第391話 濡れた髪の後輩ちゃん

 

<葉月視点>



「へへっ。山田さんよぉ。お背中、お流ししやすぜっ!」



 私のクラスのお風呂の時間。髪を洗い終わると、隣で体を洗い終えた女子が江戸のチンピラみたいに声をかけてきた。



「え。何その口調。怖いんだけど。怪しすぎる」


「まぁまぁ、遠慮なさらず!」



 あまりに不審過ぎるので逃げ出そうとしたけど、私はあっさりと掴まる。


 って、いつの間にか囲まれてる!? 全員グルか!?


 いや、楽しそうなことを聞きつけてやって来たな! 本っ当にノリが良いんだから!



「全身丸洗いコース! 一名様入りましたー!」


「「「「 はぁーい! 」」」」


「え? なになになにっ!? ちょっとぉ~! どゆことぉ~!?」



 ボディーソープを泡立たせて、素手で私を洗い始める女子たち。


 く、くすぐったいんですけどぉー! ちょっと、本当に止めて! 自分でするのはいいけど人にされるのは変な感じ! 止めてってばぁ~!


 ヌルヌルの手で、体のあらゆる場所を撫でられ、揉まれ、弄られる。



「ここか? ここが良いのか!?」


「うっわぁー。ムカつくくらい肌がきれいなんですけどー」


「ちくしょー! もっと綺麗になっちまえー!」


「おっぱいデカッ! 形良すぎ! さらには、感度良好」


「なにこのくびれ。なにこの引き締まったお腹! 本当になんなの!」


「ねぇ、本当に人間?」


「失礼な! 皆と同じ歴とした人間の乙女だよ! ひゃうんっ!」


「「「「 うわぁー。声えっっっっろ! 」」」」



 うるさいなぁ。皆が変な場所を触ってくるからじゃん。くすぐったいの! 同じ事をされたら誰だって変な声が出るよ。うひゃんっ!



「こ、これが少女を卒業した大人の女……」


「エロいわぁ。マジでエロいわぁ。大人の声だわぁ。女の私でもムラムラするわぁ」


「これはヘタレの旦那もイチコロだな!」



 えへへ。そうなんだよね。あのヘタレ先輩のダイヤモンドよりも硬い理性が砕け散ったから。


 声が我慢できなくて、そしたら先輩が更に積極的になって何度も何度も求めてきて、私も応えて、逆に何度も求めちゃって……えへへへへ。


 先輩との熱い夜は忘れられないよぉ。先輩、好き! 大好き!



「えへっ……えへへ……えへへへへへ……!」


「え、なにこれ。急に笑い出したんですけど。怖っ!」


「思い出し笑いでしょ。めちゃくちゃ幸せそうだし」


「人間ってこんなに幸せそうに蕩けることができるんだ……やっぱり同じ人間とは思えない」


「もうリア充星人でいいんじゃない?」


「性人でしょ」



 クラスの女子たちが何か言っている気がしたけど、夢見心地の私には届かない。


 ハッと我に返った時には全身が綺麗に洗われ、嫌がらせなのか、おっぱいの先端が泡でデコレーションされていた。


 誰だー! こんな悪戯をした奴はー! 面白いじゃないかー!


 見つけ出して、ちっぱいを泡で虚乳……ではなく巨乳にしてあげた。


 泣くほど喜んでくれましたとさ。


 ……ごめんって! を流してごめん! 泣かなくてもいいじゃん!




 ▼▼▼



<颯視点>



 30分間というお風呂の時間。余裕そうに思えて意外と短い。


 時間オーバーをした前のクラスの男子たちが多く、満員の脱衣所で服を脱いで大浴場に足を踏み入れると、10分近く経過していた。残り20分しかない。


 シャワーだけで済ませるかなぁ。脱衣所が満員になる前に着替えを終えて外に出たい。そう思いつつ体を洗う。


 すると、ビシバシと男子たちの視線が突き刺さるのを感じた。



「あれがマドンナを虜にした男の体……」


「帰宅部なのに運動部の俺よりも引き締まってる……」


「マドンナちゃんとあの裸で抱き合い、触られて、キスされて……」


「羨ましいぞぉー!」



 大量の血の涙が排水口に流れて行く。ホラー映画みたいで嫌だ。


 まーた男子たちが変な妄想を思い浮かべて嫉妬に狂っている。いつものことだけど、裸をジロジロみられるのは気分が悪い。喜ぶ趣味はないぞ。即座に止めてくれ。



「あの野郎の体に触れたら、もしかして俺はマドンナちゃんと間接的に触れ合ったことになるんじゃないか……?」


「おいおい……」


「お前さ……」


「さすがに……」


「拗らせるのはわかるけどさ……」


「はぁ~……」


「「「「 お前、天才かっ!? 」」」」



 どこがだっ! 変態の発想だろうが! キモすぎて鳥肌立ったわ!


