第2章:第1節【そして目覚めの喇叭が鳴る】
「シルベリウ! それ以外に道はないのか!? 」
「ゼテアお姉様……それは貴女が一番分かっているはずですよ」
肌が焼ける臭い。目を刺す光。さながら地獄のようだが、二人の女はそんな事を気にせずに手を取り、見つめ合っていた。
「くそ……こんなはずじゃなかった 」
「仮初の繁栄だったんです。これで終わりにしましょうお姉様」
「シルベリウ。妹よ、私が罪よ。私は未来永劫、この罪を償い続けよう」
「では、私も。灰竜となりて、せめてあいつらに、一矢報いましょう」
「行こう。国が滅び、王だけ残るなど滑稽に過ぎる」
「それではゼテアお姉様、達者で」
「ああ。心配するな、私がいつまでもいつまでも、お前を守り続ける」
白光が辺りを包み込む。聞こえるのは機械の稼働音、そして寂しげな竜の遠吠え。
☆
禁足地【ヴァイザンズドア】、監視壁。その壁の上に三人の人影が動いていた。
「既に、殉教者も一定数入り込んでいるようです。おそらく北東の聖女の軌跡により破壊された壁からでしょう」
「ち、間に合わなかったか」
インカムより報告された【ガルブレイス】からの索敵結果にスコシア、レガート、ダリアの三人がため息をついた。出来れば、無駄な戦闘を避けたかったが、殉教者が入り込んでいる以上、戦闘を回避しつつヴァザン城まで行くのは非効率過ぎて、何より時間がかかり過ぎる。素早くスコシアはそう判断すると、
「愚痴っても仕方ないわ。総員、戦闘用意。一気にヴァザン城まで駆け抜けるわ」
レガートとダリアに指示し、真っ先に壁の内側へと飛び降りた。ふわりと地面に積もる灰が舞う。同時にダリアがスコシアの横に着地した。
「ここで狙撃します?どうにも視界が悪くて、1キロも離れたら難しいですよこれ」
狙撃銃を構えたまま壁に残ったレガートだが、どうにもここは狙撃に向いていなかった。吹雪のように舞う灰に風。さらに夜ということもあり、辺りは薄暗く、精密射撃する条件としては最悪だった。
「何あんた一人楽しようとしてんのよ。出来るところまで狙撃で援護、その後合流よ」
「いやそれ合流まで俺一人じゃないですか……」
「気合よ」
「へいへい」
レガートにとって無茶ぶりはいつもの事だった。走り出すスコシアとダリアを視界に入れつつその進路に潜む者がいないか索敵。
「は、良い的だよほんと」
百メートル程先。瓦礫と廃墟の間の大通りに群れになってぞろぞろと歩いている殉教者の背中が見えた。
「さって始めますか」
レガートの呟きと同時に、発砲音。百メートル先の殉教者が縦に数人同時に倒れた。
すぐに薬莢を排出し、次弾を装填、発砲。
レガートが次々と殉教者を排除している間にスコシアとダリアが廃墟の間を疾走し、殉教者の群れの背後へと襲いかかった。
ダリアが両手にメイスを構えると、舞うようにそれを振り回す。そのたびに殉教者の頭や腹が吹き飛び、さながらダリアを中心とした暴風のような殴打。ダリアのメイスが殉教者へと命中した瞬間、メイスの衝突面に掘られた回路が淡く光り、そして消える。
スコシアは当たりは消え、当たりは消えを繰り返す点滅の嵐をかいくぐるように進んだ。的確なダリアの攻撃とでたらめに振り回している殉教者の杖をひょいと屈んで避けると、素早くその殉教者の足を掴んだ。スコシアはまるでそれが棒かのように振り回し、肉と肉がぶつかり合う嫌な音が響く。
スコシアが何体かを吹き飛ばしたあと、いつの間にか足から胴体がちぎれてしまったその武器を放り投げ、また違う殉教者の足を掴んだ。
先頭を行く殉教者達も後ろからの襲撃者にようやく反応し、杖を振りかざすが、攻撃をしようとする瞬間に飛んでくる銃弾で頭や手を吹き飛ばされ、手を出せずにいた。
そうして百人近くいたであろう殉教者の群れはあっという間に数人まで減っていた。しかし。
「スコシア様、三時の方角に増援きましたね、どうします? 俺で対処しましょうか」
