未熟な愛の伝え方

石水蘭

未熟な愛の伝え方

 (ずっと前から絢瀬さんのことが好きでした。僕と付き合ってください)


 俺は今日、人生で初めて好きな人に告白した。


 もうすぐしたらその告白した今日が昨日に変わってしまいそうなくらいの夜分遅く。今はもうそんな時間帯だったが、返事をしてくれると信じて俺は送信ボタンを押した。


 その気になれば送信取り消しをして告白を取り消すことだってできる。だが、そうするわけにもいかない。なんせ今は卒業一週間前。高校は別々のところになってしまうので、この機会を逃したらもう絢瀬さんと関わることは無くなってしまう。一方で、受験前の大事な時期に告白なんてしてる場合なのかと言われればその通りなのだが、俺にとってはそんなことよりも、絢瀬さんとの関係が断たれてしまう方が断然嫌だった。だから後戻りはしない。


 俺は携帯の電源を切ってベットにあおむけになり、暗闇の中見えない天井を見ながらおもむろに過去を振り返る。


 絢瀬さんとの出会いは中学の入学式だった。俺は彼女のくりっとした目、しゅっと小さい鼻、可愛らしい小さな口の整った顔を見た瞬間ひとめぼれをしていた。当時はひとめぼれをしていたことに気づいていなかったが、今になって思い返すとあれは完全にひとめぼれだったなと思う。ただその後しばらくはクラスが違ったこともあって絢瀬さんとの接点は全くなかった。しかし二年生のとき、運よくお互い野外学習の実行委員になったので、事務的な連絡を取るためという名目の上で綾瀬さんとラインを交換することができた。そこからラインでの会話が始まった。最初はそれこそ事務的な連絡だけだったが、小説を読んだり映画を観るのが好きというお互いの共通点が見つかってからはずいぶんと会話が弾んだ。野外学習以降も絢瀬さんとの会話が途切れることはなく、もはや習慣化していた。そして俺は三年生になってすぐの頃に自分自身の絢瀬さんへの恋心に気づいた。


 しかし、俺と絢瀬さんのコミュニケーションツールはラインだけで、まともに面と向かって会話したことはない。普通に考えればそんな状況で告白して付き合えるわけはないだろう。それでも絢瀬さんとはクラスが違うのにも関わらず学校でやけに目が合ったり、ラインでは夜中まで会話するということが度々あったので、俺は脈ありだと思い、告白した。


 すると暗闇の中、顔の隣に置いた携帯の画面が光った。そこには(一件のメッセージ)と表示されている。


 俺は反射的にその表示をスライドしてトーク画面へ飛ぶ。


 そこには……。


 (私もずっと前から一条君のこと好きだった。よろしくお願いします)


 その画面に表示されたただの文字列に、俺は今までの人生で一番の喜びを感じる。


 (こちらこそよろしくね!)


 俺はそんな風にどこか馴れ馴れしい感じで返事をし、再びあおむけになる。今のこの状況が夢でなく現実のものだということを実感し、また、夢ではありませんようにと願いながら……。


                 ※


 今日は金曜日。俺が絢瀬さんに告白してから四日が経った。


 今日も俺は学校が終わると速足で帰宅し、受験を控えているということもあって自分の部屋でいつも通り勉強して、いつも通り十一時の今ベットに横たわっている。そう、いつも通り……。


 告白してからというもの、俺たち二人の間に何か変化があったわけでもなく、ただ告白する前と変わらない普段の日常をお互い送っていた。


 それもそのはず、絢瀬さんは私立の高校に行くらしいのでもう受験は終わっているものの、俺は公立高校が第一志望なので受験を卒業後に控えた受験生なのだ。なので、恋人同士になったからといって夜遅くまでラインしたり、放課後遊んだりすることなんてできるはずがない。俺が受験を目前に控えていることは絢瀬さんも知っていることなので、絢瀬さんから俺にラインをしてくることもない。だからラインだって告白してからほとんどしていない。もともと二月に入ってからはたまにラインで会話するくらいで、あまり頻繁に会話することはなかった。そこに俺が急に告白したというわけなのでこうなるのは必然なのかもしれないが、俺は少しばかり不安だ。


