第2章:第5節【王と竜】

 「しつこいな、無駄だってのに」


 鋭く重いゼテアの剣閃を、時に避け、時にいなしながらエイルは辟易していた。一旦後ろに引いたゼテアが再び蒸気を噴出しながら、突進。エイルは突き出されたゼテアの刃の横腹を右手の甲で叩き、無理やり起動を反らした。すれ違いざまに右手で掴んでこようとするゼテアの手を払う。


 エイルは全くの無傷だったが、それもゼテアも同じでまるで千日手のように同じ手を繰り返していた。


 「君は、こんな単調な戦い方をする奴ではなかったはずだったけど」


 まるで機械のように同じ動きを繰り返すゼテアに対し、なぜか攻撃はせず防御に専念するエイル。


 「……」


 エイルの言葉が聞こえていないかのようにゼテアは剣を振り上げた。兜でその表情は見えず、それが少しエイルを苛立たせた。エイルは隙だらけの上段振り下ろしをバックステップで避ける。地面を削る金属音と火花が空間に咲いた。


 「全く、つれない奴だな君は。思い出話の一つでもしたらどうだ? まさかあたしを忘れたのか?」


 ゼテアが前進しながら刃を跳ねるように床から振り上げた。


 「【冥王の星ミネルヴァ】の野郎、中途半端な蘇生しやがって。下も気になるし、


 眼前に迫る刃を、エイルは無造作に出した右手で、


 「あたしの顔が思い出せないなら、嫌でも思い出せるように遺伝子に刻んでやる」


 竜を斬る程の質量、速さを伴った斬撃を放ったはずのゼテアは、その剣先をピクリとも動かせなかった。歯車が空回りし、キナ臭い匂いと熱が放出される。


 そんなゼテアに向かって、エイルが放ったのはただの大振りなストレート。赤い光を残像に残しながら左のストレートはゼテアの分厚い鎧にぶつかると――爆ぜた。


 衝撃音と共に後方の玉座へと吹き飛ばされるゼテア。まともにエイルの一撃を喰らったゼテアの腹部の装甲は、半ば融解しており、紅く発光していた。背中の亀裂から蒸気が漏れており、歯車がいくつも歪み、不快な音を奏でていた。


 玉座の下で、倒れるゼテアにエイルがゆっくりと近付いていく。


 「昔を思い出すね、全く。あの時、警告したろ? 止めとけって。なぜ素直に聞かなかった?」


 エイルが、倒れているゼテアの兜を剥ぐように外し、後方へと投げ捨てた。


 「お前……いや貴女は……」


 ゼテアがエイルを見上げながら呟いた。


 「久しぶりだね、ゼテア」

 「……私を恨むか」


 ゼテアの沈んだ声にエイルは肩を竦ませた。


 「まさか。だが、まあでも君等は自業自得だな」

 

 エイルはつい最近の出来事かのようにあの情景を思い出せた。

 この国に起きた、悲劇。いや悲劇ですらなかった。

 最初の発端は、【竜子炉】の暴走だった。そもそも竜の持つエネルギーを変換し使用するという危ない綱渡りをしていたのだ、多少の暴走や事故は想定の範囲内だった。

 竜灰が発生するまでは。


 「君等は、【灰竜】を甘く見過ぎていた。その力を、何も知らなかった」

 

 竜灰。それは、【灰竜】の無限に近い熱エネルギーが生じる時に生まれる副産物。一見するとただの灰だが、それには生物を変質させてしまう性質があった。触れた物を、竜へとの変える力。

 あらゆる生物は、この灰に触れると変質してしまう。しかし、ほとんどのものがその変質に耐えられず、炎となり燃えてしまった。そうして燃えてしまったものは、また竜灰となる。

 竜灰がヴァザン城の地下から漏れると、それは瞬く間に首都ヴァザンを冒した。

 住民は、皆燃え、灰となるか、竜とも人間ともつかない化け物へと変質した。そうして感染者と呼ばれる化け物なった者達は、手当り次第周りにいる住民を襲いはじめた。空から降る竜灰、そして襲いかかる感染者。

 首都ヴァザンが廃墟になるまでさして時間はかからなかった。


 ヴァザン城もまた、同じ末路を辿った。

 

 「ヴァザン城も落ち、【竜子炉】が暴走、融解すればこの国一帯は地図から消えてなくなり、そして成層圏までに舞い上がった竜灰でこの星の生物は一匹残らず滅ぶ。それが最悪のシナリオだった。でもあたしは事前に何度も警告したはずだ。すぐに、止めろと」

 「分かっていた。だが、繁栄に、栄華に、歯止めがかからなかった」

 「でも、君は止めた。星の滅びを妹を犠牲に防いだ。だから、あたしはもう何も言えないよ」


 国が滅びゆくなか、ゼテアとその妹により、【竜子炉】は停止。その後、ヴァイザンズドア王国は亡び、首都ヴァザンは竜の爪痕として禁足地にされた。


 「私は、間違っていたのだろうか」

 「はっ、そんな事は知らないよ。ただね、またあの時と同じ事を繰り返すのだけは、許さない」

 「シルベリウは……戻ってきたのか?」


 悲痛なゼテアの声にエイルは力無く首を振った。


 「いや、もう戻ってこない。アレはもう、【灰竜】でもシルベリウでもない、ただの醜い化け物だ」

 「そうか……ならせめてどうか、もう苦しまないように弔ってやってほしい。私には、出来なかった事だから」

 「ああ。言われなくてもそうする。ついでにあの聖女と死に損ないもぶん殴ってくるよ」

 「貴女は……変わらないな、母なる竜よ……」

 「もう、寝ろ。君は、君たちは、もう十分やった」

 「ありが…とう……すまない」


 エイルは、何も答えず俯いたままのゼテアへと背を向けた。もう、ここに用はない。

 そのまま床に空いた穴へと歩み、そして何の迷いもなく飛び込んだ。


 「ああ……くそ、また前と同じだ。結局何も出来やしなかった」


 王座にゼテアの呟きが虚しく響いた。

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