第389話 ハイタッチと後輩ちゃん

 

読者の皆様! 大変長らくお待たせいたしました。

内容を忘れてしまっている方も多いかもしれません。

数話前から読むと何となく思い出すと思います。

修学旅行編です。ではどうぞ!


===============================


 修学旅行にお馴染みの社会科見学。必ずどこかに寄るよね。俺たちも例に漏れず、工場見学を行った。


 場所は某有名飲料メーカーの製造工場。ベルトコンベアーで運ばれていく大量のペットボトルに、ジュースやお茶が勢いよく注がれる。キャップを締めれば完成。


 おぉー、と見学する俺たちの口から感嘆の声が漏れる。


 目で追うのも大変なくらいのスピードで流れる規則正しく製造過程は、なんかちょっとスカッとする。


 こういう工場見学、俺は結構好きだ。


 クラスメイト達も同じらしい。ガラス越しに小学生のようなキラッキラした瞳を送っていた。案内していた職員さんもこれにはニッコリ。


 精神年齢が低くてすいません。


 その後は何やらビデオを見て、飲料メーカーの歴史などを学び、お土産としてジュースを貰って工場見学は終了した。


 楽しかったね、と言いながら俺たちはバスに戻る。



「おかえりなさい」



 バスの出入り口で待っていてくれたのは新人バスガイドのお姉さん。緊張が解れてきたのか、柔らかな笑みに男子どもがズキューンと胸を撃ち抜かれる。罪な女性だ。



「お姉さん、ハイターッチ!」


「ハイタッチ! 工場見学は楽しめました?」


「ターッチ! 楽しかったよ。ジュース貰った」


「いいなぁ。羨ましい。はい、タッチ!」


「タッチタッチタァーッチ! バスガイドちゃんも一緒に来ればよかったのに」


「皆さんをバスで待つのがお仕事なんですよ。おかえりなさい。ハイタッチ!」


「う、うっす。タ、タッチです……はぅっ!」



 バスに乗り込む時、バスガイドさんとハイタッチするのが儀式化している。誰が始めたのかわからないけれど、バスガイドさんがハイタッチするよう笑顔で手を挙げて待ち構えているので、スルーすることも出来ない。


 女子はノリノリで手を合わせていく。何度も連続してタッチする女子もいるくらいだ。同性同士では気軽に触れ合えるのだろう。


 しかし、男子は違う。心は純粋ピュアな男子が多いウチのクラス。バスガイドのお姉さんとのハイタッチは、顔を真っ赤にして恥ずかしがりながら行っていた。


 ちなみに、しないという選択肢はないようだ。


 実際、俺もちょっと恥ずかしかった。



「次のトイレ休憩まで一時間以上ありますからね! お手洗いに行きたいのなら今の内ですよー!」


「オレ、行ってこようかな……」


「あ、俺も!」


「じゃあ俺も~!」


「ふっ。仕方ねぇ。オレ行ってやるか!」



 ぞろぞろと降りていく男子たち。バスに乗る前もあれほど先生たちに言われていたのに……。



「先輩先輩。なんで男子って皆でトイレに行くんですか?」



 お隣の後輩ちゃんがツンツンして訊いてきた。


 後輩ちゃんに対する答えはこれだ!



「俺にもわからん」


「そうですか。そう言えば、女子も似たようなことをしてますね。あ、私も先輩のおトイレについて行きましょうか?」



 それは止めてくれ。するなよ。絶対にするなよ。フリじゃないからな!


 トイレに行った男子たちが戻ってきて、全員いるかどうか点呼。確認が取れて、時間通りにバスが動き始めた。またバスでの移動だ。



「やべぇ。女の人の手を触っちまった……二度も……」


「一瞬だったけど、想像以上に手のひらが柔らかかった……」


「アレが大人の女性の手なのか……」



 なにやらキモいことを言ってずっとボーっとしている男子たち。


 なるほど。バスガイドのお姉さんと二度もハイタッチするために一度バスに戻ってからトイレに行ったのか。コイツら、もう手遅れかもしれない。


 バスガイドさんがマイクを使って言う。



「まさか男子の皆もハイタッチしてくれるとは、正直思っていませんでした。恥ずかしがってしてくれないかと……なので、嬉しかったですよ」


「「「 バスガイドのお姉さんは女神だったのか……? 」」」



 照れくさそうに打ち明けるバスガイドさんに感激して、男子たちは熱い眼差しを送り始めた。もしかして、恋に落ちたのか?