 普段からお互い学校で会話できるような仲ならこういう場合でも学校で会話するという手段があるのだが、俺たちはクラスも三年間違う上に、面と向かって会話すらまともにしたことがないのだからしょうがない。


 やはり所詮ラインで意気投合しただけで、実際のところ、二人の間に『愛』があったとしてもそれは見かけだけの『愛』なのではないのか。俺はそんなことを不覚にも考えてしまっていた。


 あと少し我慢して受験が終われば、普通にカップルとして喋ったり、どこかへ遊びに行ったりできるに違いない、なんてそんな風に今の俺は思えなかった。何故だかは分からないが、卒業式が終わってしまったらもう絢瀬さんとの関係が終わってしまうような気がしていた。どこにも根拠のないことなのだが、俺はそのことで頭はいっぱいだった。


 きっと絢瀬さんも俺と同じようなもどかしい気持ちになってるに違いないと自分で自分を励まし、誤魔化しながら、今日も眠りについた。


                 ※


 卒業式当日。そう、告白したあの日からもう早一週間が経ってしまった。


 卒業式前の週末は塾で一日勉強漬けだったこともあり、絢瀬さんのことについては少し頭から消えていた。しかし卒業式前日の昨日の夜になったとたん、明日で終わってしまうかもしれないという不安に駆られ、昨晩はあまり寝付けなかった。


 朝起きてからも、学校へ行く途中も、卒業式の最中でさえも、頭の中は週末の時と打って変わって絢瀬さんのことで埋め尽くされていた。


 そしてついに卒業式が終わってしまった。


 卒業式が終わった後はみんな大体近くの公園に集まって写真を撮ったりするので、みんな颯爽と教室から出て行ってしまった。

 

 そんな中俺はというと、一人教室の中に残っていた。別に教室が名残惜しいとかそういうわけではなく、ただ、学校から出てしまうと本当に卒業してしまうみたいで、絢瀬さんと距離ができてしまいそうだから、それが怖くて一人残っていた。先生たちもみんな公園の方へと向かったようで、俺が一人教室に居たって注意されることはなかった。


 と、その時。


 誰もいないはずの廊下で足音が聞こえた。俺は先生が来たかもしれないと思い、慌てて教室から出た。


 しかし、俺の方に背を向けて遠ざかるように歩いているのは、身長は少し小さめで髪型はポニーテールの少女だった。


 「絢瀬さん!」


 あの背中を見た瞬間、俺は無自覚にそう言っていた。


 彼女は俺の言葉に反応してこちらに振り向いた。その振り向いた彼女のくりっとした目、しゅっと小さい鼻、可愛らしい小さな口の整った顔は、俺が中学に入学してからずっと目で追っていた絢瀬さんだった。


 「一条君……」


 彼女はこちらを振り向くと、俺の名前を呼んで不思議そうにこちらを見ながら呆然と立ち尽くしていた。


 そんな彼女の姿を見た俺は考えることを辞め、無我夢中に彼女のもとへと走って行き、彼女を正面から抱きしめる。


 すると、絢瀬さんの髪のいい匂いと、体の感触が俺の前身の細胞を震わせてくる。


 「好きだよ……絢瀬さん」


 俺は今までのたまり積もった絢瀬さんへの好きな気持ちと、不安だった気持ちなど、絢瀬さんに対するすべての気持ちをその言葉に込めて言い放ち、そしてまた強く抱きしめる。


 「私も大好きだよ……一条君」


 彼女は顔をうずめていた俺の胸から顔を出し、俺の方を見上げ、俺の腕の中で涙を流しながらそう言った。


 俺はぎこちないながらも彼女の顔に付いた涙を手で拭い、またさらに強く、激しく、また優しく彼女を抱きしめる。


 今この瞬間、俺たちはお互いにやっと初めて画面越しでは曖昧だったお互いの愛を感じ、確かめ合うことが出来た。

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未熟な愛の伝え方 石水蘭 @ishimizu_lan

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