第2章:第3節【冥王の星】

「お前には二つの選択肢がある」

 

 鏡の中の私が歪んだ顔で問いかけてくる。


 「二つの選択肢? 」

 「そうだ。十万人を犠牲にして十億人を救うという選択。もしくは、十億人を犠牲にして十万人を救うという選択 」

 「全員を救う方法は」

 「ない」


 わたしは答える。


 「なら、選ばない。最後まで私は、選ばず、全員を救う方法を探し迷い続ける」

 「その結果十億と十万人が死んだとしてもか?」

 「死んだとしても」


 わたしの答えに満足したかのように私は鏡の中で笑った。


 「なるほど、確かにに相応しい」

 「そんなものになりたくはないわ」

 「お前が望もうが望まなかろうが、聖女になる」

 「勝手なのね」


 「神とは、得てしてそういうものだ」

 

 「それもそうか」

 「さあ、行け、滅びの聖女よ。その歩みに幸あらんことを祈る」

 「神は誰に祈るの? 」

 

 「星に」

 

 鏡の中の私。 

 鏡の前のわたし。


 そこに違いなんてはありはしないのに。


 


 「レガート! カバー! 」

 「分かってますよ! 」


  ヴァザン城一階。廃墟と化した大広間に戦闘音が響いていた。


 スコシアが持っていたパイプを思いっきり上段から振り下ろした。それをスコシアの眼の前にいる敵がその腕で受け止めた。

 その敵は一見すると、感染者のようだった。しかし、身体のところどころが機械と融合しており、巧みにその機械部分でスコシアの凶悪の一撃を防いでいた。

 しかし、その隙を狙って放たれた銃弾が機械に覆われていない腹部を貫通。うめき声を上げながら後退する機械化感染者の頭をスコシアがパイプで薙いだ。パンっと弾けた音と共に頭部が消失。それと共に折れ曲がったパイプをスコシアは背後に投げ捨てた。

 

 「ち、厄介ですね、こいつら! 」

 「蒸気装甲を着たまま竜灰に感染したんでしょうね! ああもううざったい! 」


 ダリアもメイスを振り回し、応戦するが、これまでの個体と違い、明らかに戦い慣れており、苦戦を強いられていた。おそらく、この城の衛兵の成れの果てだろう。理性と人間性を失ってもなお、城を守るという命令だけを忠実に守っていた。


 「とにかく、真面目に相手していたら夜が明けるわ! さっきの竜の声は間違いなく【灰竜】よ! 」


 スコシアがそう叫ぶと、今しがた倒した感染者の死体を掴み、前方に投げた。巻き込まれた感染者達が吹き飛ばされていく。それと同時に三人が疾走。大広間の残骸を抜け、前方の巨大な機械仕掛けの扉へと駆け抜ける。

 大扉は無残に縦に裂けており、人一人分が通れるほどの隙間が空いていた。


 「ダリア!【竜の瞳】は!? 」

 「光っています! おそらくすぐ近くかと! 」

 「しかし、良いのですか!? 聖女は接触厳禁なんじゃなかったでしたっけ!? 」

 「この状況でそれを守るのは無理よ! 」


 大扉の手前。後少しで辿り着くというタイミングでスコシアの視界の右側に二つの影が大広間に飛び込んでくるのが見えた。


 「忙しい時に! 」

 「げっ! 【朱星アレス】と例の狼です! 」


 大広間に飛び込んできたのはエイルとウィルムだった。二人共、スコシア達の姿を確認し、驚きの表情を浮かべていたがすぐに切り替えて、スコシア達の方へ向かってきた。

 

 「こっち来てますよ! 」

 「分かっているわよ! 影妖精は!? 」

 「いません! 」

 「ってことは大方影にでも隠れているんでしょ! 」

 「どうします!? 」

 「敵をこれ以上は増やせないわ! 向こうから手出しが無い限り無視して! 」


 そうしてスコシアを先頭に大扉をくぐった三人。

 エイルとウィルムは大扉へと続く階段を走る。後方には感染者と殉教者の群れが乱戦しながらこちらへと波のように押し寄せていた。


 「ウィルム! あの扉の隙間を抜けるよ! 」

 「先に入った者達はどうする!? 」

 「こっちから手を出さなければ、大丈夫なはずよ! 」

 

 エイルとウィルムが大扉の隙間へと飛び込む、しかし、通り抜けた瞬間、


 「さっさとどきなさい! 」

 

