「籠の鳥」
つきの
「唄うひと」
”逢いたさ見たさに 怖さを忘れ……”
小さく、か細く唄う声が今日も聴こえる。
それが途切れて気配を感じたかのように……。ベットの上に正座して開けた窓から海を見ていた姿がこちらに振り向く。
「おやおや、今日も来てくれたんですか?こんな所に来ても面白いことなどないでしょうに」
お
「いいえ、今日もお話を聞きたくて……」
そういうと、祖母は嬉しそうに微笑んだ。
今の彼女はわたしのことがわからない。
痴呆とは呼びたくない。少し時を遡ってしまったのだ。
だから、わたしも孫である事を敢えて思い出して貰おうとはしない。
寂しいことではあるけれど、それよりもほんの少しの時間でも寄り添えればそれでいい。
「お話?」
と小首を
「あの唄の……ほら……」
と答えると
祖母は花が咲いたように笑った。
それはこの『籠の鳥』という唄に
実はもう何度となく聞いている。
でもいいのだ。
これは祖母の叶わなかった恋の話。
大切に大切にずっと胸に抱いて生きてきた。
甘やかで切ない、何度でも話したい”あの頃”の話なのだから。
何度でも初めてのような顔をして、わたしは聞く。聞きたい。
「あの頃は、自由に人を好きになることなんて出来なくてね……」
「そうだったんですね……」
相槌は最小限でいい。
そっと皺だらけになった手を握る。
節くれだった指は温かい。
今日もまた、あの頃の祖母に、絹代さんという一人の若い女性に、時を越えて会いに行く。
以下、歌詞引用
********************
「籠の鳥」
作詞:千野かおる、作曲:鳥取春陽
1(女)
逢いたさ見たさに 怖さを忘れ
暗い夜道を ただ一人
2(男)
逢いに来たのに なぜ出て逢わぬ
僕の呼ぶ声 忘れたか
3(女)
あなたの呼ぶ声 忘れはせぬが
出るに出られぬ 籠の鳥
4(男)
籠の鳥でも 智恵ある鳥は
人目忍んで 逢いに来る
5(女)
人目忍べば 世間の人は
怪しい女と 指ささん
6(男)
怪しい女と 指さされても
誠心(まごころ) こめた仲じゃもの
7(女)
指をさされちゃ 困るよ妾(わたし)
だから妾(わたし)は 籠の鳥
8(男)
世間の人よ 笑わば笑え
共に恋した 仲じゃもの
9(女)
共に恋した 二人が仲も
今は逢うさえ ままならぬ
10(男)
ままにならぬは 浮世の定め
無理に逢うのが 恋じゃもの
11(女)
逢(お)うて話して 別れるときは
いつか涙が おちてくる
12(男)
おちる涙は 真か嘘か
女心は わからない
13(男女)
嘘に涙は 出されぬものを
ほんに悲しい 籠の鳥
********************
引用ここまで
「籠の鳥」 つきの @K-Tukino
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