第2章:第2節【母星】
「おはよう、【蒸王】様」
少女の声が朽ちた玉座の間に響いた。滅びの聖女エステルがゆっくりとその玉座へ歩む。
王座のあちこちから蒸気が漏れ、赤い光がそこかしこで点滅していた。
エステルが、王座の前でその歩みを止めた。
王座には白骨化した死体が座っており、機械仕掛けの鎧と剣が横に立てかけてあった。
「栄華の為に【灰竜】を利用するだなんて本当に……馬鹿だわ。私だったら絶対そんな危ない橋は渡らないもの」
エステルの声が響く。
さて、とエステルが呟いた。彼女自身はこの先どうするかをまだ決めかねていた。全員を救うなんていう虫の良い話は御伽噺の中にしか存在しないことを良く知っていた。
――だから。
「起きなさい【蒸王】、起きなさい【灰竜】。――星を、救いなさい」
聖女の声が響く。
その遥か下から、応えるように竜の咆哮が、城を揺らした。
☆
「ああもうキリがないわね! 」
「……っ! ですね! 」
スコシア達が廃墟を抜け、城の正面を走っていた。迫りくる感染者をスコシアが掴んでいた殉教者で殴り飛ばし、ダリアがその後方へと迫る感染者をメイスで撲殺。レガートは二人の少し後ろから更に近付く者に拳銃で牽制をしていた。
辺り一帯は混沌の極みのような状況だった。殉教者と感染者の群れがぶつかり合い、そして乱戦となっていた。
「とにかく、このまま直進!」
「いやあの橋倒壊してますよ? 」
「何とかするから! 」
お互いに怒鳴り合いながらも息の合った攻撃で的確に進路上の敵を撃破していく三人。しかし東の方で、爆音と空に走る爆炎の柱が見えると、わずかに動揺が見えた。
「あ、れは……」
「やはり【
レガートとダリアの口からこぼれた言葉にスコシアは思わず舌打ちをした。
そうでなければ、どれだけ良かったか。
「【
この星にはかつて古竜というものが存在した。それらが何処から現れ、そして何処へ消えたかは定かではないが、それらについての文献や記録はあまりにデタラメが多く、よくある神話や作り話の類だと思われていた。大陸の半分を一瞬で砂漠にし、そして尋常な生物の寄り付かぬ沼地へと変えたと言われる【水】の古竜。標高四千メートルクラスの山脈を水平に真っ二つに切ったと言われる【金】の古竜。そして人を竜へと変える灰をばら撒き星を滅ぼしかけた【火】の古竜。
しかし、スコシア達十二氏族は知っていた。それが全て紛れもない真実であると。
「……! 【母星】ですか!? それは……」
古竜は様々な姿をしていたと言われているが、いつからか、その姿は歴史の表舞台から消えた。しかし、常に歴史を作ってきた十二氏族は、彼女らが人の姿になり、ひっそりとこの星でまだ生きている事を知っていた。ある者は自らの力を憂い、ある者はその力に飽き、そのある者は枷として人の姿を選んだ。
十二氏族は、数少ない資料から、古竜達が派閥に分かれている事を知っており、その派閥の頂点を【母星】そしてその下の古竜を【衛星】とランク付けた。そしてそれと思わしき個体が確認された時は、個体名とランク付けをし、この世界への影響がないか監視することが十二氏族の重要な役割の一つだった。世界の形を一変しかねない力を持つ生物を野放しにするほど彼らは甘くなかった。
とはいえ、もはや人の姿になった古竜達の力を測るのは難しく、現在十二氏族の中でも把握している古竜の数は僅かだった。そのなかでも最も【母星】である確率が高かったのが【
「元々【
「ですが、【衛星】の可能性は!? あの程度の炎ならば【衛星】でも可能じゃないですか? 」
「……確かにそうね。だからあくまで私の勘よ」
「スコシア様の勘は当たるからなあ……」
前方にいた敵を撃破した三人の眼の前に、巨大な橋が架かっていた。しかし、その橋は倒壊しており、マグマの川によって城への道は遮られていた。
「スコシア様、あれは」
ダリアの指差す先に、淡く光る足跡があった。それは橋の真ん中を通り、倒壊した部分の何もないはずの空にも足跡が続いていた。まるでその時にはそこに足場があったかのように。
「聖女の軌跡。ここまではっきり見えたのは久しぶりね。もう相当近くにいるわ」
「んで、どうします?スコシア様ならともかく俺ら二人がこの距離を飛ぶってのは無理ですよ」
「分かっているわよ。モタモタしてたらまた雑魚共が追い付いてくるし、これ使うわ」
そう言うとスコシアは腰にぶら下げていた柄を手に持った。剣の柄のようだが、刃がなく、とてもではないが武器として使えるように見えない。