 大扉の横で待機していたスコシアが巨大な瓦礫を持ち上げており、ウィルム達へと振り下ろした。振り下ろされた瓦礫はウィルムのすぐ後ろに迫っていた感染者と殉教者をそのまま潰し、大扉の隙間を塞いだ。

 王座の間に、衝撃音が響き、やがて静寂になった。


 「凄いタイミング」

 「いや私の尻尾が巻き込まれかけたぞ」


 エイルとウィルムの会話をよそに、スコシアは少し距離を取り、剣の柄を構えた。ダリアもメイスを構え、レガートはいつでも銃を抜ける体勢で待機していた。


 「それでエイルどうするこの状況」 

 「んーまさか鉢合わせするとはねえ」


 「どうしますか、指示を」

 「待機よ、こちらから仕掛けたら駄目よ」

 「了解致しました」


 二つの陣営が見つめ会う。数秒ほど過ぎ、どちらも動かずにいると、突如玉座から声が響いた。


 「へーなにこれ。なんか面白いことになっているね」


 玉座の横に立つ一人の少女。栗色の髪に茶色の目。どこにでもいそうな少女だが、その目には尋常ではない光が宿っていた。玉座には鎧を纏った女の死体が剣を持ちながら座っていた。まるで生きているかのような死体だったが青白い顔と窪んだ眼孔がその確かな死を物語っていた。


 「こんにちは、皆さん。はじめまして」


 そう少女は微笑むと、ゆっくりとお辞儀した。


 「貴女が、エステルか? 」

 

 ウィルムが一歩進み、少女に声をかけた。

 

 「……?なぜその名を知っているの? というよりえ、犬? なんで喋れるの? 」


 一瞬驚いた少女が目を輝かせてウィルムを見つめていた。


 「犬ではない、狼だ」


 「いやどっちでも良いでしょうよ……」

 「レガート、あんたは黙ってなさい」


 スコシアがレガートを小突いた。


 「私は、アヴィオールに代わり貴女を救いにきた」


 ウィルムがそう告げ、少女へと歩みよる。しかし少女は数瞬ほど思案したのちに口を開いた。


 「……ああ、あののことね。あはは、まだ生きていたんだあれ」


 無邪気に笑う少女に、ウィルムは足を止めた。


 「いや、アヴィオールは死んだ。私の腕の中で」

 「そう。ああそういえばあれ、狼とか犬とか好きだったもんね。なんだっけ、生まれ変われるなら狼になりたいとかなんとか」


 吐き捨てるような言葉にウィルムが怯む。しかし、思い直し、再度少女へと声を投げかけた。


 「エステル。もういいんだ。世界なんて、星なんて救わなくいいんだ。そんな物を誰も願ってはいない」


 ウィルムの訴えが静かに響く。


 「まださ、決めていないんだよね。には星を救えって言われるし、でもそうすると人類、。どっちも救う方法がないかなあって考えてたけど……」


 少女が自分の頭を指差しながらにやりと顔を歪ませた。それは年相応の少女が浮かべる表情ではなかった。その歪んだ笑顔に、ウィルムは少女の意思がないように思えた。

 

 そんな少女へと、エイルが前に一歩出た。

 

「ちょい待った。あんたが何をしようと、しているか知らないけど、静かに寝ていた者を起こすのは許されない行為よ」


 エイルの声に反応した少女の口調が、変わった。


 

 「誰かと思えば…随分と久しぶりだな【火の星エギュベル】。まだそんなつまらない枷を背負っているのか?」


 少女の目が言葉を発するたびに暗く濁っていく。暗い暗い、冥府の色に。


 「お前は…まさか【冥王の星ミネルヴァ】か」


 エイルの目が見開いた。そしてその言葉にスコシアが反応した。


 「嘘よ! 【閻王星プルート】は千年も前に滅んだはずよ! 」


 スコシアの悲痛な叫び。その顔には絶望が色塗られていた。 


 「ほお、まさかまだあの哀れな【人形】が生きていたとは……主亡き今もまだ忠実に命令を守っているとはな……だが、誰が喋って良いと言った?殺すぞ 」

 「……っ!」


 少女の皮を被った何かに睨まれ、スコシアは悔しそうに口を噤んだ。よく見れば、刃のない剣の柄を握るスコシアの手は震えていた。そんなスコシアを見るのはレガートもダリアも初めてだった。


