エピローグ

「そいや最近、洲崎すざきさんずっと綺麗っすよね」


「え?」


 ケーキショップの店内、その裏手にある休憩室で、高校生バイトの中島なかじまさんにそんな事を言われた。


「そうかな?」


「だって去年までの洲崎さん、言っちゃ悪いですけどいつも死にそうな雰囲気でしたよ」


「そうかな……そうだったかもね」


「でも今年に入ってからなんか、生きた人間になったっていうか、うん。さち多そうな雰囲気になりました!」


「ありがとう。褒め言葉として受け取っておくね」


 まるで去年までの私は死んでたみたいな言い方だ。

 ……実際死んでいたようなものだったけど。


「どうしたんすか? なんか環境の変化とかありました?」


「まあ……えと、あったといえばあったかな……」


「あっ……クリスマス、お正月ときて綺麗になる女性……そしてその反応……。洲崎さん彼氏出来たんすか!?」


「ええっ」


「絶対そうでしょ! 彼氏出来たんすね! おめでとうございます!」


 今日はお赤飯ですね、と我が事のように喜ぶ中島さん。

 悪い子ではないのだけど、ちょっとアホなのが偶にきずな中島さんだった。


「まあ、そうね。去年のクリスマスイブにその、恋人が出来たから……」


「やっぱりそうなんすね。いいなー、羨ましいなー」


 体を左右に揺らしながら私も彼氏欲しいなー、とぼやく中島さん。


 ……中島さんは驚くかな。私の恋人がじゃないって知ったら。





「ただいまー」


 合鍵で扉を開けて中に入る。

 そこはとあるマンションの二階にある一室で、私の恋人が住んでいる部屋である。


「おかえりー、お仕事お疲れ様」


 リビングのテーブルに何やら資料を広げながら待ってくれていた私の恋人──仲本なかもとあやである。


「疲れたー」


 私は荷物をその場に落として、椅子に座る絢にのしかかる形で抱きつく。絢の匂いがして癒される。

 絢はそんな私の頭を撫でながら、子供を相手にするみたいに微笑む。


「よしよし。ご飯出来てるから一緒に食べよ」


「うん……。絢、これ何してたの?」


「これは大学のレポート。明日提出だから」


「そうなんだ……大学か……」


 絢はこの近くの大学に通っている。一人暮らしを始める際に編入し直したらしい。


「私には遠い世界だ……」


「何言ってるの。結梨だって四月から高校生でしょ」


「そうなんだけど……」


 レポートの資料をかき集めてトントンと整える絢は、美人秘書みたいで様になっている。

 超可愛い。


「通信制の高校って、確か自分で通う回数を決められるんだっけ? 働いてる結梨にはぴったりじゃない」


「むぅ……」


「どうしたの?」


「……絢は大学生で私は高校生って、なんか複雑……」


「そう? でもそれって自業自得じゃない? 高校中退したのあなたでしょ」


「そうなんだけどー……」


 むぅぅ、と絢の肩にぐりぐり頭を押し付ける。


「ほらほら、そんなことしてないでご飯食べるよ。結梨ちゃん」


「子供扱いしないで」


 私が頬を膨らませて抗議しても、絢はどこ吹く風とばかりに受け流して台所に向かった。





「お風呂空いたよ。絢」


 ほかほかのお風呂からあがってひと心地ついて、リビングに向かう。

 私の住んでるアパートは簡易的なシャワーしかなくて、湯船に浸かるには近くの銭湯に行くしかなかったので、このマンションが羨ましい。


「ん、後で入るよ」


 絢は夕食前にもやっていたレポートの続きを書いていた。

 私は火照った体で絢にのしかかるように抱きつく。


「はー……。早く私もこっちに住所移したい……」


「移せばいいじゃない。貧乏人二人がルームシェアしてるって言えば周りには怪しまれないだろうし」


「手続きがめんどくさい……」


「それくらい手伝ってあげるからさっさと済ました方がいいわよ。高校始まってゴタゴタしたら嫌でしょ?」


「うん……」


 絢がシャーペンを置いて肩に載っている私の頭を撫でてくれる。


「早く二人一緒になれるように頑張ろ?」


そう言って、絢は私の頬にキスをした。


「ね?」


「うん。頑張るっ」


「じゃあ私もお風呂入るから、食器洗っといて」


「はぁい」


 なんかこういうやり取りって新婚さんみたいだな、と気恥ずかしくも嬉しく思う私は、雑事を言われても笑顔で引き受けちゃうくらいにはチョロかったりした。





 午前零時前に、私と絢は寝室へと移動した。寝室にはベッドが一つと、床に敷布団が一つあるけど、敷布団の出番は少ない。

 二人してベッドで寝てそのまま朝を迎えることが多いからだ。


「結梨って明日誕生日だよね。どこか行く?」


 明日は三月十一日で、私は二十一歳の誕生日を迎えることになる。そのことを絢が覚えていてくれたのが嬉しくて顔をほころばせる。


「ううん。絢だって大学あるし、私もお店あるからいいよ。それに、二人きりでいたいもの」


「そっか。じゃあ明日はプレゼントだけ買って帰ってくるね」


 そう言って、絢は私の体を引っ張ってベッドに寝かせる。

 抱き枕にするように、絢が私に抱きついてくる。寝る前の習慣みたいなもので、私も絢を抱きしめてあげる。


「…………」


「…………」


 無言の中、時計の針の音だけが耳に残る時間。私はこの時間がすごく好きで、絢もきっと好きなんだと思う。無言なのに居心地が良くて、二人の呼吸の音を感じられる時間が。

 そのまましばらく時間が経って、絢が少しだけ顔を離して喋る。


「結梨」


「うん?」


 絢と私の顔は鼻同士が触れ合うくらいに近い。目の前の絢が愛おしそうに微笑んだ。


「お誕生日、おめでとう」


 横目に見ると、掛け時計の針は真上を向いていた。

 私は、絢に負けないくらいの笑顔で応えてみせた。


「ありがとう、絢」




 罪は未だ胸の中にわだかまっている。

 私の犯した過ちは一生消えることはない。罪もやってしまった過去も、取り消すことなんて出来ない。

 それでも私は、彼女と一緒に歩いていく。


 いつか私の過去つみを、私自身が許せるように。

 そしていつか、このあがないを清算できるように。




『貴女に花束を、私に贖罪を』

 本編……【終】

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貴女に花束を、私に贖罪を 夕暮 社 @Yashiro_0907

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