桜花万華鏡

狐崎灰音

「桜花万華鏡」


今も昔も、この国に桜の花を愛でる人は多い。

現代人は桜が咲くとこぞって集まり、花見に興ずる。

そして、花見が終わる時分には花見の後の残骸が、美しい桜の下に残っていることが有る。

桜と芥、美と醜のコントラストを楽しみに私は鴉のようにそこに行き鑑賞する。

上を見れば桜の花、下を見れば芥とそれを漁る鴉。

私はそれを美しいと思う。

ただし、私は満開の桜の下程恐ろしいものは無いという事を知っている。

幼い頃、曾祖母に言われたことが有る。

「いいかい? 桜の木が満開になったら近づいてはいけないよ。分かったね?」と。

それからしばらくして、曾祖母は亡くなった。

そして、今から四、五年前であろうか、私は曾祖母の言葉を忘れ、春の桜を自分流に観賞しながら思った。

「八分咲きの桜でもこんなに美しいコントラストが見れるのだ、満開の桜はきっと鬼気迫るほど美しいに違いない」と。

そして、とうとうあの恐ろしい晩が来た。

私は、夜遅くに家を出ると近所で最も美しい千本桜の並木のある川へと向かった。

既に酔客達も去り、辺りはしん、と静まり返っていた。

そして、私は見たのだ! 月光の下満開に咲き誇る千本桜を!

ゾッ! とするような光景だった!

背骨が震え、狂おしい程の美に私は敗北したのだ。

私は、この満開の桜並木を見ながら、より美しく桜の見える場所を探した。

そして、赤い欄干の橋に立つと真正面に広がる絶景に魂を魅了された

奥へ奥へと広がっていく桜の並木、そして川面に移る逆さ桜、それはもう満開の桜の万華鏡であった!

ああ! この桜の万華鏡の中を歩いてみたい!

そう思った時私の片足は、橋の欄干の上へと伸びていて右足が欄干の上へ、そして左足を上げようとした時、ポケットの中から家の鍵が落ち、キーホルダーについていた鈴がチリーンと鳴った。

瞬間、私はハッ、と目を覚ました。

私は一体何をしているのだ! このままでは深い川の中へと落ちてしまうではないか!

私は、欄干から足を降ろし、鍵を拾うと逃げるように一目散に家へと走った。

家に着き、自室に戻ると上がった息を抑え、へなへなと座り込んだ。

ふと、上着から一枚の桜の花びらが落ち、私は迷うことなくそれを芥箱へと捨てた。

以来私は、満開の桜が恐ろしくなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

桜花万華鏡 狐崎灰音 @haine-fox

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