 「さて、【火の星エギュベル】、どうだ? 昔のように、また暴れないか? もう一度、繁栄と栄華を我等竜族に」

 「はっ! 自分の星一つすら持続出来なかった負け犬が。同じこと何回やったって無駄だとなぜ気付かない? 」

 「ああ、そうだった。お前はいつでもそういうやつだった」


 エイルが少女を睨む。しかし少女は気にすることなく、肩をすくませた。


 「……で、話は終わり?あんたらの事情はよくわかんないし、割とどうでもいいんだけど」


 少女の目に光が戻った。退屈そうにあくびをしながら少女はそう呆れたように元の口調で話した。


 「エステル!目を覚ますんだ。貴女は、何かろくでもない物に取り憑かれている! 」


 ウィルムが少女へと更に近付く。その視線には悲痛な願いが込められていた。しかしそれを受けた少女が苛立つように叫んだ。


 「うるさいなあ! いきなり現れて、救うだの目を覚ませだの、何を言っているの!? 私にはやらなければいけないことがあるの! だから! 」


 少女の怒りが王座に響く。


 「だから、とりあえずあなた達全員、――

 

 地下より咆哮。


 「ウィルム、下がれ! 」


 エイルの声に反応し、ウィルムが素早くバックステップ。先程まで立っていた場所の床から膨大な熱量を伴った極光が立ち昇り、辺りを崩壊させながら天井を突き抜けた。


 「私は下の妹さんに用事があるので、じゃあね。あとは【蒸王】、よろしくね」


 少女はそう宣言すると、たった今空いた床の穴へと自ら落ちていった。


 「まずいわ、あの女【灰竜】を解放する気よ! 」


 スコシアがそう叫び、穴へと駆け寄る。

 

 「エステル……なぜ……」

 「スコシア様、このまま飛び降りますか!? 」


 それぞれが、これからの対処に思考をやる中、エイルだけが玉座を睨んでいた。 


 「随分と、騒がしいな。一体ぶりだ? 」


 玉座から響く、錆びた声。


 「嘘でしょ……」


 スコシアの呟きを前に全員が見つめる中、王座に座る死体が動いた。玉座の背面に掛けてあった兜を手に取り、立ち上がった。顔色は青白いままだが、眼科には暗い炎が宿っており、背中へと伸びる薄青の髪は風もないのになびいていた。着ている鎧の各部位には歯車とパイプが走っており、左手には機械仕掛けの剣、そして右手には複雑な機構を宿した篭手を付けていた。背中からシュウ……と静かな音と共に蒸気が排出され、鎧の歯車が動きはじめる。


 「【蒸王】ゼテア……」


 製鉄、機械工学、そして熱エネルギー学。全ての技術の粋を集めた、ヴァイザンズドア王国の最終兵装。蒸気装甲【ツイカ】、それは【蒸王】のみに使用が許された兵装で、竜すらも屠ったと伝わっていた。


 「我が罪、我が妹に仇なす者は貴様らか? ならば一人たりとも、生かしてはおかぬ」

 

 【蒸王】が左手で持つ兜を被り面頬を下ろすと、鎧の背部と足の裏から蒸気が噴出された。蒸気の噴射によってその巨大な質量に関わらず、人にはありえない圧倒的な加速でこちらへと迫ってくる【蒸王】。

 エイルが飛び出る。


 「ウィルム、行け! 君しかあの聖女は止められない! 」

 「エイル……ありがとう」

  

 ウィルムが穴へと飛び込む。


 「君達も行きな。利害は一致する、あいつを助けてやってくれ」


 「……それは約束しかねるわ! ほら、私達も行くわよ! 【灰竜】を止めないと、世界が滅びる! 」

 「「了解です! 」」


 スコシアの声と共に三人が穴へと飛び込んだ。眼前へと迫るゼテアの剣。巨大な質量に速度が乗るだけでそれは致命の一撃となり、竜の鱗すら引き裂く斬撃と化す。


 「さって、とやらが本当かどうか試してやろう」


 エイルは不敵な笑いと共に目前まで迫った剣を間一髪躱した。

 【蒸王】は空振った勢いを無理やり腕部の蒸気噴射によって回転運動に変え、振り返りながら剣を薙いだ。エイルは迫る水平の斬撃を、足の裏で受け、


 「【灰竜】すら殺しきれなかった貴様に、果たして勝ち目はあるかねえ」


 剣を地面へと縫い付けているエイルの足を赤い鱗状の光が覆っていた。

 

 そしてエイルは挑発するように指をクイクイと上げた。


 【蒸王】は答えず、剣を握ったまま、バックステップし、エイルの足から逃れた。一旦距離を取り、再び、突撃の構えを取る。背部から排出される蒸気が唸る。


 こうして玉座での戦いの火蓋が切って落とされた。

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