「俺ら巻き込まないようにしてくださいよ? 」
「善処するわ! 」
そしてヴァザン城一帯に、巨大な質量がぶつかり合う音と共に、地面を揺らすほどの揺れが起きた。
☆
ヴァザン城裏手。ヴァザン城は、左右を崖に囲まれており、そのまま背後の山へと飲み込まれているような立地になっていた。城と山の境には、おそらく昔は鉱山の坑道だったであろう通路がそこかしこに空いていた。
東の平原を抜けた、ウィルム達はエイルの案内のもと、坑道の中にいた。
坑道の少し広くなった空間の上部に小さな横穴があり、そこに三人は息を潜ませ、隠れていた。坑道には感染者がうろついており、まともに動けばすぐに前後を挟まれてしまうだろう。
「大丈夫かルーチェ?」
「うん……ごめんね。力を使うのは久しぶりだったから」
伏せた状態のウィルムに、ルーチェは憔悴した顔で背を預け座っていた。先程使った【光蝕】の反動だけではなく、鞍も何もなくずっとウィルムの背中にしがみついていた為、ルーチェはかなりの体力を消費していた。
「いや、悪かった。そこまで消費していたのに気付かなかった。あたしのミスだ」
エイルが申し訳なさそうにそう言うが、ルーチェは力無く首を振った。
「ううん、あの場ではああするしかなかったもん。最近修行サボってたからなあ私」
ルーチェが力無く笑った。
「さえ、とりあえず隠れる場所を、と思ってこの坑道に入ったが、さてどうしたもんか」
「聖女は、どこにいるのだろうか」
「……おそらく、だがヴァザン城の何処かだろうね。目的が分からない以上、それ以上は絞れないな」
「ここからヴァザン城へはどう行けば良い?」
「この坑道は、旧ヴァザン鉱山に繋がっていて、そこと城も繋がっている。だからこのまま進めば、城に行けるが……」
そう説明するエイルが浮かない顔をしていたことに気付いたウィルム。
「何かまずいのか?」
「あー、なんというかそうだねえ、この道しかなかったものの、あまり気の進まないルートなんだよ」
エイルがそう告げた時、地下から、竜の遠吠えが坑道に響いた。そしてそれと共に衝撃音と地震のような揺れが起こり、天井からぱらぱらと石が振ってきた。
「今のは!? 」
「いや、まさか……聖女の目的は……」
エイルが絶句しているのを見てウィルムは、事態が急変しそしてより悪くなっていることを察した。
「ルーチェ。この先何が起こるか分からない。だから、私の影に潜むんだ」
「ウィルム……でもそれをするとウィルムに負担が……」
ウィルムが優しい目で首を降ると、構わないとルーチェに告げた。そうしてルーチェはしばらく思案したのち、ありがとうと言い、ウィルムの影の中へと入った。とぷんと、ウィルムの影が波打ち、そしてルーチェが消えた。
「影に入られるという中々慣れないな」
ウィルムが渋い顔をするも、すくっと立ち上がった。
「エイル、私は聖女に合わなければいけない。貴女はどうする」
「……あたしには、助けなきゃならない娘がいてね。今まで静かに眠っていたのを無理やり起こされたらしい。ならば、再び眠らせてやるのも、母の役目なんだ」
「貴女もどうやら難儀な物を抱えているようだな」
「はん、君には負けるよ。さてどうやらあたしにも聖女に合う用事が出来たみたいだしそこまでは協力しよう。ウィルム、気付いているか? その首元のペンダントが光っていることを」
エイルの視線の先にあるウィルムの首元のペンダントが淡く発光していた。
「それはね【竜の瞳】って石が埋めれていてね。あの聖女の軌跡に唯一対抗できる代物なんだ」
「このペンダントが?」
「そうあの聖女にはおそらく厄介なもんが取り憑いていてね、そいつの力のせいで中々近付けないんだ。だけどそれがあれば、その力に対抗できる。今そうやって発光しているということは、既に何かしらの干渉を受けている証拠さ」
「なぜ、それを貴女が知っている……いやもはやそれも愚問か」
「あたしが何者かは、もう別にいいだろうよ。君が何者なのかを考えるぐらい今は無駄な行為だ」
「……そうだな」
「行こう。こっから先は手加減なしで突破する」
「ああ」
ウィルムと、エイルが横穴から飛び降りた。着地と同時に、前方の通路へと疾走。これまでと比べ、ウィルムの走りが多少遅いものの、二人は感染者達に目もくれず、ただ真っ直ぐに進んでいった。
その二人の目に焦りはなく、しかしひたむきな何か炎のような物が宿っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます