第21話 あなたに恋を

「あっ」


 と、私たち二人が泣き崩れた場所から少しだけ歩いた先で、あやはそんな声をあげた。


「? どうしたの、絢」


「私、記憶が戻ってから結梨ゆうりにまだ言われてない」


「言われてないって何を? 謝罪は……これからもちゃんとするよ」


「謝罪じゃなくて、告白」


「へ?」


「結梨は記憶喪失だった私にいつも好きだよとか愛しているって好き勝手に言ってたでしょ? この三年間ずっと言われてなかったな、と思って」


 意地悪そうに笑って言う絢は、私にこの場で告白しろと要求してきている。

 ……確かになんでもするとは言ったけど、フラれるのが分かっていてする告白なんて辛すぎる、と一瞬思ったが、罰としては軽いくらいだ。これぐらいは甘んじて受け入れるべきだろう。


 私は深呼吸をして、冷たい夜の空気を吸い込む。そういえば絢との再会が衝撃的すぎて忘れていたけど、今日はクリスマスイブだった。

 クリスマスイブに告白してフラれるって……なんか私らしいなぁ。

 そんなここ三年間で癖になってしまった自虐をしつつ、私は姿勢を正して絢を見据える。

 絢は意地悪そうな笑みを浮かべながら私を真っ直ぐに見つめてくる。


「さ、どうぞ。記憶喪失だった私にしたみたいに、愛の告白して」


「む…………」


 絢の意地悪……。でも私はそれも甘んじて受け入れよう。絢の全部を受け入れると言ったのは私なんだから。


 それに、今はもう告白とか愛情の在り方とかには拘っていない。絢がそれを許してくれた。

 告白して、フラれて、それからはまた昔みたいな友達に戻る。今の私にはそれだけで光栄すぎる。

 私は咳払いを一つしてから、告白する。


「では失礼して……。

 絢。貴女のことがずっと前から好きでした。女性同士ですが、それでも良ければ私とお付き合いしてください!」


「はい、いいですよ」


 やっぱりフラれた。私が差し出した右手は絢には握られず、虚しく空を切って…………ってあれ。

 私の差し出した右手から、人の温もりが伝わってきた。見ると、絢が両腕で優しく包むように握ってくれていた。


「………………え?」


「だから、お付き合いしますって言ってるでしょ」


「………………え?」


「……なんで結梨が驚いてるのよ」


 私の態度にむすっとして不機嫌な顔を装う絢。


「だ、だって絢は私なんか好きじゃないよね? その、恋愛対象として」


「? なんで?」


「なんで、って……。だって絢、中学の時言ってたじゃん。同性愛なんてありえない、漫画の中だけの話だって。それに、絢を傷つけた私なんか、断るのが普通じゃないの?」


「ハァ……。結梨、三年間で本当に変わったね。前はもっと自信に満ちていたのに」


「だ、だって…………」


「結梨のせいなんだからね」


「え?」


 絢の顔をよく見ると、頬が赤らんでいて、目はどこか恥ずかしさを隠すように泳いでいる。


「結梨が、毎日あんな事するせいで私まで混乱しちゃって……。でも混乱を解消する前に結梨は居なくなっちゃったし……それから三年間ずっと、モヤモヤしながら結梨の事考えてたら…………」


「………………」


「あなたに恋しちゃった、って、心が勘違いしちゃったんだもん……」


「…………」


「もう! なんで私が告白しなきゃいけないの! 結梨が告白するところなんだからここは!」


 ムキーッと自爆しただけなのにぷりぷり怒る絢。


「とにかく! これで結梨は私のものなんだからね! そっちが言い出してやり出した事なんだから責任取ってよね!」


 ふふん、と胸を張る。多分そうしてないと恥ずかしくて面と向かって私を見れないのだろう。


 そして、かく言う私はというと。


「……絢…………」


「ちょ、なんでまた泣くのよ。も〜」


「だって……こんなの、全然罰にならない……私、こんな幸せになっちゃいけないのに……っ」


「またそうやって自分を虐める……ダメって言ったでしょ。結梨は私の言うことをちゃんと聞いてよね」


 泣き出してしまった私を、絢は優しく抱きしめてくれて、私が落ち着くまで離さなかった。





「ねぇ、絢は今日どこかのホテルに泊まってここに来たの?」


 土手を上がってから、手を繋ぎながら私はふとそんな質問をした。

 思えば、絢がうちの親に居場所を聞いたということ以外のことを私は知らない。

 積もり積もった三年間。お互い話したい事は沢山あるけれど、ひとまずは帰ってからにしようという絢の提案で、絢について行くことになったけれど、絢がどこに向かっているのかを私は知らない。


「ううん。ホテルじゃないよ。私もこっちの方で一人暮らし始めたんだ」


「えっ!」


「今はここから電車に乗って駅二つくらい先のところのマンションに住んでるの」


「そ、そうだったの……?」


「そ。だから今日は私んに泊まっていって。結梨が住んでるアパート見に行ったけど、あんなボロアパートは女の子が一人で住んでいい場所じゃないよ。セキュリティも何もあったものじゃないでしょ」


「一人暮らしって……よくご両親が許してくれたね?」


「許してもらったのは今年入ってからだよ。結梨みたいに高校生くらいの年齢で家を飛び出るのはさすがに反対されちゃって。まあ一回飛び出したんだけど」


 てへ、ととぼける絢に私は目を丸くする。


「絢も変わったよね。昔はもっとぽやっとした子だったのに」


「そりゃあ三年もあれば誰だって変わるわよ。それに私の場合、交通事故に記憶喪失に親友の嘘と、他の人よりも色んなこと経験してるからね。それで変わらない方がおかしいわよ」


「うっ……ごめん」


「その親友の嘘のせいで私の好みまで変えられちゃったし。しかもそのあと逃げるし」


「うぅ…………」


 意地悪を言う絢は口調こそ厳しいものだが、握ってくれている手は暖かくて優しい。


 私たちは、そのまま電車に乗って絢の住んでる家の最寄駅まで向かう。

 最寄駅から徒歩十分のところにあるマンションの二階の一室、そこが絢の現住所だった。


「さ、どうぞ」


「お邪魔します……」


 第一印象は、綺麗なところだなぁ、だった。私が住んでるアパートとは大違いだ。


「結梨」


「ん?」


 廊下の少し先を歩いた絢が、こちらに振り返る。その顔は幸せそうで、少し泣きそうだった。



「──おかえり、結梨」



 そのなんてことない当たり前の言葉を、本当に大切そうに告げる絢。

 私も、絢に負けないよう万感の思いを込めて絢に告げた。



「──ただいま、絢」

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