第390話 ホテルに着いた後輩ちゃん
17時過ぎ。辺りは真っ暗になった頃、ようやく宿泊するホテルへと到着した。
「寒いから気を付けてくださいねー! 地面も凍ってるかもしれないので! あ、ハイターッチ!」
バスガイドのお姉さんとハイタッチをしてバスを降りる。すると、キンと肌を突き刺すような澄んだ冷たさが襲ってきた。
バスの中の暖かさが恋しい。今すぐ戻りたい。
「うぎゃ! 先輩、急に止まらないでくださいよ。ぶつかったじゃないですか!」
「……と言いつつも、抱きつくために意図的にぶつかってきた後輩ちゃんであった」
「な、何のことですかー? 思ったよりも寒くてカイロに抱きついているだけですよ?」
「俺はカイロか!?」
「はい!」
くっ! 笑顔で言い切る後輩ちゃんが可愛い。何も言えなくなる。惚れた弱みだ。
周囲は、バスのライトや街頭に照らされて、白い雪の塊が闇夜の中で輝いていた。見慣れない光景。
移動時間の長いバスから降りると雪国であった……。
あれ? 国境の長いトンネルを抜けると……だっけ? まあいいや。
辺り一面雪。突き刺す寒さで溶ける気配もない。しかも、今から夜なので気温は下がる一方。ますます雪は解けないだろう。
それに、ここは山の上なので更に寒い。夜空は澄んだ空気によって星が数倍綺麗に瞬いている。どことなく夜空が近くて空気も薄い気がする。
「ウェーイ!」
「うおっ! 冷てぇっ!」
「アハハッ! そ、それはやめろ! 服の中は……ア、アァーッ!」
クラスの男子たちが騒いでいる。早速雪で遊んでいるようだ。まあ、気持ちはわかる。これだけたくさんある雪を見るとテンション上がるよな。
俺は……しない。後輩ちゃんに絶対にやり返されるとわかっているから。
「こらぁー! 遊ぶのは止めなさい! 早くホテルに入りなさーい! 風邪引くわよー!」
「「「 うぃーっす! 了解っす、美緒ちゃん先生! 」」」
桜先生に叱られて喜んだ男子たちは大人しく従う。素直に言うことを聞いてくれたので桜先生は、よろしい、と満足げだ。
あの桜先生がちゃんと先生をしている……。
お仕事お疲れ様です。俺たちも怒られないようホテルへと移動を開始。
「ぬくぬく……極楽ぅ~」
「さりげなく冷たい手を服の中に入れるのは止めてくれる?」
「バレましたか! では、シャツの上からならどうでしょう? 素肌は触りません」
「それなら……」
すると、俺たちの様子を悔しそうに眺めていた男子たちが、
「美緒ちゃんセンセー! バカップルがイチャついてまーす! 注意したほうが良くないですかー?」
「そーだそーだ! 不純異性交遊だぁー!」
「イチャイチャすんじゃねぇー! お前らの周りだけ熱々じゃねぇーか! 雪が溶けちまうぞ、チクショー!」
告げ口を受けた桜先生は、キョトンと首をかしげ。
「ホテルに向かうのならイチャイチャしても良いわよ。集合時間に間に合えば存分にイチャイチャしてよーし! 皆も恋人とイチャイチャしていいのよ?」
「「「 ぐはっ!? 」」」
無自覚な言葉のナイフは独り身の男子たちの純粋な心を突き刺し、捻って、抉り、ズタズタに引き裂いた。致命傷を受けた男子たちはバタリと倒れてビクビク痙攣。地面は冷たいだろうに。合掌。
しかし、桜先生は酷いことをするもんだ。自分が同じことを言われたら泣き出すはずなのに……。
先生たちに急ぐよう促されたので、後輩ちゃんとホテルへと移動。ロビーで整列し、ホテルでの注意事項を受ける。
「各部屋にはヒーターがありますが、絶対にスイッチを切らないでください。絶対にダメですよ。ダメですからね! 翌朝、部屋の中が凍り付きますから!」
何度も何度も念押しされる。ヒーターを止めたら凍り付くとか、雪国ってすごいんだな。雪が降らない場所に住んでてよかったとつくづく思う。そんなに寒かったら確実に後輩ちゃんと桜先生が凍死する。
「各クラスの入浴時間はしっかりと確認するように! 時間が違うからなー! 夕食は大広間に集合! 時間厳守! 5分前行動! 部屋長、頼んだぞ! 以上、解散!」
各クラス順番に事前に運送された荷物受け取り、割り当てられた部屋に向かう。残念なことだが、後輩ちゃんとはここでお別れだ。
「うぅ……この世界がアニメやマンガの世界だったら男女一緒の部屋なのにぃ~!」
「はいはい。あんたはこっちよ~」
「寂しいのはわかるけど、夜くらい旦那離れしよー。いつもくっつき過ぎ」
「男女は別フロアなんだから。言っておくけど、行き来も禁止だからねー」
「いぃ~やぁ~! はっ!? 行き来がダメならずっと部屋に居てもらえばいいじゃん! 来てもらうだけ! 我ながらナイスアイデア!」
「「「なるほど、その手があったか……って、なるかい! 屁理屈言うな!」」」
「あぁー。すまんな。後輩ちゃんを頼んだ」
「「「 頼まれた! 」」」
「あぁ~! 先輩! せんぱぁ~い!」
永遠の別れのようにいつまでも手を伸ばす後輩ちゃんを、呆れ果てたクラスの女子数名が慣れた様子でズリズリ引きずっていく。
ウチの後輩ちゃんが本当にごめん。時々とても残念になるんだ。もうわかっていると思うけど。
連れ去られる後輩ちゃんを手を振って見送った俺は、ガシッと何者かによって肩に腕を回される。
「やぁやぁ、色男君。君はこっちだよねぇ~」
「へへっ。旦那ぁ~。今日は一人か? え?」
「いろいろとゆ~っくりお話を聞かせてもらおうか。な? 俺たち友達だろ?」
「男同士、夜まで熱く馬鹿話しようぜ! 修学旅行なんだからさ!」
暑苦しい男たちが待ち構えていた。なんか妙に絡んでくる。全員ニヤニヤしていて、瞳の奥に暗い炎を宿している気が……。
男ばかりの部屋。いつもストッパー役になってくれる心強い女子たちはいない。嫉妬と殺意を拗らせた男子たちに日頃の鬱憤をぶつけられそうな予感。
俺、次の日死体で発見されたりしないよね?
「……猛烈に後輩ちゃんの部屋に行きたくなった」
修学旅行でテンションが高い男子たちに、俺は部屋まで強制連行されるのであった。
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