アル&ポーネ

FDorHR

なぜ俺が全力疾走してるかというとギャングにトミーガンで狙われているからである。

 走っている。全力疾走だ!!

 後ろから追いかけてくるギャングが車の窓から身を乗り出して、トンプソン・サブマシンガン……通称トミーガンを所構わず乱射してきた。

 11.43×23mmの45ACP弾が足元にばら撒かれ、辺りを歩く人々が悲鳴を上げて家の中に引っ込む。

 なぜ俺がこんな目に。ちょっとパツキンでボインなおねーちゃんに声をかけていただけじゃないか。



「待ちなさい、この浮気者! 今日という今日こそは、神様が許してもわたくしトミーガンコイツが許しませんよ!」

「街中でバカスカぶっぱなすな、このバカ娘!」

「きぃー! 誰がバカですか。バカって言った方がバカなんですよ、アルのバカー!」



 彼女ポーネの叫び声とともにこちらを狙う銃口の数が更に増えた。冗談じゃねえ、マジで死んじまう!

 俺は自分の名前と同じ通りRストリートを必死で駆け抜けた。

 

 この街を支配するギャングファミリーの一人娘、ポーネに追いかけ回されるのはいつものことだ。

 数年前、まだ彼女が淑女レディではなく少女ガールだった頃、街中で迷子になっていたポーネを助けてあげたのがいけなかった。それが切っ掛けで彼女は俺に惚れてしまったのだ。

 

 「分かっているとは思うが、手を出したらどうなるか覚悟しておけ。ところで話は変わるが、山でキャンプと海でクルージングならどっちが好きだ?」と彼女の父親であるギャングの首領ドンに呼び出されてそう質問された時は死を覚悟した。完全に「お前の死体は山に埋めるか、それとも海に沈めるか」という副音声が聞こえた。


 ポーネは贔屓目を抜いても美人だ。

 だから、やっかいな身の上とはいえ、彼女に好意を持たれているのは悪い気はしない。……そう思っていたのは最初の数日だけだった。


 ポーネはとにかく嫉妬深い。俺が異性と会話しているのを見ただけでこちらを問い詰めてくる。レジの店員に話しかけただけで「あの女性はお知り合いですか」やら「もしかして浮気ですか?」やら問いただしてくるのだ。ちなみにその時のレジ店員は俺の何回り離れているかも分からないほどのお婆ちゃんだ。


 ……彼女の怖さの一端が伝わってくれたなら幸いだ。

 そうやって彼女が問い詰めてくるだけならまだ可愛いものだが、彼女は腐ってもギャングの娘。トミーガンを持ったギャングの一員を背に備えているもんだから、こっちは生きた心地がしないってもんだ。



「追い詰めましたわよ」

「まてまて、話を聞いてくれ!」

「私というものがありながら、どうしてこうも浮気性なんですか」

「だから違うって。彼女にはちょっと買い物の相談をしていただけで……」

「『彼女』ですって!?」

「だーかーらー」



 おい、部下Aと部下Bの二人も「やれやれまたか」って感じで諦観してるんじゃないよ。あんたらポーネのお目付け役でもあるんだろ、暴走しないようにしっかり見張っててくれよ。 「やれやれまたか」みたいな顔で肩をすくめるな。



「私がこれだけ愛しているのになんで他の女ばかり! 昨日は19時12分34秒ごろ野球場スタジアムで女性に声をかけていましたし、一昨日なんて16時49分39秒から1分42秒も小学生エレメンタルスクールの女の子と笑いながら会話して……」

「野球場では売り子からビール買っただけだしチビっこには道聞かれたから教えてただけだ。……っていうか、なんでそんな細かく観察してるんだ怖ぇよ!」



 あ、お目付け役の一人が視線逸らしやがった。監視して報告したの絶対こいつだろ。


「それじゃあ、ついさっき宝石店アル・カ・トラズで店員を口説いていたのはどう言い訳するつもりですか?」

「あー……」

「お嬢、こいつぁ黒ですよ。食後の珈琲エスプレッソより真っ黒だ」

「ここで見逃すなんて行き付けの店ドーナツ屋のフレンチクルーラーより甘いですぜ」

「余計な口挟むな三下どもぉ!」



 あ、ヤバい。ポーネの目から光が消えつつある。

 クソ、来週までは秘密にしておきたかったけど、命の危機には変えられない。



「ポーネ、これをやる!」



 目の前に突き出した丸い輪っかを見て彼女の動きが止まる。取り出したのは、もちろんドーナツなんかじゃない。

 飾りっ気も何もない、それでも全財産はたいて買った、とっておきの一品だ。



「アル、これ」

「お前、来週で十六だろ。だからその時言おうと思ってたのに台無しだよ」

「アル。アル! アルぅ!! 信じていました!」



 「嘘つけ」なんて野暮なことは死んでも口にしないが、俺の胸元で涙と鼻水を拭くのは止めてほしい。

 ついでに言うなら後ろでトンプソン構えてるお兄さんたちお目付け役の視線が痛いから早く離れてほしい。

 それでも、まぁ。

 このワガママでお転婆なお嬢様の滅多に見れない顔が拝めたのだから、満足だ。



 後に禁酒法時代と呼ばれるギャング達の全盛期。

 下町のチンピラアルギャングのお嬢様ポーネの結婚は、これから巻き起こる大事件の序章に過ぎなかったりするのだが、それはまた別のお話である。

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