、理由聞いてもまた「そこに山があるからだ」的な答えしかもらえないと思ったので、この話題はあきらめた。

「と、ところで」

「なぁに?」

 お互いにヘルメット被ってるし、高速で移動してるし、会話をするシチュエーションとしては最悪なはずなんだが、なぜか僕らはそれほど苦も無く会話していた。

「ついこないだまで僕のことは『中畑先生』って呼んでいたのに、なんで急に下の名前に?」

 変に誤解したり間違った期待をしちゃいけないので、これは聞いておかないとと思った。

「ん? ああ、だって高校生のクレアちゃんとかには実際『先生』だろうけど、私には先生でもなんでもないでしょ? 実感もないのに先生、先生って呼ぶのも違うかなと思って」



 それ言うんだったら、「中畑さん」でもよくね? なんで下の名前?

 結局、答えになってない。



 ~episode 14へ続く~

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