第1章:第3節【禁足地ヴァイザンズドア】
「いやあ凄い景色。これ全部灰だよ灰。まあ予想できてはいたけど未だにまだあの城が動いているとはね」
門から出たウィルム達一行だが、その圧倒的な光景にその場から動けずにいた。
首都ヴァザン。熱エネルギーと蒸気機関技術により栄華を極め、十数メートルの高さの建築物が並び立ち、時計じかけで動く複雑な機構を含んだ自律機械が道を走っていた。当時としては異様なほどの特異な技術によって築かれた、【機械仕掛けの巨大都市】
しかしそれらは全て、倒壊し、朽ち果て、灰に埋もれていた。
「ここが禁足地【ヴァイザンズドア】…見たのは初めて」
「さってルーチェちゃんはどこまでこの禁足地について知っているかな? 」
「竜の爪痕についての記録は【鳥籠】に少ししかなかったと思う。ただ、ヴァイザンズドアについては一番直近の【竜災】だから多少は文献があったから読んだけど」
そしてルーチェがウィルムとエイルに語った。
禁足地【ヴァイザンズドア】。それは旧ヴァイザンズドア王国領、首都ヴァザンとその周辺一帯と指定されている。ヴァイザンズドア王国は豊富な鉱石資源、熱資源、そして独自技術によって三百年ほど前に著しく発展した国であり、十三代目国王、ゼテア・ヴァザンドールによってその絶頂を迎えた。豊富な資源と王の指導のもと発達した独自技術により、経済力そして軍事力において周辺国を圧倒した。しかし、その絶頂は【竜災】によって終焉を迎え、亡びた。
「なぜ、【竜災】は起こったのか、そしてどのようにしてそれは一国を滅ぼす程度で食い止められたのか、その辺りについては一切記録も文献もない。周辺国や十二氏族達の陰謀だったり、ゼテア国王の暴走だという説も読んだけど、どれも信憑性に欠けて、何も分からなかった」
「それだけ知っていれば大したものだよ。普通はその名前すら調べるのに苦労するからね。首都ヴァザンはね、元々は鉱山街だったんだよ。初代ヴァザンドール王によって、その地下に、あるものが見出された。それにより、ヴァザンは徐々に発展していき、ゼテア王によって栄華の頂点を極めた……けどね、結局この国は灰に包まれたのさ。竜の灰に。そしてその灰が他所に飛ばないように作られたのがさっきの壁と防灰の森。丁度禁足地を囲むように壁と森は作られた」
エイルが振り返ると、ゆるいカーブを描く壁の内側は、黒く変色していた。それが火によるものか、それとも別の何かか。
「聖女はこの先に何の用があるんだろうか? 」
ウィルムは目を薄め、遠くを見るも、そこには灰が舞う景色しか映らなかった。ルーチェはぽんと手をウィルムの背中に置いた。
「大丈夫だよ、ウィルム。きっと会えるよ」
「行こうか。もう聖女はここにたどり着いているはずだ。ということは軌跡を辿って奴等もやってくる」
「でも扉は閉まっていたよ? どうやって聖女は壁の中に入ったの? 」
ルーチェには不思議だった。まるでエイルには聖女の場所が分かっているようだったからだ。しかしそれにエイルは力なく首を振ると、その疑問に答えた。
「分かるさ。あの聖女の歩みを止められるモノは、物理的にも、そして精神的にもこの星に存在しない。壁?山?海?崖?は、そんなモノはかの聖女の前ではただの道にしかならない。壁があれば崩れ、山が、海があれば割れ、崖があれば橋が出来る。そういうものなんだ、かの聖女は。だからこんなチンケな壁は足止めにもなりはしない。そして、何より。いつだって聖女は先を行く。どんなに先回りしようと自分がその地点についた時点で聖女はその先にいる。我々はただ、その軌跡を拝む事しかできない」
「何、それ……」
「ウィルム、それにルーチェ。君達が追う、聖女はそういう存在なんだ。だから、我々がここにいる時点、聖女は先にいる。これはもう確定している」
「そんなの絶対追い付けないじゃない! 」
ウィルムに抱きつくようにくっついていたルーチェが叫ぶ。ウィルムは何も言わず、ただエイルの話を聞いていた。なるほど、自分が思っているよりずっとその聖女に会うのは難しそうだった。しかし、だからといって、諦めるという選択肢はウィルムの中にはなかった。空っぽだった自分に、名と生きる意味を与えてくれたあの約束を果たすまで、歩みを止めるつもりはない。そうウィルムは固く誓っていたのだった。
「そう。絶対に追い付けない。でも……ウィルム、君なら可能かもしれない」
エイルはこれまでにない、真剣な表情でウィルムを見つめていた。その眼差しには一体どのような感情が含まれているのだろうか? ウィルムにもルーチェにも分からなかった。エイルは、まるで宣教師のような口調で語りかけた。
「ウィルム。遠い遠い昔、違う星の神話ではね、いつだって神を喰らうのは人ではなく悪魔でもなく――獣よ」
エイルが静かに言い放った言葉はやがて灰に吸われ掻き消された。遠い過去の違う星の神話。それは二人にとってあまりに壮大でなんともピンとこない言葉だった。
