第388話 添乗員さんと後輩ちゃん

 

長らくお待たせいたしました。

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「みなさーん! おはようございまーす!」


「「「 おはようございまーす! 」」」


「おぉっ! 元気なご挨拶ですね。えー、本日から数日間、添乗員として皆さんの修学旅行のサポートをさせていただきます。よろしくお願いします!」


「「「 よろしくお願いしまーす! 」」」



 バスの中に俺たちのワクワクと擬音が付きそうなほど元気な声が響き渡った。


 それには添乗員のお姉さんもニッコリ。


 高校生が小学校低学年レベルに行儀のいい挨拶を返すんだもんな。俺たちのクラスは皆ノリがいいんだ。一瞬驚いた添乗員さんの顔には思わず笑ってしまった。


 俺たちの修学旅行のバスは無事に時間通りに出発した。遅刻欠席者も無し。


 クラスメイトはもうテンションが高い高い。いつもより1割から2割ほど元気な気がする。皆満面の笑み。待ち望んだ修学旅行である。仕方がないか。



「先輩は二度目だから落ち着いていられるんですよ」



 花のような麗しい笑みが堪えきれない後輩ちゃんに指摘されて気付いた。



「……そうだった。俺は二度目だったな」


「そうですよ、留年したせぇ~んぱいっ!」



 仕方がない人ですねぇ、と憐みというか呆れられている気がする。


 後輩ちゃんも修学旅行は楽しみの様子。楽しみすぎて早起きしすぎたくらいだし。


 仮眠をとったことで睡魔はどこかへと去り、パッチリ二重に縁取られた綺麗な瞳がキラキラと輝いている。ドキドキワクワク、という擬音が後輩ちゃんの周囲を飛び回っているのを幻視した。



「えぇー、実は、今回の皆さんの修学旅行が私の受け持つ初めてのお仕事になります。なので、とっても緊張しています」



 俺が座るのはバスの最前列。添乗員さんはほぼ隣。


 近くで見ると緊張で頬が強張っていたり、マイクを握る手が僅かに震えているのがよくわかる。口も渇いているのだろうか。必死に喉を動かしている。


 お目付け役というか添乗員のベテランの先輩も今回同行しており、さらに緊張感が増す原因となっているらしい。ベテランの添乗員さんは優しそうな笑顔なんだけどな。


 頑張れ、添乗員のお姉さん!


 クラスメイト達も添乗員さんを応援する。



「がんばれー!」


「失敗してもいいよー!」


「おねーさんも楽しもー!」


「かわいいよー!」


「くっ! 美緒ちゃん先生に新人の可愛いバスガイド……このバス最高かよっ!」


「バスの中に甘い香りが漂っている気がする……」


「は、初めてだと!? て、添乗員のお姉さんの初めてを奪ってしまった……」


「大丈夫。優しくするからさ」キリッ!



 ……後半。かけ声の後半。男子たち、女子にモテないのはそういうところだぞ。


 そして、前半の声は全て女子である。さすが女子諸君。欲望まみれの男子たちとは違うな。


 ちなみに、このバスに乗っている桜先生も『その気持ちよくわかるわ』と言いたげな優しい笑みで新人の添乗員さんを見つめていた。


 あっ、桜先生と目が合った。チョコンと可愛らしくウィンクが飛んでくる。


 ちょっと! 仕事中でしょ! ポンコツ臭を出さないで! クールな仕事モードに戻りなさい!


 女子たちの応援により、添乗員さんは少し安心したようだ。強張っていた表情筋から力が抜ける。



「添乗員のお姉さん! 質問いいですかー?」


「し、質問っ!? ど、どうぞっ!」



 折角いい感じで力が抜けたのに、男子からの突然の問いかけにまた硬くなってしまった添乗員さん。反射的に質問を許可してしまう。


 コホンと咳払いをして男子が質問する。



「ずばり――彼氏はいますか?」


「い、いません!」



 添乗員さん……素直に答えなくても。


 盛り上がる男子たち。女子も恋愛系の話は大好物なのでニヤニヤしている。



「好きな男性のタイプは?」


「や、優しい人?」


「過去に付き合った人はいますかー?」


「え、えっと、どう見えます?」


「「「 いない! 」」」


「ぐふっ!?」



 あっ、目いっぱい見栄を張って余裕そうな大人の女性を演じて質問に質問で返してみた添乗員さんだったのだが、クラスメイト達の即答にクリティカルヒットしてしまったようだ。胸を押さえて吐血した。


 ……桜先生。『同士!』というキラキラした瞳を向けるのは止めなさい。そして、『同志にならない?』という目も止めなさい。



「私だって恋愛して青春したかった……学生時代は勉強と部活でいっぱいいっぱいで恋愛している暇はなかったし、入社してからも恋愛どころじゃないし……あぁ、恋愛したい。出会いが欲しい」



 添乗員さんが落ち込んでしまった。ブツブツと呟く声が近くの俺に届いている。



「今どきの高校生はこんなに青春しているんだぁ……いいなぁ……」



 涙で潤んだ羨望の眼差しと目が合う。なんかすいません。青春しててごめんなさい。



「青春じゃなくて性春! なんちゃって!」


「後輩ちゃん!」


「そ、そんな! もうそんなところまで!? 高校一年生よね!?」



 ウチの後輩ちゃんがごめんなさい。心を抉ってしまい本当にごめんなさい。


 だから泣かないでください!



「添乗員さーん!」


「は、はい゛ぃ~」


「なんで泣いてんの? まあいいや。付き合うならこの中で誰がいいですかぁー?」



 俺? 俺かな? オレだろ! と言い始める男子ばかたち。


 ここは合コン会場か! そろそろセクハラで訴えられるぞ。



「こらこら。いい加減にしなさーい! メっよ! ごめんなさいしなさい」



 桜先生に叱られた。しかし、叱り方が幼稚園児相手の言い方だ。


 俺たち、高校生なんですけど。何故か罪悪感で押しつぶされそうになるのは何故だろう?


 調子に乗り過ぎた男子や、止めなかったその他全員が添乗員さんに謝る。



「「「 ごめんなさい…… 」」」


「あっ……いえ、こちらこそ申し訳ありません」



 添乗員さんはぺちっと自分の頬を叩いて気合を入れる。


 目を開けた時には仕事モードに切り替えていた。実に良い目をしている。



「いいよー!」


「その調子ー!」


「はいっ! ありがとうございます! 頑張ります!」



 野次……というか応援が飛ぶバスの車内。


 クラスメイト達とのやり取りによって立ち直った添乗員さんからは、いつの間にか緊張というものがどこかへと吹き飛んでいるようだった。


 添乗員さん、頑張れ!

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