「「「 オレ、もう一生手を洗わない! 」」」


「え、えぇっ! ちゃんと手は洗ってください! 手を清潔に保っていない人とはハイタッチしません!」


「嘘です! 手を洗います!」


「今すぐ清潔にするんだ! 手のバイ菌を死滅させるんだ!」


「オレたちのせいでお姉さんを穢させるわけにはいかない!」


「アルコール! 誰かアルコールのスプレーかシートを持っていないか!?」


「「「 持ってねぇ! 」」」



 男子たちはてんやわんやの大騒ぎ。女子たちは、またやってるよ、と呆れ気味。冷たいジト目に馬鹿な男は気付かない。



「ほらよ! アルコールスプレーだ」


「感謝する! って、宅島かよ!」


「またお前か!」


「準備が良すぎる! これが女子力ならぬ男子力かっ!?」


「さっすが私の先輩! なんでも用意していますね。褒めてあげます! ナデナデェ~」


「「「 おのれぇ宅島ぁ~っ! 」」」



 後輩ちゃんに頭をナデナデされたら、殺気が膨れ上がった。バスの中に嫉妬と殺意の嵐が吹き荒れる。男の嫉妬は怖い。


 時と場所を選ぼうか、後輩ちゃん。選んでいるからこそナデナデなのかもしれないが、男子たちの視線が痛いです。


 手にアルコールスプレーをびしょ濡れになるほど吹き付け、だが顔だけは射殺さんばかりに俺を睨みつけている男子一同。ホラーみたいで怖い……。


 あと、俺たちにアルコールスプレーを吹き付けても浄化されないからな。アルコール臭いだけだから。地味に目に染みる。



「み、みんな! アルコールはほどほどに! 手が荒れますからね!」


「「「 御意! 」」」


「ぎょ、御意っ!? 何その返事!?」



 バスガイドさんは動揺しすぎて仕事モードを忘れ、素が出てしまっている。ウチの馬鹿どもが本当に申し訳ございません。



「先輩先輩! ハイターッチ!」



 楽しそうな笑顔で手を構えた後輩ちゃん。俺は何も考えることなく、素直に後輩ちゃんとハイタッチする。



 ペチリ。


「もう一回!」


 ペチリ。


「まだまだぁ!」


 ペチリ。


「タッチ、タッチ、タァーッチ!」


 ペチ、ペチ、ペチリ。



 そのまま後輩ちゃんの手と合わせる。繋ぎ慣れた手。触れ合っていたほうが安心するくらい愛しい後輩ちゃんの柔らかな手だ。


 恋人繋ぎは多いけれど、こうやって手を合わせることはあまりしたことが無かった気がする。なんか新鮮だ。



「先輩の手はこんなに大きかったんですね」


「後輩ちゃんの手が小さいんだ」



 後輩ちゃんの手は俺よりも関節一つ分小さい。可愛い。


 指をクイクイッと少し動かして、俺のほうが大きいんだぞアピールをしてみたら、それを挑発と受け取ってムッとした後輩ちゃんは、不意打ちで指を絡めてきた。


 動揺する俺に後輩ちゃんはご満悦。くっ。やられた。


 そのまま手を繋いだまま、俺たちはじっと見つめ合う――



「「「 ハイタッチからの自然な流れで手の比較ぅぅぅっ!? その上、手を繋ぐだとぉっ!? なんて高度なテクニックなんだ! 参考になります! じゃなくて、おのれぇ宅島ぁ~! 爆発しろぉ~! 」」」



 男子たちの恨み言で俺と後輩ちゃんは自分たちがいた場所を思い出した。俺たちは同時にパッと顔を背ける――お互いに手は繋いだまま。


 ノリノリで実況する近くの女子によってその事実が瞬く間にバスの中に広まり、男子たちの怒りに油を注いだのだった。


 バスの中が更に盛り上がる。


 なお、貸したアルコールスプレーは空になって戻ってきましたとさ。











<おまけ>


「後輩ちゃん。ハイタッチ」


「ハイタッ~チ! ではなく、パイタッチ!」


 ぽふんっ! スリスリ、モミモミ!


「「「 おのれぇ宅島ぁ~! 殺す! コロスコロスコロスゥ~! 」」」


「なん、だとっ!? 冬服が分厚くて先輩の胸筋がわからないじゃないですかぁ~! 先輩の胸筋んん~!」


「「「 あれぇ? そっちなのっ!? なら赦s……それはそれで羨ましい! 死ねぇ! 」」」


「理不尽だ……というか後輩ちゃん、触りすぎじゃない? 冬服の上からじゃわからないでしょ」


「いえいえ。これはこれで……うへへ」


 スリスリスリスリ……スリスリスリスリ!



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る