闇の底 後日談
翌日。
その日の講義は午後からだったので、僕と真斗は大学近くの喫茶店で待ち合わせて会うことにした。
先に着いた僕は、窓際の席でぼーっとしながら叔父の言葉を反芻していた。
確かに、実際にあの場所には何もなかったし、叔父も本当に見えていない様子だった。だが、一夜明けた今でも、僕の記憶にはいまだに一昨日からのホテルで体験したことが鮮明に残っている。
なんだか夢と現実を行き来しているような、妙な感覚だった。
しばらくして、喫茶店のドアが開き、カランとベルが鳴る。見ると真斗が入ってきたところだった。
彼はすぐに僕に気づくと、「おう、お待たせ」といって向かいの席に腰を下ろした。
「やっぱ写真、見つからなかったわ」
そりゃそうだ。いつの間にか僕の上着のポケットに入っていたのだから。でもそのことは、あえて黙っておくことにした。
「……まあ、無くしたならそれでいいんじゃん? 今のところ、特になんかあったわけじゃないんだろ?」
すると真斗は「そうだな。それに、なんか昨日は熟睡できたみたいで、朝めっちゃスッキリしててさ。やっぱあの写真のせいだったんかなぁ」と、あっけらかんとして笑う。
僕は笑えなかった。
「で、お前は昨日何があったんだよ。ちゃんと説明しろよな」
「ああ、うん」
僕は昨晩起きたことを、真斗の好奇心をあまり刺激しない程度にかいつまんで説明した。
いくらオカルト大好き人間とはいえ、こんな話すぐに信じてもらえないだろうと思っていたのだが、真斗の反応は想像していたものではなかった。
いや、逆に「コイツだったらこういう反応するだろうな」という予想をまったく裏切らなかった。
「うっそ、マジかよ!? なんでそこで俺を呼ばないんだよ~!!」
「いや、連絡ついてたらそもそも行かないし」
「まぁそうだけど。 ……あー、くっそ。いいなぁ、俺もそういう体験してみたかった」
真斗は僕の話をまったく疑っていなかった。
大げさにならないように起きたことだけを簡潔に話しただけなのだが、それでも説明のつかない出来事にテンションがあがっているようだ。
彼は心底羨ましげな声を出し、残念そうにテーブルに額をつけて項垂れている。
僕は少しイラッとした。人の気も知らないで。
「一歩間違えてたら僕、死んでたんだけど」
「まぁ、そうだけどさ。でも実際死ななかったんだから良かったじゃん」
それは叔父さんが一緒だったからだ。もしひとりだったら僕は間違いなく……。
そこまで考えて、ぞわりと肌が粟立つ。逆に呼ばれたのが真斗じゃなくて良かったのかもしれない。
「でも、俺を助けようとしてわざわざ行ってくれたんだろ? サンキューな」
急に素直になられて、僕は面食らってしまった。耳が熱くなる。
「べ、別に……」
「あ、でもそうか。よくよく考えてみたら、俺もその、あるはずのないホテル見たんだよな!? それどころか中にも入ったじゃん。すげぇ!」
ずいぶん今更なことに気づいて喜ぶ真斗を尻目に、僕は氷が溶けて薄まったアイスコーヒーをすする。
彼なりの成果が得られたからか、幸い真斗は「また行こう」とは言いださなかった。たとえ言われたとしても、僕はもうあの場所には絶対に行かない。
「そういえば、あのホテルのこと教えてくれたっていう先輩には会ったの?」
「あー、いや。それが、見つからなくて」
「え、どうゆうこと?」
すると真斗は腕を組んで唸りはじめた。
「俺も、一応行った報告だけしようと思って探そうとしたんだけど、名前聞いたはずなのにどうしても思い出せなくってさ。それに、いくら調べてもうちの学校にそんなサークル、なかったんだよな」
それを聞いて、急に胸の奥がざわついた。
僕らはお互い顔を見合わせ、しばらく無言になった。
まさかとは思ったが、名前は真斗がど忘れしているだけかもしれないし、サークルだって、その先輩が勝手に名乗っているだけかもしれない。
なので、もうお互いあまり深く考えないことにした。
その後、僕らは残りの写真を持って神社へと赴き、写真のお焚き上げと自分たちのお祓いをしてもらった。
どういうわけか、残りの写真はすべて真っ黒で何も写ってはいなかった。
そういえば、これは後で聞いた話だけど、今から十年ほど前にうちの学校の学生が一人、心霊スポットに行くと言ってそれきり行方不明になり、今も見つかっていないらしい。
僕らの怪処探訪 黒井あやし @touko_no_hokora
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