第2章:第4節【混沌渡し】

「よっと」


 ヴァザン城地下、【採掘場】。


 その広大な空間に一人の少女が重力などなかったようにふわりと地面ヘと降り立った。


 「さてさてねぼすけさんは何処かな?」


 竜の遠吠えが答えるように響く。


 「――そう。あっちね」


 聖女エステルは灰の積もった地面をスタスタと歩いた。正面には機械式の大きな扉ががあり、奥へと続いている。歩行の邪魔になるような物は全て、彼女の前で左右へと独りでに避けた。


 「へーなるほど、これがヴァイザンズドアの発展の秘密ね」


 エステルが周囲をキョロキョロと見渡した視線の先。その空間は街が一つすっぽり入れそうなほど広く、壁面にはいくつもの作業台が放置されていた。

壁面をはまだら模様になっており、良く見ればそれがただの地層の違いによって生じた模様でないことが分かる。


 壁面には、無数の鉄の残骸が埋まっていた。

 それは、飛行機械であったり、戦車であったり様々であったが、ほぼ全て、兵器と呼ばれる類の機械であった。


 「“古戦場の跡地がマグマに飲まれて、そして山になった”、か。ふーん」


 エステルは自らの独り言に興味なさげに反応する。自分の中にいる同居者の解説を頭の中で聞きながら、扉へとその歩みを進めた。


 ここは【採掘場】と呼ばれており、、ヴァイザンズドア王国にとって最も重要な場所だった。最初は小さな鉱山街だったこの土地が大陸でも一、二位を争う大国にまで発展できた理由。それがまさにここだった。

 既に当時は文明が衰退していく一方だったため、この山に眠る兵器達はまさに宝の山だった。当時の技術ではその機械を完全に復活させる事は不可能だったが、その考えられないほど丈夫で軽い素材を使い、新たな兵器や機械を作り出すことには成功した。そうしてヴァイザンズドア王国は採掘できた希少金属と独自技術の力で発展したのだった。

 しかし、ここまでは当時の列強国と【十二氏族】でも予想できたことだった。おそらく旧文明の機械を発掘し、再利用しているのだろうと。しかし、一つ疑問が残った。明らかに、当時の技術水準を大きく超え発達した城と巨大都市。そして兵器群。一体どのようにしてそのエネルギーを生み出していたか。


 その答えは、エステルの眼前にある扉の奥にあった。エステルの前で、独りでに開く扉。奥には鉄でできた通路が続いており、天井には照明がついていた。

 エステルが通路を進む。カツカツと床を叩く足音が響き、エステルの頭上の照明だけが壊れているはずなのに点灯している。彼女が通り過ぎると再び照明は消えた。

 スポットライトのように光を浴びながら進むエステル。数メートルほど進むと通路が終わり、大きな部屋へと出た。部屋は球状になっており、通路は丁度球の真ん中辺りに繋がっていた。通路からは足場になっておりエステルは手すりのような物に手を起き、その部屋全体を見渡していた。


 「これが【竜子炉りゅうしろ】」


 それは、炉と呼ぶには、あまりに異質な形だった。

 部屋の中央には、巨大な物体が分厚い鎖によって天井から吊り下げられていた。


 その物体はかろうじて竜の姿をしていたが、顔は半分潰れており、前足、後ろ足、胴体全てに金属で出来た拘束具がその巨体をさらに大きく見せていた。胴体には鱗を突き破るように杭が何本も打ち込まれており、また幾本ものパイプが飛び出ていた。羽は右翼が根本からなくなっており、左翼も胴体同様に杭が打たれておりとても飛ぶのには使えそうにない。


 竜の拘束具からはいくつもの太いパイプが壁へと繋がり、そして部屋の上へと収束している。それは部屋から真っ直ぐ上へ、つまりヴァザン城へと繋がっていた。


 しかし何より異質なのは、その頭頂部。


 そこに裸の女性の上半身が埋められていた。

 白磁のような肌に薄青の髪。その目には光はなく、意思はないように見えるが、無理やり引っ張られているかのように背筋は真っ直ぐ伸びており、手は胸の前で祈るように組まれていた。女性の胸には何本かの管が刺さっており下の竜と繋がっていた。その管を赤黒い血が行き交っているのが見える。


 「かの伝説の【灰竜】も人の手にかかればただの動力源ってわけね。これで、あの馬鹿みたいな城と街を動かしていたわけだ」

 「そうでございますとも!」


 突如、部屋に男の声が響く。

 エステルがその発生源を探した。


 「ああ聖女様……そして母上……! お久しぶりでございます!」


 竜に繋がる、上半身のみの女性のそのすぐ横。そこに一人の男がいた。

 白髪交じりの黒髪をオールバックにしており、黒に白のストライプが入ったタキシードを来ていた。右目に微小な歯車をいくつも取り付けられた単眼鏡モノクルを装着しており、黙っていれば男前なのだろうが、その顔には下卑な笑いが張り付いていた。


 「そう! この竜の末路がまさに【竜子炉】! ああなんと人は業深い生き物なのでしょうか! よりにもよって火の星の竜血を動力源にするなど! わたしにはとても恐ろしくてできませんとも」

 「あんた誰よ」


 大仰な仕草で喋る男に冷ややかな視線を送るエステル。そもそも自分にこうも簡単に近付けるモノはいないはずなのだが。


 「おお……そういえば聖女様は初めてお会いしましたな! わたしは【混沌渡しカロン】と申します。【冥王の星ミネルヴァ】様の愛しき息子でございますとも! 」

 「……ちょっとなんであんた急に黙るのよ。息子でしょ? え? ああそう。別にいいけど」


 一人で喋るエステルに満面の笑みを浮かべるカロン。呆れた顔をしたエステルが諦めたようにカロンに話しかけた。


 「で、あんたなんでこんなとこいるのよ。そこにいると邪魔なんだけど」

 「おお! 確かに! これは失態ですな! 残念ながらお別れです、シルベリウ殿……」


 そう言いながら、カロンは横の女性の上半身をねっとりと撫でると、ひょいと跳躍した。


 「気持ち悪っ……」


 嫌悪感をあらわにするエステルの横に音もなく着地するカロン。


 「なにせ、あれは私の可愛い作品ですから……で! す! が! もちろん聖女様にお譲りいたしますとも。さっきから何度も赤ちゃんのように泣いて。やはり、寂しかったでしょうな。こんな地下で、動力源として命を吸われて。挙げ句、人間と融合させられて……ああ哀れな竜よ。せめて灰となり、散り給え……」

 「作品?」

 「ええ。私は母上のような素晴らしい力は持っていませんが、混ぜるのだけは得意でした。全く交わる事のない物同士の文字通り橋渡しをするのが私の役目なれば」

 「じゃあ、あんたがあの女性と竜を融合させたの?」

 「彼女たちがそうしてほしいと、願いましたがゆえに。だが、悲しいかな、いつだって芸術は理解されないもの……少し理性や知性がなくなり、暴れ回る程度なのに、わたしの可愛い作品を皆、駄作と呼ぶのです」

 「あんたが碌でもない奴って事だけは分かったわ」

 「ありがたき幸せ」


 慇懃にお辞儀するカロンを氷点下の眼差しで射抜くエステルだが、ようやくここに来た理由を思い出した。そう、こんな変態と遊んでいる暇はないのだ。


 エステルの目が暗く濁る。エステルの視線を受けた、無残な姿の【灰竜】の火が灯る。


  竜の眼と、人の目。爛々と幽鬼の光を灯す四つの目をエステルは慈愛の表情で迎え入れるように手を広げた。


 「さあ目覚めなさい、【灰竜】。その灰の翼で、今度こそこの星を覆うのよ」

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