レガートの目に、スコシア達のいる位置から東へと伸びる道から殉教者の群れが走っているのが見えた。
「邪魔ああああああああ!! 」
ダリアが残りの殉教者を屠っている間に、スコシアは道端にあった家の屋根ほどの大きさの瓦礫に手を伸ばした。そしてそれをまるでおもちゃかのように片手で持ち上げると、新たに現れた殉教者の群れに――投げた。
巨大な質量がありえない速度で哀れな殉教者の群れに飛来し、一人残らず吹き飛ばしていく。
遠くでズゥゥンと言う音が鳴り、何かが倒壊する音が辺りに響いた。
「あー……三時の方向、クリア。ついで今の道が塞がったのでそちらから殉教者が来る事はなさそうです」
レガートの報告に満足そうにスコシアは手で服についた灰や汚れをパンパンと払った。
「さてさっさと先に進むわよ。雑魚を相手している暇はないのだから」
レガートがもう一度素早く辺りを索敵した。見たところ動く物はない、だが……この土地には静かに眠っている者達がいることをレガートは知っていた。よく観察すれば、地面のところどころが少し震えているのが分かった。
「スコシア様、さっきのが良い目覚ましになったみたいで、奴等起きますよ」
「わかってるわよ。わざとやったんだから。あんたもはぐれないうちにこっちに来なさい。それと、【
スコシアからの通信を受けながら、レガートは手早く、狙撃銃をしまうと壁の内へと降りた。
「いえ、おそらく我々より先に進んでいます。おそらく向こうさんも戦闘になっているかと」
「はん、まあ【【
行くわよ、という通信を受け、レガートは素早く先へ進むスコシアとダリアの元へと向った。
☆
「ウィルム! 相手するだけ無駄だ!」
ヴァザン城、城下町。
廃墟の間に覗く、巨大な城の影。ルーチェを上に乗せたウィルムとエイルが大通りらしき場所で殉教者の群れに飲み込まれていた。瓦礫と化した横の建物の屋根の上にまで殉教者達がおり、ウィルムが爪と牙を剥き出しに威嚇していた。
「どっから湧いてきたのよこいつら! 」
ルーチェが必死にウィルムの背中にしがみつきながら叫んでいた。エイルはすばやく辺りを見渡した。しかし既に後方も横も殉教者で埋まっていた。
「前に進むしかないな、こりゃあ」
エイルは素早くウィルムへと視線を送り、前方へと指さした。
「このまま突っ切る!」
エイルがそのまま走り、それにウィルムも続く。後ろと横から殉教者達が無言で追いかけてきており、少しでも足を緩めれば、追い付かれてしまうだろう。
「どうやって奴等の視界から外れる!? 」
「いや、もはやここまで来たら無駄だ。これだけの数がいるということもう聖女に近すぎる。どこに行っても奴等がいるだろうよ」
走りながら、ウィルムとエイルは目の前に迫ってきている巨大な城に目線を向けた。巨大な都市の奥に更に巨大な建造物。しかしそれは、左右非対称に歪んでおり、城と巨大な工場を融合させたような見た目だった
「城にしては、随分と歪な形……」
「当時の王が変態だったって事ね。昔は綺麗な城だったんだけどねえ。これじゃあ魔改造も良いところだ」
「しかもまだ、動いている…」
ルーチェの視線の先にはいくつもの煙突から煙と灰が噴出していた。
「しかし、ここまで順調に来れたのは良かった」
「絶賛追われているけど!? 」
「もっと厄介な奴等がいるんだよ。どうやらまだ眠ってい――ん? 銃声? 」
エイルの耳に、その時遠くで発砲音が届いた。そして巨大な何かが倒壊する音が地面の揺れと共に伝わった。
「何今の音? 」
「めんどくさい連中がどうも追って来ているようだね」
「めんどくさい連中?」
「銃を景気よくぶっ放してる奴等なんて今はこの星に氏族共ぐらいしかいない」
「禁足地に入ったからか」
「……それ、もある」
ウィルム達が大通りを抜ける。城はぐるりと堀に囲まれており、唯一城の入り口に架かる橋は倒壊していた。堀からは赤い光が漏れており、異様な熱気が噴出されていた。
「堀に沿って東側から城の裏手に回ろう。裏手に別の入口があるはずだ」
エイルの言葉に従い、ウィルム達は堀に沿うように走った。ルーチェの目線に堀の中身が映った。
「マグマだ……」
堀は幅約30mほどあり、深さはそれのさらに倍はありそうだった。その中をグツグツと煮える溶岩が流れていた。赤い光と蒸気を揺らめかせ、落ちた物に絶対の死を確信させた。
「さながら魔王城だな。いや、これは皮肉が過ぎるか」
エイルの独り言が虚しく響いた。城を見つめる目線には複雑な感情が含まれているように見えた。
ウィルム達は廃墟を抜けると、灰に覆われた平原にたどり着いた。城下町を抜けた、城の東側には何もない平原が続いており、すぐ横には切り立った崖がそびえ立っていた。ルーチェが振り返ると、いつの間にか自分達を追っていた殉教者達が姿を消していた。
「あれ、居なくなった」
エイルも振り返り、確かめると、ようやくスピードを緩めた。
「嫌な予感がする」
辺りには灰が積もって地面は見えないが、ところどころが、こんもりと盛り上がっており、崩れた墓石のような物が灰から覗いていた。
「ここは……墓地か? 」
「まずいな……」
エイル達の周り。地面の盛り上がっていた箇所が、少しずつ、移動していた。最初はゆっくりと、しかし徐々に早く。
「一難去ってまた一難だな! ウィルム、ルーチェ、気を付けろ! 」
エイルがそう叫んだ瞬間。
地面の盛り上がっていた部分が爆発した。
「ギュアアアアアアアア!!! 」
地面から飛び出て来たものは一見、人のようだった。しかし、その皮膚はびっしりと鱗に覆われており、指先には鋭い爪が光っていた。顔は爬虫類と人の顔を融合させたような顔で目は赤く、尻からは細い尻尾が生えていた。蜥蜴人間と、形容するのが相応しいような見た目で、飛び出た勢いのまま、エイルへと襲いかかった。
「感染者め、まだ生きているとは驚きだよ! 」
「エイル! 」
ウィルムの声に反応し、エイルはその感染者と呼ばれた蜥蜴人間へと目線を向け、その長い足を振り抜いた。
下から掬い上げるような蹴りを空中でまともに受けた感染者は吹き飛ばされながらも空中で姿勢を制御し、くるりと一回転し、地面へと着地した。そしてたわませた脚部で爆発するように地面を蹴り、再びエイルへと迫る。
「打撃は効きにくいんだよねえこいつら 」
「ルーチェ、降りろ! 」
「うん! 」
エイルの前に立ちはだかるようにウィルムが飛び出る。その勢いのままエイルへと迫る感染者の首に牙を立てた。感染者とウィルムは揉み合いながらゴロゴロと転がる。ウィルムは首元に突き立てた牙を緩めようとせず、そのまま、四肢で感染者を抑えつけ咆哮を発した。
ウィルムの口腔から放たれた高周波が感染者の頭部を直撃する。
「グャアアアア!! 」
耳や目から血を流しながらのたうち回る感染者に止めをささんとウィルムがその足を咥えると反動をつけ、思いっきり投げ飛ばした。
投げ飛ばされた感染者は再び空中で姿勢を制御するも、三半規管へのダメージが激しいためか上手くいかず、さらにその身体は既に堀の真ん中辺りまで飛ばされていた。
感染者は何かを掴もうと手を伸ばすもその手は虚空をかすめ、そのまま溶岩へと落ちた。
「うわーえげつなー」
「ルーチェ、乗れ! 先に進もう! 」
ウィルムが素早くルーチェとエイルの元に戻るとそのままひょいとルーチェを乗せ、走り出した。そのすぐ後ろで、次々と地面から感染者が飛び出てきた。しかしその半数はウィルム達が元来た道へと走りだし、もう半数はこちらへと視線を移し、飛びかかってきた。
「埒が明かないな! 打撃も火も効かないから相性悪いんだよね! 」
エイルが飛びかかってくる感染者を蹴り飛ばすも、やはりあまり効いた様子はなく、再び追ってきていた。
「また変なの出てくるしもう禁足地ってなんなのよ! 」
