第3章:第1節【灰竜シルベリウ】


 深い穴を落ちる。

 ウィルムは何度も、穴の壁面を蹴り、ジグザグに降りていく。

 上から、激しい激突音が聞こえるが、エイルなら大丈夫だろう。


 ウィルムは拒絶される事に慣れていた。この姿になり人間と仲良くなれた試しがなかったからだ。いや元々の姿も一方的に崇められていただけだった。それでも、ようやく会えた聖女がまさかあんなことになっているとは予想だにしていなかった。

 いや、でもどこかで、分かっていたように思えた。

 きっとあの子は……


 暗い穴の終端が見えた。最初は小さな光だが、徐々に大きくなり、そしてウィルムを包み込んだ。


 ウィルムの眼科にとても広い空間が広がっていた。ちょっとした平原とも表現しても差し支えないほどの面積に、天井までは高く、城の地下にこれほどの空間があったのがにわかに信じがたいほどだった。


 重力のまま落ちるウィルムだったが地面には深く灰が積もっており、そのまま着地。

 着地点に灰が舞う。


 ウィルムが身体を震わせ、纏っていた灰を払った。上を見上げると、落ちてきた穴が小さく見えた。これほどの高さ、下が柔らかい灰でなければ流石に怪我をしていたかもしれない。


 ウィルムの視線に3つの粒が現れた。粒は徐々に大きくなり、やがてそれは三つの人影となった。


  「ああああああ!! 地面が遠すぎでしょおおおおおお! 」


 レガートの絶叫がこだまする。降下訓練は行っていたとはいえ、パラシュートもなしにこの距離を落ちるのは流石に自殺行為だった。


 「うるさあああああい! 先に落ちたあの狼もぴんぴんしてるんだから大丈夫よ!! 多分!! 」

 「狼じゃ参考にならないですってえええええ!! 」

 「スコシア様は平気だからってずるいです! こんなに深いなら言ってください! 」


 落ちながら器用に会話する三人をよそに、ウィルムは素早く落下地点から離れた。

 そして元いた位置に、盛大に三本の灰の柱が舞い上がった。


 「ぺっ! 助かったけど、これ全部灰か? 口に入った……」

 「ほら、大丈夫だったじゃない」

 「「えぇ……」」


 灰を払う三人にウィルムが近付いた。


 「平気か? 」


 見たところ、大丈夫そうだったが、一応念の為、ウィルムはそう問うた。


 「……可愛い」

 「「はい? 」」

 「可愛い!!! 狼ちゃん!名前なに!? 家族は? 一人!? 」


 突然発狂したスコシアが目に止まらぬ速度でウィルムに飛び付いた。並の速度であればウィルムの身体能力と反射神経で避けられるのだが、そのあまりに常軌を逸した速さに油断したウィルムは一歩遅れてしまった。

 スコシアが飛び付いた勢いのまま、ゴロゴロと転がっていく一人と一匹。


 「もふもふ! すごい! 毛もサラサラで全然臭いもしない! 」

 「は、離れろ! 」


 もがくウィルムだが、人の力を遥かに超えている握力と腕力で抱きついているスコシアを振り切れずにいた。

 ウィルムの影が、蠢く。


 「離れろ変態! 」


 影から上半身を出したルーチェがその小さな手を握りしめて、スコシアへとパンチ。

 しかしその拳はスコシアの右手であっけなく止められた。そして、


 「出たああああ!! 影妖精!!! こんにちは!! 私スコシア!! あなたは!? 」


 無理やり握った手をブンブンと振ったスコシアだが、怖がったルーチェがぬるりと黒い影になると再びウィルムの影へと逃げた。そしてその隙にウィルムが渾身の力で、スコシアを振り払った。


 「ぎゃっ! 」


 少女らしからぬ声で、飛ばされたスコシア。そのすぐ横に素早くレガートとダリアが駆けつけると、二人でその肩を抑えた。スコシアが二人を振り払おうとするも、


 「「んなことやってる場合じゃないです!」」


 という二人の声に、渋々立ち上がったスコシア。

 離れた位置で警戒するウィルムと、影から顔の上半分だけ覗かせたルーチェの鋭い視線を見たスコシアは、


 「……私は敵じゃないわ」


 そう胸を張って言いのけた。


 「ウィルム、あいつやばいよ……」

 「同感だ……」


 「めちゃくちゃ警戒されているじゃないですか! 」

 「うるさい! スキンシップよ! 」

 「スコシア様、それより」


 わちゃわちゃと喋るスコシアとレガートだったが、ダリアがある方向を指差した。その方角には、大きな機械式の扉があった。


 「あれは……?」


 突如、採掘場に響く咆哮。ビリビリとその場にいた全員の鼓膜を震わせるほどの大音量。

 全員が音の方へと向いた。採掘場の奥にある巨大な扉。


 その巨大な扉が開く。


 「嘘、まさかもう」


 スコシアの呟きとその視線の先。


 全長20mに及ぶ体躯。薄汚れた白い鱗に覆われた竜がその姿を現した。

 だが、その姿はあまりにも全員の想像する竜とは違い、もっと醜くそして痛々しかった。


 拘束具と繋がっていたであろうパイプを無理やり引きちぎってきたかのように引きずっており、全身が傷付き、血を流していた。羽と尻尾は千切れており、半分潰れたその顔の頭頂部には薄青色の髪の女の上半身と、その横に立つ一人の少女。

 

 「うそ……」


 そのあまりに異質な姿に全員が動けずにいた。


 「さーてじゃあかるーくまずはこいつらから滅ぼしちゃおっか!」

 「ギュイアアアアアアアアアアアアアアアア」


 エステルの声と共に【灰竜】が潰れた口を開き、その千切れた翼を広げ、灰を撒き散らしながら怒号を発した。

 


 「エステル!」

 「ウィルム!今はそれどころじゃないよ!」

 「スコシア様!」

 「総員対竜戦闘用意!私とダリアで足を止めるから、レガート、あんたはあの小娘を頼むわ!」

 「いいんですか!?」

 「もう、あれは敵よ!特級装備の使用も許可する!」

 「「了解!」」


 【灰竜】がこちらへと突進を開始。

 スコシアが刃の無い柄を構え、ダリアも横でメイスを持ち、レガートは――

 一番近い位置の壁面へと走りだした。


 「あ! あの人逃げた!」

 「うるせ!俺は遠距離担当!」

 「ルーチェ、乗れ、エステルともう一度話すにしてもあの竜は邪魔だ!」

 「わかった!」


 ウィルムは一度拒否されたぐらいではめげなかった。もう一度彼女に追い付く為には、全速力で行く必要がある。ルーチェを影に入れたままではそれは難しいと判断し、ウィルムは彼女を背に乗せ、迫り来る竜へと疾走。


 「狼ちゃん! 巻き込まれないでよ! 」


 スコシアはウィルムの背にそう叫ぶと、持っていた柄をくるりと回し、刃があるはずの部分を地面へと向けた。スコシアの足元の灰がまるで吸われるように瞬時に舞い上がり、柄へと集まる。徐々にそれは刃のような形のなり、ついにその灰の刃は地面へと届く。その瞬間にスコシアが地面を蹴り、前方へと走る。


 気配を察知したウィルムが竜を正面とした右へと進む方向を変えた。

 

 スコシアの灰の刃は地面に接しており、ガリガリと火花を散らしながらもその周りの岩や土、そして地面に埋まっていた機械の残骸までも巻き込み、肥大化。走るスコシアの後ろに巨大になりつつある刃が続き、そしてその刃がなぞった先が大きな亀裂となる。


 スコシア専用装備【全天刃】。無機物であればを全てを吸引し刃へと精製する、この星の物理法則を無視した機構。その刃の長さ、大きさは彼女がその質量と重量に負け手を離さない限り制限はない。


 「はあああああああああああ! 」


 スコシアが裂帛の気合で【全天刃】を振り上げた。少女の見た目からはあり得ない程の膂力で巨大な質量が持ち上がる。天井には届かないものの、幅2m長さ10mにも及ぶその刃が直立し――

 

 真っ直ぐ正面へと振り抜かれた。


 風が悲鳴を上げる音と共に迫るその刃に竜はその巨体にそぐわぬ速さで左へとサイドステップ。

 【灰竜】の薄皮一枚のところを掠める刃が地面へと激突した。

 轟音が鳴り響き、地面が揺れ、灰が舞う。


 「まだまだあああああああ! 」


 スコシアが即座に【全天刃】を解除。刃の形を保っていた物質が砕ける。

 一気に軽くなった柄だけを左に薙ぎ払い、【全天刃】の力を再び解放。

 横に薙ぎ払われる柄の延長線上に先程砕けた刃が集められ、しなるように柄の払われた方向へと強襲。

 最速の横薙ぎが竜へと叩きつけられた。


 金属がぶつかり合う金切り音と火花を発生させながら、薙ぎ払われた方向へと竜が吹き飛ぶ。

 

 その様子をようやく壁面にたどり着いたレガートが横目に見ながら、壁面に設置されている作業台を登っていく。


 「相変わらず、規格外だなありゃあ」


 作業台のてっぺんまで行くと、レガートは素早く、狙撃銃を解体し、バックパックからいくつものパーツを取り出し、再び組み立てていく。


 「やれやれ、聖女に向けてこれを撃つとはね」


 組み上がったものは、元の狙撃銃より随分とゴツかった。

 とくに、銃身が元の細い物に比べ何倍も太く長くなっており、常人の腕力ではとても持てそうにない。

 銃身にアタッチされた三脚を展開し、レガートも伏せた状態でスコープを覗く。


 【灰竜】は思ったよりも素早く動いており、頭頂部にいる少女を狙い撃つのは難しいように見えた。


 「とりあえず、まずは足を止めるか……この感じだと、三発は撃てるか?」


 レガートの周りの空気が乾燥しはじめ、パチパチと何かが弾ける音が耳に届く。やがてその音は、紫電になり、レガートの周りに帯電しはじめた。


 バチバチと紫電が蛇のようにうねり、そして、そのゴツい銃身へと収束していく。

 銃身が、まるで口のように上下に開く。細長いワニの口のような形状に変化した銃身の中空を歯のように紫電が並び、銃身の上下を繋いでいた。


 そして、レガートが引き金を引いた。

 専用弾が二枚のレールとなった銃身の中空で電磁力により加速し、射出された。

 通常の銃ではあり得ない発射音と、熱量がレガートを襲うが、気にする様子もなく、レガートはスコープを覗く。


 「嘘だろ……」


 あり得ない光景を見たレガートが思わずそう、呟いてしまった。

 レガートがそのスコープ越しに見たのは、あまりに異様な光景だった。



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獣と聖女のルインスター 虎戸リア @kcmoon1125

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