「神を喰らう、か」
「君なら、出来るよ。それがすべき事かなのかどうかはわからないけどね」
エイルとウィルムはしばらく見つめ合った。
ルーチェは何も言えず、ただ、ウィルムの鼓動を感じていた。自分には何の使命も、責務も義務もなかった。ただ、好奇心で、付いてきただけだ。ウィルムには果たすべき約束が。エイルはよく分からないが、何か重要な使命を帯びている、そんな印象を抱いた。じゃあ自分は? 自分には彼らに付いていく資格があるのだろうか? ルーチェはそんな事を考えながら、二人を見つめていた。
「……さあ行こうか。ここまで来たからには聖女の目的はおそらくヴァザン城だろうさ」
「ああ」
ひらひらと暗い空から降る灰。ルーチェがウィルムの背に乗ったのを確かめると、ウィルムとエイルはゆっくりと巨大都市の残骸の中を北へと歩み始めた。
☆
「それで、結局どうするんですかスコシア様」
「監視を続けろとさ」
飛行機械【ガルブレイス】船内。元々は輸送用の機体を改修して作られたこの機体の下部は広いスペースになっており、そこの壁には様々な資料や写真、地図が貼られていた。その壁を前にスコシアとレガート、ダリアが今後について協議をしていた。
「ですが、スコシア様。今回我々【
「そうなると、私の護衛であるレガートとあんた、そして私自身ぐらいしか動かせないわね」
【偉大なる十二氏族】が一席、グラン・スコシアとその直下部隊【
「いや、俺まじで禁足地とか嫌なんですけど」
「言っとくけど私だって嫌よ。本当ならあんたら二人だけで行って欲しいぐらいよ」
レガートのぼやきにスコシアも同意した。
「ただ、今回は異常が過ぎるのよ。聖女が禁足地に踏み込む事すら異常なのに、さらに【
スコシアは先程行った会議の内容を反芻した。とにかく、異常事態であり、放っておけば厄介な事になるのは目に見えている。しかし現在、近辺で動かせる部隊がスコシアの部隊しかおらず、援軍が到着するまでは少数で監視するしかないという結論が出た。スコシアは内心嫌だったが、そうするしかない事も分かっていた。
「というわけで、私達三人で監視壁の近くで降下、その後徒歩で禁足地に入り、聖女と【
「うへーめちゃくちゃ本気のやつじゃないですか」
「了解致しました」
「あと、余裕があったら狼と影妖精を捕まえる! 以上! 」
「いや、それは無――」
「てい! 」
スコシアはレガートに華麗にローキックを食らわし、その勢いのまま手に持っていた淡い青い光を放つ小さなペンダントのような物をダリアへと投げた。
「っと。これは……」
「ダリア、あんたが持ってなさい。それ持ってると私はどうも力が狂うから」
「かしこまりました」
「いててて……無くすなよダリア、それ、この星にあと五個もないんだからな」
蹴られた脛をなでつつ、レガートがダリアに目線を向けた。ダリアは大事そうにペンダントを首にかけた。
「あんたの身体が吹っ飛んでも壊れないから平気だけど落とさないようにね」
「首が落ちたら変わってやるよダリア」
「その前にあんたの首が飛んでいるわよ? 」
軽口の応酬をしながらもレガートとダリアはテキパキと降下の準備を始めた。スコシアは先程の格好から動きやすそうなデザインの黒いドレスに着替えていた。腰には柄のような物をぶら下げており、手首には滑らかな表面の素材で出来たブレスレットと耳には黒いインカムを付けていた。腰にぶら下げている柄は剣のようだが、肝心の刃の部分がなかった。
レガートとダリアは黒一色の関節部分を補強した素材で覆った、動きやすさと防御力を合わせた【
ダリアは黒く染められた細長い棒を二本、左右の腰に下げていた。その先端は丸く膨らんでおり、いわゆるメイスと呼ばれるような形状をしていたが、その柄から先端までびっしりと回路のような溝が掘られていた。
一方レガートは、腰と背中にいくつかのバックパックを装備しており、肩には一丁の銃が掛けてあった。細長いフォルムのそれは、狙撃に適しているように見えた。それとは別に腰と足に、ナイフと拳銃をホルスターで装着しており、何度か出しては構えるを繰り返していた。
「準備はおっけー? 何が起こるかわからないし、おそらく殉教者や出来損ない共との戦闘が予想されるけど覚悟はいいかい? 」
「嫌ですけど準備はできました」
「同じくめちゃくちゃ嫌ですけど準備完了です」
スコシアの呼びかけに嫌々答えるようにレガートとダリアが返事した。見計らったように前方のハッチが開く。
「グラン・スコシア及び【
「スコシア様、レガート隊長、ダリア副隊長。幸運を」
スコシアは操縦席より通信があるとそのまま後ろに倒れるように落ちた。そしてそれに続き、レガートとダリアが飛び降りた。
壁の上空数十メートル。三人が白く濁る空へと落ちていく。
静かに舞う灰は全てを覆い隠す。その先に待つ、激戦も、謎も全てを。
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