re:nail,nail,nail

 しゃり、しゃり、しゃり。

 小気味好い音が、淡い橙の色に染まった空気の中でやわらかに溶けていく。

 爪切りで短く切りそろえた爪の先を、順番にスティック状のやすりで丁寧に磨いていく。片方の手が終われば、もう片方。粉のついた指先をウェットティッシュで丁寧に拭うと、仕上げにクリームを擦り込む

 たちまちに現れるのは、骨ばったしなやかな指先と、かすかに艶めいた桜色のまあるい爪先だ。

 忍がいつだって大好きな『それ』はこうして、日々の弛まぬ努力によって守られている。そんな瞬間に間近で立ち会えるのは、どこか照れくさくも嬉しい。

 得意げな気持ちを隠せないまま横目にじいっと視線を注げば、いつものあの、呆れたような、それでいてとびっきりの穏やかさだけを溶かし込んだまなざしがこちらへと注がれる。


「……どした?」

 咎められている――わけではない。

 そんなことくらいわかっていても、間近に見つめられながらそんな風に尋ねられればいまさらみたいにどきどきする。ごまかすみたいに不器用に視線を逸らしながら、忍は答える。

「や、べつに。周ってさ、あんがいまめなんだなって思って」

 無礼ではないだろうかと思いながらも、素直な心地で答える。ことさら、爪だけは気にしていつもきっちりと丁寧に手入れしているように見えるから余計に。

 うっとりと見惚れるような心地でぴかぴかの指先に視線を落としていれば、なんの気ないように言葉はかぶさる。

「あぶないだろ、だって」

「えっ」

 思いもよらない言葉に首を傾げれば、すこしだけ照れくさそうにぽつりと吐き捨てる、いつものあの口ぶりで言葉は続く。

「だから、おまえが。爪切りだとどうしたってぎざぎざになんじゃん。痛いだろ、したら」

 答えながら、しっとりとやわらかな指先はそっと遠慮がちにこちらを捉える。

「……あまね、」

 思いもよらない『解答』を前に、みるみるうちに耳まで熱くなる。だって、そんな。このくらいで、だなんて、もちろん思わなくもないのだけれど。それにしたって。

「忍、」

 あきれまじりの、それでも、うんとやわらかなたおやかさだけを包み込んだ声が忍を縫い止める。

 すこしも身動きなんて取れずにいれば、しなやかや指先は、包み込むように赤く火照った耳に触れる。

「なんで照れんだよ、これで」

「……だって」

 そんなのわからない、こちらにだって。それでも言葉にするのなら、『好きだから』だなんて言葉にきっと決まってる。

「……おまえなあ」

 ふう、と深く息を吐き、周は答える。

「おまえのツボがさっぱりわからん」

「……やなの?」

「……やなわけねえだろ」

 おそるおそる尋ねてみれば、口ぶりとは裏腹の、慈しみだけを溶かしたかのような響きがそうっと投げ返される。

「……こまんだろ、そんな顔されたら」

「じゃあ困ってよ?」

 せいいっぱいのつよがりで答えれば、赤く火照った耳を包み込む指先の動きにはちゃんと見覚えのある、どこかなまめかしさを込めた色合いが強まる。

「……痛くないだろ、」

 さわさわと髪をなぞりあげながら、次第にやわらかに触れていくその先は、どこももかしことも滑らかな丸みを帯びていてすこしも痛くなんてない。

「あま……、」

 じいっと視線をかわしながら尋ねれば、意地悪めいた口ぶりで、言葉はかぶせられる。

「ちゃんと言って?」

「……なに」

 口ごもるこちらを前に、言葉は続く。

「ちゃんと言えたらするから。できる?」

「……ん」

 せいいっぱいのよいこのお返事を前に、忍の大好きなあの、うんと強気な笑顔がかぶさる。


 これもまたおなじ、ありふれた夜のしじまに溶けゆくひととき。

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nail,nail,nail 高梨來 @raixxx_3am

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