秋の風吹く

@tikutaku

第1話

 昔読んだ本を思い出した。

 あれは君から借りた本だった。額田王を主人公にしたその物語は愛を貫くことを語ったもので、自分の心は何者にもおかされないという強さを持つ少女のお話だった。

 私は彼女みたく強くいられるかな。

 そう思った。

「悪いねプレゼント選びにつきあわせて」

「うん、いいよ。私も買おうと思ってたから、一緒に選べると嬉しいし」

「ありがとな」

「いえいえ」

「本人に聞けばいいのに」

「だって驚かせたいだろ」

「そういうところは変わってないね。いつだが私の誕生日もサプライズだったね。なんで驚かされたよく覚えてないけど」

「ひどいな」

 忘れるわけはない。ずっと覚えてる。


君待つと我あが恋ひ居れば我わが宿の簾すだれ動かし秋の風吹く


「さて、そろそろ本腰を入れて探すとしよう」

 君の好きな人にために選ぶプレゼント。それは滑稽なこと。

 だって私も君を好きなんだし。

 でも、口にしたら何もかも終わってしまう。優しい君は耐えられないだろう。

 だって、君の恋人は・・・

「不出来な義弟のためだからね」

 私の妹だから。

「ありがとうございますお姉さま」

「うわ、寒イボでる」

 幼馴染の君は私の家によくきていた。周りに冷やかされつつ思春期になっても一緒に過ごしていた。ある日になれば幼馴染の壁がなくなって恋人になる。そんな風に思っていた。

 でも、君の好きなのは妹だった。

 妹はいいやつだ。私みたくひねくれてないし、自分の心に正直だ。だから、君は選んだんだろう。

 趣味はよくわかっている。ちょっとだけロックの入ったブリティッシュ。品のいい頽廃。

そんなチョーカーを選ぶ。君が包んでもらうのを見ながら少し距離を置いた。

 どうして私はここにいるんだろう。一緒にいる幸せは確かにある。でも、これはもうしばらくのことだ。妹と本格的に付き合いだしたとき、私は耐えられるのかな。

「お待たせ」

 君は僕に袋をよこす。

「サプライズ」そういって笑う。妹に選んだのと色違いのチョーカー。

 言ったらサプライズにならないだろうに。


熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな

 

 もう少しだけ生きていようと思う。私もいつか額田王が思いと伝えたように、君に言う日がくるんだろうか。

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