前夜祭は永遠に

naka-motoo

式日前夜

 僕は深夜バスに乗っている。

 彼女の待っているその街に向けて。

 葬儀が省略されるように婚儀も割愛される流れもあるだろうけど、僕らは紋付袴の黒と白無垢の純白のコントラストを目に焼き付けてもらうべき存在がいるために彼女の街での挙式をずっと準備してきた。


 彼女の祖母。


 僕は彼女の祖母の物語をデートの時に何度も聞かされた。


「おばあちゃんね、わたしがピアノの練習をしてたら必ずこう訊くんだよ。『そのピアノ、KAWAIかい?』って。何百回とYAMAHAだって言ってるのに。そもそも質問がそれ? 」


 ぷ、と彼女がおばあちゃんの同じ話を何度もする度に僕は新鮮に笑った。

 でも、これが僕が彼女に惹かれた理由なんだろうと思う。


 一度こんなことがあった。


「はい、これ」


 じゃらっ、と喫茶店のテーブルに彼女が金属の知恵の輪のようなものを置いた。よく見るとその輪っかの大きさがそれぞれ微妙に違っている。


「なにこれ」

「指輪のサイズを測るリング。ほら、結婚指輪を2人で合わせに行く時間もないからさ。これであなたのサイズを測って・・・」

「ちょ、ちょっと。なんでそんなプロっぽいもの持ってんの?」

「え? 言ってなかったっけ? ウチのおばあちゃんが質屋さんやってたの」

「え? 質屋?」

「そうだよー。早くにおじいちゃんと死に別れたからさ、質屋開いてウチのお父さんたちを女手一つで育て上げてさー。だからこれは質草を流す時に買ってくれる人の指のサイズを図る道具」


 びっくりだった。


「おばあちゃんね、とうとう歩けなくなっちゃった」


 高齢と元々の病気もあったことから自分の足で歩いて式に参列することは無理になったとこの間報告を受けた。

 明日は車椅子で出てもらうことになる。

 彼女は式のことよりもおばあちゃんのこれからのことを思って喫茶店のコーヒーに視線を落としていた。


「おばあちゃん、もう歩けないんだ」


 その時も彼女は同じ内容を何度も呟いた。彼女の表情を思い出しているとバスがインターに入るためウィンカーを点滅させた。


「15分休憩します」


 運転手さんがアナウンスした。

 自分のシートで眠ったままの人や飲み物を買いに行く人、喫煙所へ足早に向かう人がいる中、僕は月が見たくてバスを降りた。


 キン、と冷える真夜中の空気の中、それは浮かんでいた。


「銀のお盆だな」


 彼女と2人して下見しに行った神前での挙式と、簡略な披露宴を行うそのホテルのレストランの、年代は古いがとても丁寧に手入れされ磨かれた給仕用の銀盆が月の円周と重なった。


 結婚というものに対してそこまで深い気負いはない。


 ただ、彼女と一緒に結婚の報告をした時のおばあちゃんの言葉だけが思い出される。


「ウチに来てくれてありがとう」


 両親含めて親族が誰一人いない僕に対して、けれどもおばあちゃんは彼女の家を継ぐことを万難を排して僕が決断したのだという風に敬意をその一言に込めてくれた。


「そろそろ出発しまーす」


 さあ、出かけよう。


 僕がこれから共に歩む人たちの元へ。


 そして近い将来おばあちゃんと対面するであろう僕らの小さな命の元へ。


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