 はぁ……はぁ……、と変な息を漏らす理性的な判断力を失った変態どもが、ピチャピチャと足音を響かせながらにじり寄ってくる。瞳が捕食者そのもの!


 ホラー映画よりも怖い。ゾンビよりも怖い! お尻がムズムズする!


 俺は即行で体を洗い終え、変態どもに囲まれる前に大浴場から逃げ出すのだった。


 人生で一番短い風呂だったと思う……。



 ▼▼▼



 風呂の時間の後はすぐに夕食の時間だ。早くお風呂から上がったこともあり、集合の15分前には大広間へと到着した。チラホラと早めに来た生徒たちが座敷の座布団に座っている。


 自分のクラスの場所を探し、席は自由ということなので端に着席。夕食を準備するホテルの従業員さんたちの働きを眺める。


 すると――



「だぁ~れだ?」



 優しい声が聞こえ、シャンプーやボディソープの甘い香りがして、突如目が覆われた。背後から誰かが抱きつかれる。


 この声、この手、この香り、この胸の柔らかさ…………絶対に後輩ちゃんだ。



「俺の可愛い後輩ちゃんだな」


「正解です。先輩の可愛い可愛い後輩ちゃんでした!」



 目を覆っていた手が外され、首に回される。離れる様子は無いようで、肩越しに端正な顔立ちの美少女が顔を出した。至近距離で後輩ちゃんの顔は心臓に悪い。


 お風呂上りで火照った肌、潤んだ瞳、濡れた髪……実に大人っぽい。色っぽい。色気がムンムン。いつも家で見慣れているはずなのに心臓のドキドキが止まらない!



「どうしました?」



 後輩ちゃんは勘が鋭い。すぐに俺の様子に気付く。


 お風呂上がりの後輩ちゃんに見惚れて、ドキドキして、惚れ直していたとは言えない……。



「髪、濡れてるな」


「そりゃお風呂上がりですから。あ、濡れちゃいました?」


「いや全然」



 咄嗟に出てきた言葉が『髪、濡れてるな』とは我ながら情けない。もう少し気の利いた言葉を言えよ、と心の中で自分を叱りつける。


 隣の座布団に座った後輩ちゃんの髪の水気をタオルで拭きとる。


 まだまだびしょ濡れじゃないか。最近はいつも俺任せだったから適当になっていないかい? 風邪をひくぞ。


 後輩ちゃんは嬉しそうにされるがままだ。



「そうだ後輩ちゃん。今日は髪を乾かしてあげられないからな」


「なん……だと……!」



 この世の終わりのようにショックを受ける後輩ちゃん。仕方がないだろう? 修学旅行中なのだから。家じゃないんだ。



「ど、どどどどどどうにかなりません!? 私、先輩に髪を乾かしてもらえないと死んじゃう病気なんです!」


「初めて聞いたな、そんな病気」


「初めて言いましたもん! そっか……今日は髪を乾かしてもらえないのか……」


「今日だけじゃなくて修学旅行中は無理かも」


「…………」



 後輩ちゃんは言葉を失って今にも泣きそう。


 たった数日の我慢だから! ね? 我慢しましょう?



「むぅ~~~~~~~~!」



 唸っても無駄です。可愛いけどダメです。



「仕方がありません……我慢します……」



 心底嫌々なのが伝わってくる。不貞腐れた表情で後輩ちゃんがもたれかかってきた。


 服が濡れる……まあいいや。これで後輩ちゃんの機嫌が直るなら。


 俺は後輩ちゃんのお腹に手を回し、優しく抱きしめるのだった。














<おまけ>



「あれ? 周りの人は食欲がないんですかね? こんなに美味しいのに。はい、あ~ん」


「あ~ん。もぐもぐ。修学旅行で緊張してるんじゃないか? あとはお菓子を食べ過ぎたとか。はい、あ~ん」


「なるほど! あ~ん。もぐもぐ。美味しい!」


「「「 お前らのせいだよ、胸焼け量産バカップル! 」」」


「「 ??? 」」


「「「 首をかしげるな! 」」」


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汚隣の後輩ちゃん ブリル・バーナード @Crohn

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