追われるウィルムの背中でルーチェが叫ぶ。
「星が滅びるレベルのやべーやつが起こった場所だからね。タノシイお仲間がいっぱい、だ! ぞ! と! 」
走りながら器用に反撃するエイルと先を進むウィルム。だが、前方でも、地面が爆発し、数体の感染者が現れたのが見えた。
「ウィルム! もう一度咆哮前方に放てる? 」
「止まれば、いけるが、そうすると後ろに追いつかれる」
「後ろかー。ルーチェちゃん、影妖精だよね?あれ、使える?【光蝕】」
「……光があればいけるけど、これだけ暗いと難しいよ」
「あーなら光は大丈夫だ。用意する」
「じゃあ、後ろは私が何とかできるかも」
「ルーチェいけるか? 」
「大丈夫! 足手まといなのは嫌だもん! 」
「ウィルム、あたしが前に突っ込むから構わず、ぶっ放して。奴等に隙が出来た瞬間に吹き飛ばしてくるから」
「良いのか? 」
「迷う暇はないんだよねえ」
「分かった」
ウィルムが立ち止まり、エイルが前方へと迫る感染者達に突っ込んでいく。その右手が徐々に発光し、赤い線が後方へと流れていく。ルーチェはウィルムから飛び降りると、後ろから追う感染者達の前に立ちはだかった。
ウィルムが息を吸い、一気に咆哮を前方へと放つ。甲高い音と衝撃を背中で浴びたエイルは気にする事なく、前方で悶える感染者達に突っ込むとその赤く光る右手を思いっきり、地面へと叩きつけた。
その瞬間に、エイルを中心に爆炎が発生。爆ぜる炎が半径数メートルほどを螺旋状に巻き込みつつ空へと走る。
そしてその光を背に、ルーチュの前にできた影が蠢いた。
小さなルーチェの影だったものがぬるりと動き、その大きさが膨れ上がっいく。まるで質量をもった闇の塊ような影は巨大な獣の姿になり、地面から現れた。二次元から三次元の姿に変化したルーチェの影が大きく口を開く。まるで、夜の闇がその口を大きく開いたかのような光景。【光蝕】と呼ばれるその影の獣はその身体の半分が大きく避け、巨大な口となり、迫る感染者を飲み込んだ。
ルーチェはそれを見届けたのち、すぐにウィルムの背へと乗った。
「効いても数十秒だからね! 」
影が消える。一見感染者達に変化はないように見えるが、先程と違い、それぞれがバラバラの方向へと走り、中には上手く走れず、倒れる者もいた。どうやら視界を失っているようで、でたらめに爪を振り回すも、ただ空を切るだけだった。
ルーチェは影を操作する事によって感染者達の目から光を奪ったのだった。それは光と影を操る事が可能な影妖精にしか出来ない力とされているが、詳しい原理についてはルーチェ自身もあまり理解していなかった。
それに、これによる効果はルーチェ自身も言うように数十秒しか効かず、生物によっては全く効かない者もいる。
「それで十分だ! しかし、エイル……何者だ」
ウィルムがエイルに追いついた。エイルは爆炎を放ったあと、何事もないように佇んでおり、近くで倒れている感染者を堀の方へと投げ飛ばしていた。エイルの爆炎によって吹き飛ばされた感染者達だったが、その鱗からはシュウシュウと煙が上がっているものの、あまりダメージは負っていないように見えた。しかし、ウィルムの咆哮とエイルの爆風により、吹き飛ばされた場所から立てず、地面で藻掻いていた。
「いやあ久々にぶっ放したけど、スッキリするね。まあ全然効いていないのが癪だけど」
「今のうちにいこう、エイル。」
「私の力も長くは持たないから」
「だね。まだこいつらは良いほうだが、城内部にはもっと厄介なのがいそうだからなあ」
「まだいるの……」
「聖女が無事だと良いんだが」
「無駄な心配だと思うねー」
再び堀沿いを進むウィルム達。しかし、ウィルムはまだ気付いていなかった。その首元のペンダントが淡く微かに発光し始めていることを。
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